鯨の子

6月3日

薬を飲んで、生活を守って、友達と遊んで、上司と話したら、見ないようにしていた自分の全貌をやっと掴んだ。
そしたら頭痛と吐き気が襲ってきて、またか、また戻れないのか、と悲しくなる。おなかもすかなくなってしまって、(というか食べたい欲がなくなり、栄養のために少し食べると食べすぎたくらい腹が膨れる)ガチ凹み。

夜になるとすごい勢いで落ちる。さよなら、さよならと何度も頭の中でリフレインするのは自分の声で、掻き消すように大声をあげたくなる。同じ曲を繰り返し聴くことでやっとソファから起き上がる。早めに無理やり眠るようにしているけど、「明日の朝もこのままなんじゃないか」と思って怖い。

でも、朝起きてみると気分は悪くなくて、3週間続けた朝の散歩とヨガだけはちゃんとできる。この穏やかな暮らしを続けていけば、1日中寝たきりには戻らなくて済むだろう。そう確信を持てるくらい回復して、今回くらいのダメージからはちゃんと身を守れるようになったっぽい。
でも、私はもう行動しなくちゃいけない。


このあいだ、上司と話した。
部署が違い、直属にはなったことのない少し遠い上司だ。おじさんだけど若い子にモテるタイプのイケおじで、冗談を交えながらちゃんと話を聞いてくれた。

この面談を持ちかけたのは私だった。
そろそろ復職を考えている時期で、体調的には何の問題もなかったけど、また同じように誰とも話さず戻ったらぶり返すと思った。
だから、直属の上司にちゃんと話せていないことを、というか、あの会社で誰も、私が休んでいる原因を知らない状況を、どうにかなくしておきたかった。

上司の頼りなさそうなキャラもあって、私は比較的ヘラヘラと喋った。

すると、そんなに明るかったっけ?と言われた。
ああ、薬を飲んでハイになってると思われてる。

それで分かった原因は、これから書くことは、多分ただの言い訳というか、こじつけに聞こえる。だからこそ私は2ヵ月、こうなった本当の原因を「分からない」と言い続けた。
それくらい些細で、過去に縛られていて、しょうもない。それでもこれが原因だから仕方ない。


1つは、私の弱さを分かってくれている人が誰もいなかったこと。
自分で隠していたことが大半なので自業自得なんだけど。

だから、と恋愛と結びつけてしまうのは良くないけど、私が好きになる人は「同じコミュニティで一緒に働き、私の弱い部分を分かってくれている人」なのだ。

友達に相談した時、「生徒会とかやるとそうならない?」と言われたのがその通りなんだと思う。周りからの評価、体裁を気にして、誰にも頼まれていないのに「こうあるべき」と自分を律する癖。

中学の頃から、「お前はリーダーで居続けろ」「委員長」「進学校を目指せ」というレッテルをもらって喜んでいた。その割に、私を役職名で呼ばない一つ下の男子を好きになった。同じ生徒会に属し、会長の仕事を奪ってまで働き続ける私をちゃんと見ていてくれて、仕事を一緒にサボってくれる人だった。

同じ部活の男子は、私が数学が苦手なことも、部活で全然活躍できずに後輩に成績を抜かされていることも、全部知ってくれていた。
学年1位だったのに、数学についていけなくなり赤点を取り「委員長、最近おかしいよどうした?」と周りに心配される中、彼だけは「俺と一緒じゃんか」とげらげら笑って、関数を私に教えてくれた。
貸した教科書に私のフォームのパラパラ漫画を落書しバカにしながら、
「お前の成績もこれみたいに右肩上がりになるよ」とグラフを指さして励ましてくれた。

高校は恋愛までいかないけど、あの進学校では、友達になる基準でさえ「弱さ」だったように思う。クラスで成績がビリになっただけで、学校に行けなくなるくらい、自分を律し、「優等生でいないと、バカだとバレたらここにいられない」と思っていた。だから敵ばかりのあのクラスで友達だったのは、「ほんとはビリなの」と小声で、意を決して伝えることができた彼だけだ。本気で喧嘩し、騒いでくれる彼の前でだけは「落ちこぼれの素の自分」でいられた。

そして、もうさすがに、と思うけどいまだに引きずっていると認めなければならない彼がその最たるものだろう。
同じサークルで、私が発狂するたびに助けてくれた。家事のできなさ、常識のなさを一から全部指摘され、本当にいろんなことを教わった。油のひき方から、動画の編集の仕方まで、生活のそこらじゅうに彼流が残っていて情けない。
もっと頼れ、それができないのがお前の唯一の欠点だ、と本気で怒ってくれたのも彼だ。それがきっと、コミュニティの中で勝手にいつも潰れる私がずっとほしかった言葉で、救いだった。
だから、就活中はバカの一つ覚えのように唱え続けた。「私の短所は人に頼れないところです。でも友人に諭され、頼れるようになりました。」

LINEの履歴は全部消しても、彼が書いてくれた他己分析はいつまでもメモ長から消せず、しんどい時にお守りのように読んでしまう。
あんな人もう現れないんじゃないかと本気で思ったりもする。それくらい、私には必要な人だった。
まあ、あなたなしでも大丈夫!と強がっていたら、一番しんどい時期に年下の女の子のもとへ行ってしまったんだけど。

そんなわけで、私が本気で好きにならなくても、気になる人、逆に気になられる人の基準は「私の弱さ」だ。
甘える、頼るができない私は「お前はできないんだから」と決めつけて世話を焼いてくれる人じゃないとダメなんだ。だから私の恋愛はいつもモラハラと紙一重。

話が盛大に逸れたけど、私の人生の重要事項である恋愛に関わるくらい、「仕事ができない私を知ってくれている人がいること」は重要なのだ。


愛嬌がない、可愛げがない自分に焦っていたのは、周りに可愛いがってもらわないと、弱さを見せられなかったからだ。

5年目みたいと言われることが嬉しかった。
あの上司の下で働いてたから、メンタル強いですと紹介されることも。
それがいつからか苦しくなった。
さすがだね、
早く成長して助けてほしい、
あの子を早く鍛えて、あなたを楽にさせるから、
あなたなら大丈夫でしょ、
1人でも生きていけそうだもんね、
はやく独り立ちさせよう、

えげつない仕事量だった。
休日出勤しても終わらなかった。
それなのに、「大事に育ててるからね」と言われた。
ああ、そうなんだ。


はい、大丈夫です、はい、そんなことないですよ。
ケラケラと、柔らかい表情で笑って答えてるつもりでも、私はうまく笑えず、能面みたいな顔で答えていたんだろうな。

虫だって嫌いだし、ジェットコースターもお化けも怖い。弱いは可愛い。
弱さを出せる子は可愛い。
ほんとはお酒にも弱い。今の上司と初めて飲んだ日、強い女に見られたくてチャミスルを飲み続けた。居酒屋のトイレで吐いても、送って先輩の車を降りた直後に倒れても、気づかれることはなかった。これは気づいてくれない2人が悪いとかではなく、それぐらい私が虚勢を張っていて、それが成功し続けていたのがよくなかったのだ。

誰か気づいてよ、と
会社のトイレで、公園で、帰り道の車内で
声を押し殺して泣いていた。


こういうと、職場で甘やかしてくれる男が必要で、しかもそいつと恋愛をしないと仕事していけないやばいやつにしか見えない。ここまでくるとそれも否定できない。


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