見出し画像

遠いあの夏から

https://note.com/dkaidjinfu/n/nf06ae59a73a7

帰らなくちゃ、と思って、背を向けずに歩き出してしまった。

無理やり乗ったはずの自由席は難なく座れて、花火大会の帰り道のように拍子抜けする。席に座ると、重い鞄のせいで張り詰めていた腕の筋肉がやっと緩んだ。イヤホンで耳を塞ぐ。行きの電車で繰り返し繰り返し聴いた、悲しくて美しい曲が流れ出す。


曲を聴きながらTwitterを開くと、憶測と歓喜と怒りでごちゃ混ぜになったツイートに溢れていて、今目の前で見てきたことなのに他人事のようにスワイプして下へ下へと流して行った。

ああ、もう私じゃなくていいのかもな。

ふとよぎった気持ちにどうして…と思ってアプリを開くと予定日の5日前で、またお得意のPMSなのかと思ったりする。そうだったらいいな、とは思ったけど、なんとなく違うことは気づいていた。曲を途中で止めた。それから2時間半の車内の中で、曲を聴くことも眠ることもできずただ目を閉じていた。

駅を降りると、足音がシャリシャリという音に変わる。雪が降ったらしい。
日付を越え、初めて1人で乗り込んだタクシーは、真っ白な道路を滑らかに進み出した。

「真っ白になっちゃいましたねえ」
「そうですねえ、こんなことになってるとは」
「どうやって行きます?深夜だからどこから行っても変わらないですけど」

そう言いながらおじいちゃんの運転手は左折し、イルミネーションが輝く並木道に入った。なんでこんな道を通るんだろう。綺麗だな、と思って泣きたくなってしまった。

「ああ、この辺は降ってないですね」
「ほんとですね」
「よかったですねえ」

スマホを見ることもできず、ただ真剣に景色を眺めている私に、絶妙なタイミングで話しかけてくる運転手。もう雪は止んでいるのに、なぜか大袈裟に動き続けるワイパーを見て、どうぶつの森の最初のシーンを思い出した。私に今足りないのは、心温まるゲームなのかもしれない。やっぱり冬場はだめなんだろうか。

タクシーを降りて、珍しく風も止み乾いた地面を歩きながら、これまた珍しく光り輝く星が見える夜空を見上げた。コロナが始まった頃に聴き出したシティポップのリミックスしか、今の景色に似合わない気がした。

玄関のドアを開ける。荷物を下ろす。それと同時に飛び出したペンライトとうちわが、ひどく寂しく見えて、もうだめた、お風呂に入ろうと思った。

上げて固めた前髪、冷えた太もも、胸元の開いたニット。クリスマスに上げたまつ毛も、グレーのカラコンも、急いでつけたネイルも…武装を全部解いて、湯船に浸かって、お腹が空いたからカップラーメンを食べて、むくみ対策をして、アイマスクをして、皮膚炎の薬を塗って、好きな配信者の動画を流す。ベッドの脇にあるお揃いのフレングランスはもうとっくの昔に空だった。疲れているはずなのに、妙に冴えてしまって、そのまま明日の自分のために準備をしていたらもう2時だった。今日を早く終わらせなければと思った。長い長い夜だった。


朝起きても気分は変わらなかった。いつのまにか日課になったTwitterのトレンドにももちろんいたし、テレビでも流れているし「世界は変わった」はずなのに虚しくて虚しくて仕方なかった。

10日ぶりの仕事で、寝不足だったが、きちんと白米と味噌汁を食べ、きれいめにメイクもして、服も考えて選んで、いつもより早めに出勤できた。多分もう私の気持ちは変わらない。


そもそもこのnoteが書きたくなったということはそういうことなんだ。本当に楽しかったし、興奮したけど、私は私の物語をずっと見ていただけで、純粋なファンではなかったと思い知らされただけだ。すごく近くで、見たいものが全部見れた。私が取り憑かれた振りも、お守りみたいに繰り返し聴いたフレーズも、人生で一番楽しかった一年を彩ってくれた曲も全部全部。だからありがとうの気持ちでいっぱいだったし、だからこそ満たされた気持ちはもうこれ以上や次を望めなくなっているのかもしれない。自分を見て欲しいと欲張る気持ちも、ついてこいと進む彼らのことも、どんどん遠く離れ、自分とは関係ない場所にある。短い、物足りない、と思ったのは、時間が短かかったわけでも、内容に満足できていないわけでもなく、私が成長したからなんだ。

昨日でちょうど転職から一年経った日で、今日から念願の異動だった。今日、私は元気だった。
仕事は楽しかったし、新しい部署の人からは早速「ありがとう、助かった」と何度も感謝された。最後に食べたラーメンも美味しかった。
夜行バスをキャンセルして、予定外の出費を増やしてでも新幹線に飛び乗ったあの時、私は今日のことを考えて判断していたのだ。
へとへとになって、理性を飛ばさずとも、いやむしろ、理性を飛ばさないように、ちゃんと眠ってちゃんと仕事に行きたかったから。


「前の会社で辛かったこととか彼らが救ってくれたこととか現場で楽しかった思い出とかもう拠り所なくても元気でいられる嬉しさとかごっちゃになって、」

今までもこれからも、私は結局自分中心に世界が回っていて、主人公になりたがる。

カレンダーをめくると、満面の笑みでくっついている彼らと目が合う。夢を叶えたいと泣く彼らを見て、びちゃびちゃに泣いたあの日、私は応援したいと思ったのではなく、きっと彼らになりたかった。宗教のようだと笑う私の方が、よっぽど入信してしまっていたんだな。

君のスターにならなくちゃなんて歌わないで
譲渡された元気は交換したいと思って絞り出した声
光の裏の闇を知り、やっぱり儚い偶像だと思い知った一年

私は今、勝手に好きになって、勝手に自分の物語に戻ろうとしている。なんて身勝手なんだろうと自分でも思う。だからせめて、どうか彼らに週刊少年ジャンプみたいな未来が待っていますようにと、神様がいなくなった世界で神に祈る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?