見出し画像

ビジョンなきDX推進が組織の硬直化を招く

事例で読み解く「間違いだらけ」のDX、第5回は「DXのビジョン」について見ていきましょう。

このマガジンでは、さまざまな事例から「間違いだらけ」のDXを読み解いていきます。

自社に当てはまる事例がないか、DXの認識にずれがないか、チェックする上で役立つはずです。

ぜひ参考にしてください。

【当コラムの登場人物】
加賀:中堅メーカーY社に新卒で入社して3年目。新設されたDX推進チームに抜擢された。
吉田・松井:DX推進チームの先輩社員。2人とも30代半ばの中堅社員。
岩崎:加賀の勤務先で執行役員を務めている50代男性。DX推進チームの意思決定権を握っている。

本日の事例

DX推進チームの提案が固まり、3人はいよいよ意思決定権を持つ岩崎役員へのプレゼン当日を迎えます。

提案内容に対して、吉田係長と松井さんはかなりの自信を持っていました。

しかし、岩崎役員の反応は意外なものでした。

その日、南関東は今年一番の寒気に覆われた。
午前中の会議室は底冷えしていて、空調が効くまでには時間がかかりそうだった。

岩崎役員への提案資料は松井が作成し、吉田が説明を担当することになった。
松井が作成した資料は外見上きれいにまとまっていたが、提案内容について加賀は相変わらず不服だった。

プレゼンそのものは30分程度で終了した。
吉田は流暢に話し、この提案がいかに自社の業務効率化に役立つものかを熱っぽく伝えた。
やはり、吉田は提案内容に絶対的な自信を持っているようだ。

岩崎役員は物静かで穏やかな男性である。
社員を問い詰めたり叱責したりする場面に、少なくとも加賀はこれまで一度も遭遇したことがない。

プレゼンを聞き終えた岩崎役員は、開口一番にこう言った。
「DX推進チームが発足して、そろそろ2ヶ月になるね」
「はい、来週でちょうど2ヶ月です。紆余曲折ありましたが、どうにか提案をまとめ上げました」
吉田は、十中八九「短期間でよくまとめ上げたな」と褒められると思っていたのだろう。
続く岩崎役員の言葉に、戸惑いを隠せない様子だった。
「2ヶ月近くも話し合ってきて、このレベルの提案はないでしょう?
吉田は顔を強ばらせて黙り込んでしまった。

「……と申しますと?」
松井は身を乗り出して、岩崎役員の真意を探ろうとしている。
「これではまるで、私のようなおじさんが作った提案書だよ。本当に3人とも、この提案がベストだと思ったのかい?」
「ええ、もちろんそのつもりで提案しておりますが……」
吉田は、何が起きているのか分からないといった様子で半ば放心状態になっている。

「加賀くん、君は本当はどう思っている?正直に言っていいよ」
意見を求められるとは思っていなかった加賀は、驚いた表情を見せた。
「正直に、ですか?」
「そう、君が思っていることを今この場で言ってほしい」
穏やかな岩崎役員の言葉には、加賀の本心を見透かすような含みが感じられた。
「私は、その、正直申しまして、既存業務をデジタル化しているだけのように感じています」
岩崎役員は表情を変えることなく、加賀の目をじっと見ていた。
岩崎役員の目に、どこか安堵に似た光が宿ったように加賀には映っていた。
「そうか、君の考えを吉田くんや松井さんには伝えたのかい?」
「はい、何度かお伝えしたのですが……」

吉田が何か言いかけるのを制するかのように、岩崎役員はやや強い口調でこう言った。
「なぜ若手の加賀くんをDX推進チームに加えたのか、今一度よく考え直してほしい。この提案にはビジョンが感じられない

岩崎役員が退室した後、吉田の落胆ぶりは傍目にも気の毒になるほどだった。
加賀の体は細かく震えていたが、相変わらず低いままの室温が震えの原因ではないことは自分でも分かった。
岩崎役員がDX推進チームの意思決定者で良かった、と心底思ったのだ。
こうして、DX推進チームの提案は振り出しに戻ることとなった。

事例の解説

DX推進チームが岩崎役員に提案したのは次の4案でした。

  • パッケージ版のアプリをクラウドサービスに移行する

  • ペーパーレス化に向けてクラウドストレージを導入する

  • スマホで会社の電話番号を使うためにクラウドPBXを導入する

  • ツールの操作方法に関する研修会を導入前に開催する

いずれも業務改善に繋がるよう、現状の問題点を話し合って到達した結論だったはずです。

にも関わらず、岩崎役員に一蹴されてしまいました。

岩崎役員の指摘事項は、次のようにまとめることができます。

・DX推進チームのミッションを誤解していないか心配だ
・若手・中堅社員だからこそ可能な提案をしてほしい
・DX推進にはビジョンが欠かせない

加賀さんが当初から感じていた違和感そのものを言い当てたかのような指摘といえるでしょう。

吉田係長も松井さんも、まさかこのような形で岩崎役員の「ダメ出し」を食らうとは思っていなかったはず。

DX推進チームは、提案内容を根本的に練り直す必要に迫られたのです。

事例の間違いポイント

今回の事例の間違いポイントは、岩崎役員の言葉にあった通り「ビジョンの欠落」に尽きます。

現状をどう改善するべきか?を起点に議論を始めてしまったため、DX推進のビジョンが定まっていなかったのです。

そもそもトランスフォーメーションとは「変化・変容」という意味を表しています。

デジタル化を促進して「現状を多少便利にすること」がDXの目的ではありません。

企業が抱える事業課題・経営課題を解決することこそが、DXの本質なのです。

解決したい根本的な課題は何か?と問われたら、おそらく現状のDX推進チームでは答えられないでしょう。

まず解決すべき課題の設定から始めるべきではないのか、と岩崎役員は指摘しているのです。

まとめ

・現状の改善を目的としたDX推進は目的を見失いがち
・変化を恐れない若手ならではの強みがDX推進に役立つ可能性がある
・DX推進を掲げる以上、解決すべき事業・経営課題を明らかにする必要がある

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?