輪廻の風 第2話

眠りについてから1時間弱経過した後、エンディは飛び起きた。

あまりにも悍ましい夢を見たからだ。

それは、人を殺す夢だった。

目の前には、見るからに粗暴性の高そうな悪人顔の男が10人ほどいた。

エンディは夢の中で風を操り、所謂カマイタチのような力を利用して、目の前にいる男たちを次々と斬り裂いていた。

これは予知夢なのか、失われた記憶がフラッシュバックしたものなのか、はたまたただの夢なのか、エンディには分からなかった。

飛び起きたエンディは汗をかいて息切れをしていた。

「あれ…ここはどこだろう。綺麗な所だなあ」

ラーミアに連れてこられた山の中で、エンディは緑豊かな美しい大自然に心が洗われた。

なぜ自分はこの場所にいるのだろう。
誰かが助けてくれたのか。

そんなことを考えながら辺りをキョロキョロしてみた。

すると、少し離れた場所に、少女の後ろ姿を確認した。

ラーミアが、地上の景色を眺めていたのだ。

エンディは恐る恐る、緊張しながらラーミアに向かって歩き出した。

エンディが意を決して声をかけようとしたその時だった。

ラーミアは長い黒髪を風に靡かせながら、後ろを振り返ったのだ。

「おはよう。よく眠れた?」
ラーミアが笑顔で優しくそう言うと、エンディはドキッとし、顔を真っ赤にしてしまった。

雪のように白い肌、長くカールのかかったまつ毛、大きくてすんだ瞳。
ラーミアは、眼球に亀裂が生じるほどの美少女だった。

「お、お、おはよう。うん、眠れたよ、眠れた」
エンディはおどおどしながら返事をした。

「あなた、指名手配されてるよね?」

ラーミアにそう言われると、エンディは更におどおどとしながら必死に弁明をしようとした。

「いや、確かにその…されてるけど、あれは何かの間違いで!俺はただ…」

「あははっ、分かってるよ。あなたは絶対に悪い人じゃない。目を見れば分かるわ?それにさっき…すごく格好良かったよ?」

ラーミアにそう言われ、エンディは茹でタコのように顔が真っ赤になってしまった。

「君が…俺を助けてくれたの?」  

「うん。体の方はもう平気?」

ラーミアの問いかけに、エンディは唖然とした。

なんと、あれほどの重傷を負っていたはずなのに、よく見ると身体の傷が完治していたのだ。

「え?え?えー!?傷が治ってる!?なんで!?」

自身の傷が癒えてる事に今頃になって気がついたエンディの鈍さにラーミアは驚き、笑ってしまった。

「え?これも君が治してくれたの!?どうやって!?」

「んー、まあ…ほら私、修道女だし?」

ラーミアが何かを隠していることは明白だったが、エンディはその違和感に気が付いていなかった。

エンディも特に深く考えはせず、咄嗟に言ったラーミあのその言葉にすんなりと納得した。

「ねえ、どうして泣いてたの?」

「いやいや、泣いてないよ!」

「本当〜?何か変なことも言ってたけど?」

「気のせいだよ」

恥ずかしそうにするエンディを見て、これ以上聞くのは野暮だとラーミアは察した。

「どうして助けてくれたの?」

「どうしてだろう…なんかね、放っておけなかったの」

「ありがとう…君って優しいんだね」

「ううん、全然…あなたに比べたら…」

しばらく沈黙が流れ、風が吹いた。
気まずさを紛らわすために、気を使うような風が吹いた。

「私ラーミア。あなた、お名前は?」

「エンディ…俺、エンディっていうんだ」

「エンディ、よろしくね?ねえ、歳は幾つ?私16歳なんだけど、多分同い年くらいじゃないかな?」

「ああ、ごめん…俺、自分の歳、わからないんだ」

「分からないって、どうして?」
ラーミアは目を丸くしながら尋ねた。

エンディは、自身が記憶喪失であることを告げた。

その時のエンディの顔があまりにも寂しそうだったので、ラーミアは詳しく話を聞かせてほしいと言った。

それは、エンディの苦悩を少しでも受け止めようとする、ラーミアの優しき心の表れだった。

エンディは話した。
この4年間、誰にも話さず、ずっと心の奥底に溜め込んでいた自身の心の内を。

4年前の夏の夜、その日はひどい嵐だった。

冷たい雨に打たれながら、エンディは意識を取り戻した。

「エンディ!おい起きろエンディ!」

目を開けると、かすれた声でそう叫びながら、自分の体を強く揺さぶっている男の存在に気がついた。

どうやら海辺の砂浜で倒れているようだった。
その時自分は眠っていたのか、それとも気を失っていたのか、エンディは今でも分からない。

そしてどういう訳か、全身がひどく痺れていて身動きが取れず、言葉を発することもままならない状態だった。

「気がついたか!良かった!」
目の前の男は、とても喜んでいる様子だった。
その男は丈の長い真っ黒な服を着ていて、フードを深く被っていた。

そのせいか、真夜中だからか、顔が全く見えなかった。

しかし男の声色と、チラッと見えた手の甲のシワから察するに、おそらく老人ではないかと、朦朧とする意識の中、エンディは考えていた。

「誰…?ここは…俺は…」
やっとの思いで、精一杯言葉を発した。
今にも消え入りそうな、か細い声だった。

エンディとは自分のことなのか、目の前の男は誰なのか、自分の今置かれている状況、自分は何者で、今まで何をしていたのか、何も分からない。

何もかもが謎で不可解、気が狂いそうだった。

「エンディ、お前…」

悲しそうな声で男は言った。

しばらく下を向いて黙りこくった後、なんとエンディを置いてそのまま立ち去ってしまった。

自分のことなんて誰も気に留めない。

いくら叫んでも、自分の声は誰にも届かない。
そんな激しい豪雨の中、エンディは1人、取り残されてしまった。

エンディはゆっくりと説明した。
この4年間、住む家もなく、頼れる人も誰1人いない、ずっと一人ぼっちで放浪していたことも話した。

ラーミアは時折深く頷き、静かに話を聞いていた。

誰かに自分の事情を話すのは初めてだったためか、エンディは話している途中で感極まって泣いてしまいそうなのをグッと堪えた。

しかし全て話し終えると、初めて誰かに本音を話せた気がして、不思議と清々しい気持ちになった。

何より、自分の話を聞いてくれたのがとても嬉しかった。

「そう…大変だったんだね」
どこか他人事に思えなかったラーミアは、エンディに感情移入してしまった。


「あ、ごめん!こんな話されても反応に困るよね…?」
エンディは、初対面の女の子になんて重い話をしてしまったんだろうと、申し訳ない気持ちになった。

「ううん、話してくれてありがとう」

「あのさ…俺たち、どこかで会ったことないかな?なんて言うかその、ラーミアを初めて見た時に、すごい懐かしい感じがして」

「初対面だと思うよ?」

「ははっ、そうだよな、ごめん急に、どうかしてるな」
ラーミアのはっきりとした口調に、エンディはしょぼくれた様子だった。

「でも不思議だね、私もエンディとは初めて会った気がしない」

「え?」

「なんだか、ずっと昔からお友達だったみたいな感じがするの。だから私、エンディの力になりたい」

ラーミアはそう言い終えた後、エンディの右手を両手でギュッと握りしめた。

「ここで出会えたのも何かの縁だと思うの。私、エンディの記憶が戻るお手伝いがしたい。今まで1人で辛かったね。よく頑張ったね。エンディは凄いよ」

「え?どうして?何でそんなに優しいの?」

「お友達が困ってたら手を差し伸べるのは当然のことでしょ?そんなことを優しさだと思っちゃダメ」

ラーミアのあまりの優しさに、エンディはジーンと来てしまった。

「また泣くの?泣き虫くん」
ラーミアがそうからかうと、エンディは少しムッとしていた。


「ラーミアは、どうして修道女になったんだ?元々あの街に住んでいたのか??」
エンディは素朴な疑問をぶつけた。

ギルド軍に支配された街にいた時点で、ラーミアもまた奴隷同然の扱いを受けていたのは明らかだった。

「それは…」
ラーミアは顔が曇り、言葉を濁した。

それは、とても簡単に人に打ち明けられるような内容ではなかったからだ。

「ごめん!言いたくなければ無理に答えなくても…」

何やら深い闇を抱えていそうなラーミアを見て、エンディはあたふたしてしまった。その時だった。

突如、上空に巨大な戦闘機が爆音と共に現れた。

それは、あっという間の出来事だった。

黒金の翼を羽ばたかせる戦闘機は、街に無数の爆弾を落とした。

ついさっきまでエンディとラーミアがいた街は、鉄の雨によって瞬く間に焼け野原の化してしまった。

「そんな…なんてことを…!」
ラーミアは両手で口を覆い、酷く心を痛めていた。

「何なんだよ…どうしてこんな酷い事ができるんだよ…!」

エンディは激しい怒りを露わにしながら、燃え盛る街の様子を見下ろしていた。

戦闘機はエンディ達のいる山の麓に着陸した。

すると、無数の兵隊が山へとなだれ込んできた。

赤い軍服から見て、彼らの正体はやはりギルド軍だった。

兵隊達は、まるで山中にラーミア達がいることを初めからわかっているようだった。

そんなギルド軍の動きを不審に思ったラーミアは、自身の身体チェックを始めた。

すると案の定、服の裏側に米粒サイズの発信器がついていたのだ。

「おい…まさか奴ら、ラーミアを探しにきたのか?」エンディがそう尋ねると、ラーミアはコクリと頷いた。

「こうしちゃいられない!すぐに逃げよう!」
エンディはそう言い放ち、ラーミアの手を握り、走り出した。

ラーミアが発信機を捨てて逃走を図ったことを察したギルド軍が、徐にガスマスクを装着し始めた。

そして散り散りになり、山中に大量の睡眠ガスを火炎放射器の様に散布した。  

逃げ場がなくなり、八方塞がりとなってしまったエンディとラーミアは、立ち往生してしまった。

「ラーミア、大人しく投降しやがれ!」

「全く馬鹿な事をしたもんだな。もうすぐでお前の両親が生き返るって時によ、最後の最後に裏切りやがって!」

ギルド軍の兵士がそう言い放つと、ラーミアは酷く怯えていた。











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