輪廻の風 第3話

「貴方ね?街に突如現れた革命児は。あなたがラーミアを唆したの?」
兵士の1人がエンディに尋ねた。

その兵士の声色は明らかに、まだ若い少女のものだった。

少女の名はジェシカ。
オレンジ色の髪をしたポニーテールの髪型で、若干18歳にしてギルド軍の参謀に抜擢された、この上なく気の強そうな少女だった。

「お前らか…ラーミアを苦しめているのは。両親を生き返らせるってのはどういう意味だ?」
エンディは鬼気迫る表情で尋ねた。

「あなた、報告によると随分とひどく痛めつけられたって聞いたけど、見る影もないわね。ラーミアに治してもらったんでしょ?」
ジェシカがそう言うと、エンディは驚いた表情でラーミアを見た。

「そいつの親は10年前、俺たちギルド軍に殺されたんだよ!親父はバレラルクじゃなの通った軍人だったんだけどな!」

「ラーミアは他人の傷を癒せる異能者!その力を10年間俺たちのために使えば、死んだ両親を生き返らせてやるって契約だったんだ!」

ギルド軍の兵士たちは、ゲラゲラと嘲笑いながら説明した。

ラーミアは悔しそうな表情を浮かべ、涙を流していた。

エンディは、何となく状況を理解した。

「10年間…親の仇であるギルド軍に尽くしていたのか…?」
エンディの問いかけにラーミアは何も答えず、ただひたすらに悲痛な表情を浮かべていた。

「もうすぐで約束の10年だったのに…俺を助けたばっかりに反故になったのか…?なんでだ?どうして俺を助けた!?ずっと耐えてきたんだろ!?」
エンディは、ラーミアの優しさに度肝を抜かれていた。

10年間も奴隷として親の仇に尽くし、ひたすら耐え抜き、もうすぐで解放されるという矢先に、ラーミアは初対面のエンディを救うために、ギルド軍に逆らったのだ。

ジェシカ以外の兵隊達は、そんなラーミアを心底馬鹿にするように大笑いしていた。

「笑うなよ!ラーミアを笑ったらぶっ飛ばすぞ!お前らに同じ事ができるのか!?」
今にもギルド軍の軍勢に殴りかかろうとするエンディを、ラーミアは腕を掴んで制止した。

「ラーミア…どうして?」

「もういいの。お父さんとお母さんには会いたかったけど…それでも、私はエンディを死なせたくなかったの。自分でもよくわからないんだけどね」

するとエンディは、ラーミアの両肩をがっしりと掴んだ。

「いいかラーミア、よく聞け。死んだ人間は絶対に生き返らない!」

エンディの言葉に、ラーミアは強いショックを受けていた。

「薄々分かってたよ…そんな事。だけど…だけどしょうがないじゃない!例え望みは小さくても…もしかしたらお父さんとお母さんにまた会えるかもしれない…それだけが唯一の救いだったから…」ラーミアは悲痛な胸の内を吐露した。

「おいお前ら、死んだ人間が生き返るだなんて、本気で言っているのか?」
エンディがジェシカに尋ねた。

「偉大なるギルド法王様に不可能はないわ?あの御方は神の代弁者だからね」
ジェシカが言った。

「人間が神を名乗るなんて、どうかしてるぞ。嘘やまやかしで他人の心を翻弄して…お前らは卑怯者だ!ギルドって奴も…全員ぶん殴ってやる!」

エンディは怒りに打ち震えていた。

「てめえ!ギルド法王様を侮辱しやがったな!?」

「こりゃあ万死に値するぜ!?死刑だ死刑!」

30を超える兵士達が、エンディに襲いかかった。

勝ち目などないはずだが、それでもエンディは一歩も引かなかった。

殴られても、蹴られても、剣を向けられても、顔を腫らしながら戦った。
全ては、ラーミアを守るために。

「やめてみんな!目的は私でしょ!?大人しく着いていくから!あなた達の言うこと何でも聞くから!」
ラーミアがそう訴えかけても、エンディは戦うことをやめなかった。

「お願いやめて…これ以上エンディを傷つけないで…!」

するとエンディはピタリと動きを止め、腫れ上がった顔でラーミアの方を見た。

「あのさあ…怖いなら助けを求めろよ!!」

大声でそう言ったエンディを見て、ラーミアはポカーンとしていた。

「怖かったら逃げてもいいんだ、自分の心を押し殺してまで、無理に頑張る必要はない!」

ゼエゼエと息を荒げながら再び叫んだ。そして呼吸を整え、今度は優しい口調でラーミアを諭した。

「怖いものを怖いと認めることは恥ずかしいことじゃないよ。誰かに助けを求めることも恥ずかしい事じゃない。約束する、絶対におれが助ける!」

優しい顔で微笑んだ。今まで見たこともないくらい温かくて優しい笑顔だった。

「エンディ…私ずっと、怖くて怖くてどうしようもなかった…助けてください…」

溢れ出てくる涙を堪えきれず、震える声でエンディに助けを求めた。

ラーミアは今日まで10年間、ずっと一人で全てを抱え込み、もがき苦しんでいた。


それを我慢して気丈に振る舞っていたことを見透かされた気がした。

とは言っても多勢に無勢、エンディに勝ち目などなかった。

絶望の淵に立たされたその時だった、突如エンディの身体中から、凄まじい力の奔流が溢れ出てくるのを感じた。

この場にいる全員を一瞬で殺せてしまうほどの力だった。

エンディは咄嗟にしゃがみ込み、その得体の知れない力を必死に抑え込もうとしていた。

「何だが?もう限界かぁ?」
「根性ねえなあ!威勢だけか!?」

ギルド軍の兵士たちは不用意にも、ゾロゾロとエンディに近づいていった。

すると、エンディは顔を上げて大声で叫んだ。

「みんな逃げろぉ!死ぬぞー!」

エンディは、敵であるギルド軍に警告を促した。

次の瞬間、エンディからただならぬ気配を感じ取ったジェシカが、咄嗟にエンディの首に手刀を当てた。

エンディはそのまま倒れ込み、気絶した。

「エンディ!?大丈夫!?」
ラーミアは一目散にエンディに駆け寄った。

「大人しく投降しなさい、ラーミア。そうすればこのエンディって子の命は保証するわ?あなたの処分は、これよりミルドニア大聖堂にて、ギルド法王様から直々に下される」
ジェシカは淡々と言った。

ラーミアはしばらく考えた後、「分かりました」と言い、ジェシカに着いていく意思を露わにした。

エンディを見逃してもらえるのならば、それこそが、最善の道だと考えたのだ。

「何度でも…助けに行くよ…」
意識を失ったはずのエンディが、小声でそう言った。

ラーミアは、そんなエンディを見て心が痛んだ。

不気味に思ったジェシカ一行は、ラーミアを連れてそそくさと足速にその場を後にし、急いで戦闘機へと乗り込んだ。

戦闘機は離陸した。

「それにしても…何もここまですることなかったんじゃないの?」
ジェシカは、機内から燃え盛る街を見てそう呟いた。

「仕方ねえですよジェシカさん、ギルド法王様の命令ですからねえ。それに奴らは反逆者だ。見せしめにする意味でも、これは必要な犠牲ってもんですわ」砲撃主の男は、一切悪びれるそぶりもなく言った。

ラーミアは一切抵抗せず、大人しく機内の椅子に座り、ジェシカに見張られていた。

一方エンディは、フラフラになりながら立ち上がり、上空を飛び立つ戦闘機を眺めていた。

すると突如、「うおーーー!!!」と大声を張り上げ、走り出した。

エンディは意識朦朧とする中、がむしゃらに走り、空を飛んだ。

戦闘機までの飛距離は約50メートルほど。

エンディは「わあーー!」と絶叫しながら空を飛び、なんと機体にしがみついたのだ。

まるで、エンディの足に風が纏わりつき空へと運んでいるようだった。

エンディは自分がどうしてこんなにも高く飛べるのか、理解できていなかった。

「約束したんだよ…次は…絶対に助けるって!!」エンディは機体にしがみつき、泣きながら意味深なことを呟ていた。


ギルド軍は、すぐに何者かが機体にしがみついている事に気がついた。

「おい!あのガキさっきの!?」
「はぁ!?どうやってここまで!?」

ギルド軍の面々は戦慄していた。

「冗談でしょ…!?」ジェシカと、隣にいたラーミアは目を疑っていた。

「ラーミア…あの子も異能者なの?!」
ジェシカの問いかけに、ラーミアは「分からない…」と答えた後、「ねえ!エンディが危ない!早く助けてあげて!」と言った。

「不可能よ。こんな不測の事態、対処のしようがない。」

「そんな…」

「でも不思議ね…さっき出会ったばかりだけど、私もあのエンディって子、死なせたくないかも」
ジェシカが意外なことを言った。

そうこうしているうちに、遂にエンディの体力に限界が訪れた。

なんと、機体にしがみついていだエンディは再び意識を失い、そのまま大海原へと緩やかに落下していった。

「エンディー!!」
機内の窓から一部始終を見ていたラーミアが泣き叫んだ。

すると、ジェシカがラーミアを宥めた。

「大丈夫よ。すぐにインダス艦で捜索向かわせる。あんた達!すぐにダルマインに連絡を!」
ジェシカは部下に命を下した後、「きてみなさい、エンディ。ミルドニア大聖堂へ」と呟いた。

エンディが落下した地点には、名もなき無人島がある。

浜辺には、昨夜の時化で座礁したイルカが7頭打ち上げられていた。

7頭のうち6頭は死んでいる。

残りの1頭は怪我を負い、呼吸もできない状態ながらも、懸命に生きようとしている。

そんなイルカの群れに、金髪の少年がゆっくりと歩きながら近づいてきた。

彼は、獰猛な肉食獣が蔓延るこの無人島唯一の住人だ。

金髪の少年は冷たい目でイルカたちを眺めている。

「ごめんな、お前たちを助けることはできない」

そう言い終えると立ち止まり、死にかけのイルカを見下ろしながら言った。

「お前は死んだほうが幸せそうだな」

金髪の少年は、とても悲しそうな目をしていた。

ふと右横に目をやると、イルカの死骸に紛れて人間が倒れ込んでいるのに気がついた。

人間が漂流してくるのなんて初めてだな、と珍しく思いながら仰向けで倒れているその男に近づいた。

その男の顔を見ると、金髪の少年は心臓が止まるかと思うくらい驚愕した。

「こいつは…エンディ…?」

怖気と汗が止まらなかった。




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