輪廻の風 第1話

バレラルク領の小さな港町にて、エンディは武装した4人のギルド軍の兵士と戦っていた。

この場所は以前、農業と漁業が盛んな平和な港町であったが、ギルド軍に支配されてしまってからは、すっかりとスラム街と化してしまっていた。

バレラルク王国では、このような無法地帯が年々増え続けていた。

民衆を人質にされては軍も迂闊に動くことができず、結果国の法律も行き届かず、テロリストのように傍若無人に暴れ回るギルド軍を止められるものなど、誰もいなかったのだ。

日々無賃労働を強いられる民衆は疲労のあまり牙を抜かれ、抵抗する余力すらなかった。

そんな港町では毎日のように、憂さ晴らしのためか、ギルド軍は老若男女問わず、見境なしに民衆に暴力を振るっていた。

それを見かねた記憶喪失の少年エンディは、すかさず仲裁に入ったのだ。

「やめろよ!どうしてこんな事するんだよ!」
エンディは怒った。

「ギャハハッ、なんだクソガキ、なんか文句でもあんのか?あぁ?」
「ゴミクズ共をいたぶって、誰かが困るのか??」
ギルド軍の兵士たちは、正義感に燃えるエンディを嘲笑っていた。

「ゴミクズじゃない!人間だ!お前たちはこんなことして心が痛まないのか!?」
エンディが尋ねた。

「こいつらは虐げられる以外に生きる道がねえ弱者だ!不幸な星の元に生まれたこいつらが悪いのさ!」

「俺たちゃ偉大なるギルド法王様の部下だぜ!?こんなクズ共とは生物としての価値が違えんだよ!」

「俺達は何をしても許されるのさ!殺されたくなけりゃあ失せろクソガキ!」

罵詈雑言を浴びせられ、恫喝されても、それでもエンディは一歩も引かずに毅然としていた。

「お前たちがどれだけ偉いのか知らないけどな、俺は目の前で苦しんでいる人たちを見捨てるほどは腐った男じゃないぞ!」

エンディの言動に生意気さを感じた4人の兵士はカチンと頭に血が昇り、怒号を発しながらエンディに襲いかかった、

するとエンディは素手で4人を迎え撃ち、あっさりと一蹴した。

記憶を失い、浮浪の旅を続けて4年。
自身の記憶に関する手がかりを一切掴めずにいたエンディだが、唯一、自身の脅威的な身体能力の高さには気がついていた。

手練れの兵士の攻撃を難なく躱す身のこなしに、大の大人を一撃で沈める腕力。
それらの全ては反射的に行われていた。

今回のような武装集団を返り討ちにしたことは、これまでにも何度かあった。

町に迷い込み暴れ回る獰猛な野生動物を仕留めたこともあった。

エンディは、自分が只者ではないと薄々勘づいていた。
しかし彼はこの力をひけらかしたり、周囲に誇示することは絶対にしないと決めていた。

自分の事が何も分からない彼だが、何か手がかりを見つけられるかもしれないと、淡い期待を抱きながら始めた4年間の一人旅。
その道中で、何度も苦しむ人々を目にしてきた。
どうせなら、この力はそういった人々を救うために使いたい。
困っている人のために拳を振いたい。
それこそが、自分の使命のような気がしていたのだ。

エンディに打ちのめされた4人の兵士は、尻尾を巻いて全速力で逃げ出した。

一件落着と思い安堵しているエンディであったが、逆に港町の住人の怒りを買ってしまった。

あろうことか、兵士に暴行を加えられていた老人の男が、エンディを怒鳴りつけたのだ。

「小童が!余計なことをしてくれおって!」

他にも、同じように兵士に暴行を加えられていた数人の男女、そして集まっていた野次馬の面々も、恐ろしい形相でエンディを睨みつけていた。

エンディは思わず驚いてしまった。

「なんて事を…ギルド軍に手を出すなんて、ただじゃ済まないぞ…。」

「私達まで逆恨みされて殺されたらどうしてくれるの!あんたのせいだからね!」

「正義の味方にでもなったつもりか?誰も助けなんて期待していないんだ!」

「帰れ!早くこの街から出ていけ!」

エンディは罵詈雑言を浴びせられた。
中には、投石をする者まで何人かいたほどだった。

面を食らったエンディは、小さな声で「ごめん…」と一言発した後、彼らに背中を向け、ゆっくりと歩き出した。

ギルド軍に何をされても、無抵抗なら命までは奪われない。
彼らの怒りを買いさえしなければ生きていける。
だからひたすら耐え忍び、やり過ごすしかない。

こんな生き方が体に染みついてしまった彼らにとっては、此度のエンディの行動はありがた迷惑だったのだ。

余計な事をしてしまったな、と些少の罪悪感を抱きながら、エンディは今夜の寝床を探していた。

港町から数十キロ離れた人っ子一人いない海辺を歩きながら、夕日が沈みゆく水平線の彼方を眺め、エンディは孤独感に苛まれていた。

自分が何者なのか分からず、頼れる人もいない。
今日まで4年間、ずっと一人ぼっちで浮浪してきたのだ。
人前では気丈に振る舞ってはいるが、本当は毎日辛くて寂しくて、涙で眠れぬ夜を何度も過ごした。
エンディの心は限界だった。
もういっそのこと、死んでしまおうかとすら思っていた。

それでも、何としてでも生き延びてやろうと諦めない心を持ち続け、自分自身を無理やり奮い立たせる事で日々を過ごしていた。

エンディは沖から少し離れた場所にある岩場の影を今夜の寝床に決め、横になった。

「明日は良い事ありますように」
そんな言葉を虚しく響かせると、エンディはすぐに眠ってしまった。

翌朝になると、ギルド軍の占領下にて、ある機関紙が瞬く間に広まっていた。

機関紙には、エンディがお尋ね者として指名手配されていた。

若干癖毛の黒髪に170ほどの背丈。
エンディにそっくりの似顔絵と外見的特徴が描かれた全身図。
その2枚の絵と共に、罪状も掲載されていた。

この男、凶暴につき要注意。
北の港町にて略奪行為を働く。
制止に入った駐在軍数名に重傷を負わせる。

ギルド軍が発行した機関紙には、有る事無い事が出鱈目に書かれていた。
ちなみに報奨金は、500万イエン。


海辺から少し歩いた先にある小さな町で、エンディはたまたま自身の似顔絵が描かれた指名手配の紙を見てしまった。

美味しそうな匂いに釣られて入りかけた小さなレストラン、その店先に貼られていたのだ。

「な…なんでこんなことに…?」
混乱したエンディは大口を開けて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

町の住人は、指名手配の似顔絵と瓜二つのエンディにすぐさま気がつき、ざわつき始めた。

「500万イエンは俺のもんだーー!」
そして彼らは徒党を組み、我先にと、一目散にエンディに襲い掛かろうとした。

「わあー!違う!濡れ衣だ!冤罪だー!」
エンディは涙目になりながら、全速力で逃げた。

そして、騒ぎを聞きつけたギルド軍も、剣を抜き、発砲し、エンディを追った。

この町もまた、ギルド軍に占領されていたのだ。

ただでさえ常人に比べて足の速いエンディだったが、逃げ足となると更にその速度は加速されていき、瞬く間に追う者たちを撒いてしまった。


エンディの逃げた先は、街の大通りだった。
人の行き交いが多いこの場所は潜伏先としては相応しくないが、エンディは安心していた。
それは、変装していたからだ。

逃走中、すれ違い様に街ゆく人から無理やりサングラスと付け髭を拝借していたのだ。

サングラスで目を隠し、モジャモジャの長い付け髭で口元を隠し、周囲に感情を悟られないようにと画策したのだ。

更に、腰を曲げてゆっくり歩けば、誰がどう見ても老人そのもの。
これで、誰も自分を指名手配犯だとは疑わない。

「我ながら完璧な変装だな」
わざとらしく腰を曲げながらゆっくり歩くエンディは、誇らしげな表情をしていた。

大通りは、街並みは綺麗で道も完備されていた。
しかし、道ゆく人々は誰も彼もみすぼらしい格好をしていた。

エンディは、この街の人々もまた、ギルド軍に虐げられているのだとすぐさま理解した。

そして、一際目立つ大きな修道院の前に来た。

厳かな雰囲気を醸し出す大きな建物に、エンディは息を呑んだ。

エンディは吸い寄せられるように、修道院の中に入った。

だだっ広い礼拝堂には、数人の修道女と参拝客がいた。

彼らは、それぞれ横長の椅子に腰掛け、両手を合わせて祈りを捧げていた。

修道女の少女ラーミアは、とても悲しげな表情を浮かべながら、何かを祈っていた。

彼女もまた、この町でギルド軍によって奴隷同然の扱いを受けていたのだ。

エンディは、何かを祈るラーミアの後ろ姿を見た途端、身体が硬直してしまった。

「なんだ、あの子は?」
エンディは、ドクンと心臓の鼓動が高鳴った。

遠目に見るその少女の後ろ姿から、懐かしさを感じるような不思議な感覚に襲われた。

エンディはその少女を見ている間、まるで時が止まってしまったかのような錯覚に陥っていた。

祈りの最中、ラーミアはハッとした。
背後から、エンディの視線を感じたのだ。

「何だろう?」
不思議に思ったラーミアは一旦祈りを中断し、後ろを振り向こうとした。

その時だった。

外が大騒ぎになっていたのだ。

直立不動でラーミアの後ろ姿を眺めていたエンディはビクッとし、我に返った。

まさかこの完璧な変装を見抜かれ、ギルド軍が襲来したのかと勘繰っていた。

エンディは恐る恐る外を見た。

すると、修道院の前に、いつのまにか人だかりが出来ていた。

「なんだ?何事だ?」

エンディは興味本位で、その群衆の中へ紛れ込んだ。
腰を曲げてゆっくり歩行するのを忘れてしまい、思わずいつものように走ってしまって冷や汗をかいていたが、誰も気に留めていなかった。

ラーミアをはじめ、修道女や参拝客もゾロゾロと外へ出てきた。

人だかりの中心には、異様な光景が広がっていた。

赤い軍服を着たギルド軍の兵隊2名が、傷だらけのまま縄で拘束され、両膝をついていた。

その背後には、まだ推定5〜7歳の幼い少年と、小太りで中年の大男が立っていた。

大男の名はダルマイン。
ギルド軍の大幹部で、インダス艦と呼ばれる黒鉄の戦艦の艦隊を執り仕切る提督だ。

オールバックの髪型に強面の顔、まるで海賊のような男だった。

ダルマインの登場に、民衆たちの間には大きな緊張が走っていた。

「聞けてめぇら!この2人はバレラルク軍の狗だ!よってこれより!裏切り者の裁きを執行する!公開処刑だ!」

拘束された2人の男は、バレラルク王国のスパイとしてギルド軍に潜入していたのだ。

それがバレてしまい、殺されそうになっているのだ。

「だが!裁きを下すのは俺様じゃねえ!この未来ある勇敢な小さな戦士だ!」
ダルマインは、隣にいる男の子をビッと指差し、声高らかに叫んだ。

群衆に注目された男の子はビクッとし、表情は強ばっていた。

「偉大なるギルド法王様は神のお告げを聞いた!聖地を奪還せよ!我らに背くバレラルクの王族を皆殺しにせよ!」
そう言い終えたダルマインは、一丁の拳銃を男の子に手渡した。

男の子の手は震えていた。

「これは聖戦だ!聖地を取り戻すための戦いはぁ!これからより一層激しさを増す!そこでだ!これからは若い兵士を育成し、どんどん戦地へと送り込む事を決定した!ガキだろうが関係ねぇ!爆弾括り付けて特攻してでも役に立ってもらうからなぁ!」

鋭い眼光でそう言い放ったダルマインを見て、人々はゾッとした。
ついにギルド軍が、本格的に王都へと攻め入ろうと、本腰を入れはじめてきたのだ。

スパイとして拘束されている2人の男は命乞いなどを一切せず、潔く死を覚悟しているように見えたが、流石に少しばかり顔が曇っていた。

男の子はカタカタと両手を震わせながら、2人のうちの1人に銃口を向けた。

「さあ、引き金を引け。そうすりゃてめえは今日から晴れてギルド軍の仲間入りだ。偉大なる戦士として聖戦に参加できるんだぜ?嬉しいだろぉ?」
ダルマインは男の子に顔を近づけ、ニヤリと不敵に笑った。

怯え切った男の子は、ハァハァと息を切らせ、全身汗まみれになっていた。

「早く撃て。君を恨みはしない」
「こんな奴らに育てられて、災難だったな」

拘束されている2人は、男の子に対してこんな言葉を投げかけた。
逆鱗に触れたのか、ダルマインは露骨に苛立ちを露わにしていた。

「うわあああああっ!!」
男の子は両目から涙を流し、絶叫しながら、遂に引き金を引いた。

その凶弾は、なんとエンディの下腹部を貫いた。
身を挺して庇ったのだ。

「何だこのジジイ、いつの間に!?」
ダルマインは驚いていた。

エンディは傷口を抑えながら俯いた。
その際に、変装用のサングラスと付け髭が取れてしまった。

「おい、あの顔見たことあるぞ!」
「確か、指名手配犯の小僧だ!」
エンディの顔を見るや否や、辺りは騒然とした。

エンディは片膝をつき、男の子と同じ目線の体勢になった。

そして、怯えた表情で立ち尽くす男の子を、右手で優しく抱き寄せた。

「怖かったな。だけどもう心配すんな。俺が守ってやるから!」

エンディは優しく言った。
緊張の糸が解けたように、男の子はエンディの胸でワンワンと泣きじゃくっていた。

九死に一生をえた2人のスパイは、いまいち状況が飲み込めず、唖然としていた。

「てめえ…一体何の真似だ?」
ダルマインはエンディをギロリと睨みつけた。

エンディはすっと立ち上がり、ダルマインの顔を見た。

「人の命は軽くないぞ。おっさんのくせにそんなことも分からないのか?」

「あぁ?何言ってやがる?いきなりしゃしゃり出てきやがって、どういうつもりだ?あ?」

「目の前でこんな酷いことが起こってるのに見過ごすわけないだろ!命を冒涜するな!」

エンディがそう怒鳴りつけると、ダルマインはニヤニヤしながらタバコを咥え、火をつけた。

「カッコいいなお前、若いのに大したもんだ。今時珍しいぜ?だがよ、そんなちっぽけな正義感なんざ、この世の中を生き抜く上で何の役にも立たねえぜ?」

ダルマインはフーと煙を吐いた後、続けて喋始めた。

「世の中にゃ否が応でも裏と表が存在する。民主主義なんてのは理想論だ。要は、金と権力だけがモノを言う階級社会。それがこの世の真理だ。」

エンディは静かに話を聞いていた。

「そんな世の中で個人の力だけで生き抜くのは至難の業だ。てめえみてえな人間は早死にするぜ?だがな、見込みがあるのは確かだ」

するとダルマインはエンディに近づき、耳打ちした。

「ぶっちゃけ言えばよ、俺はギルドなんかただの胡散臭えおっさんだと思ってる。何が神の代弁者だよ、馬鹿じゃねえか?だが奴には権力がある。大衆を騙し悪政を敷く才能がある。だから俺様は甘い汁を啜るために勝馬に乗ってるだけさ」
ダルマインは周囲に聞こえぬよう、ヒソヒソと話した。

「利口になれや小僧。そんなんじゃとても弱肉強食のこの世界を生き残れねえぜ?だからよ、俺様の部下にならねえか?気合の入ったガキは嫌いじゃねえ、歓迎するぜ?」

ダルマインはエンディを勧誘した。

「誰がお前なんかの部下になるか!薄っぺらいこと長々と語ってんじゃねえよバーカ!」

ダルマインに啖呵を切ったエンディを見た民衆は、顔が凍っていた。

「俺は弱い人たちに寄り添える強い男になる!余計なお世話だ!」

エンディがそう言うと、ダルマインはワナワナと怒りに震えていた。

「霊長類最強の喧嘩しである俺様に啖呵切るたあ、良い度胸じゃねえかよ。吐いた唾呑み込むんじゃねえぞ?」
ダルマインは拳をポキポキ鳴らしながらエンディを威嚇した。

そしてエンディに詰め寄り、腕を振り上げて殴りかかった。

しかし、エンディは見事にカウンターを合わせ、ダルマインを殴り飛ばした。

「ぼほーーっ!?」
ダルマインは情けないうめき声を上げながら地に背をつけて倒れた。

腹部を撃たれたとは到底思えないエンディの瞬発力と打撃力、そしてダルマインの余りの弱さに、群衆は驚きを隠しきれていなかった。

「何だあのガキ、強くねえか?」
「てかダルマイン弱すぎじゃね?あれなら俺でも勝てるぜ?」


ラーミアは、終始エンディを見つめていた。

この世の中に、こんなにも心優しくて勇敢な少年がいたなんて思いもしなく、エンディの言動に胸を打たれていたのだ。

「提督が殴り飛ばされたぞ…」
「見掛け倒しなのがバレて、大恥かかされて、面目丸潰れだ…」
ダルマインの配下の兵士たちはヒヤヒヤしていた。

「この野郎…調子こきやがって…てめえら何してる!さっさとあのガキぶっ殺せえ!」
ダルマインが号令をかけると、配下の7人の軍人たちが、エンディを取り囲み集団リンチをした。

下腹部に風穴が開いた状態で殴る蹴るの暴行を受け、エンディは身動きが取れなくなってしまっていた。

「どうしよう…」ラーミアはエンディの身を案じ、気が気じゃなかった。

助けに行こうとするものは、誰一人いなかった。

「さっさと撃ち殺せえ!」
ダルマインがそう叫ぶと、7人の兵士は「はっ!」と返事をし、一斉に銃を抜き、構えた。

エンディは辛うじて立っていたが、身体の損傷が酷く、その場からピクリとも動けずにいた。

7人の兵士はエンディを囲み、銃口を向けた。

「撃ちやがれ!!」
ダルマインの号令が発砲の合図となり、7発の凶弾がエンディに放たれた。

自分はもう確実にこの場で殺される。
それはもう逃れようのない運命だと、エンディは悟った。

自身の死をあっさり受け入れていたエンディは、不思議と恐怖心を感じていなかった。

ラーミアは両手で口を覆い、様子を見ていた。
そして、何も出来ない自分自身に腹が立ち、悔しさを感じていた。

しかし、銃弾がエンディに直撃する寸前で、信じられないことが巻き起こった。

何とエンディの全身から、突如激しい突風のようなものが吹き荒れたのだ。

突風は7発の銃弾を弾き返すばかりか、引き金を引いた7人の兵士達までもを吹き飛ばしてしまった。

一同、目を疑い絶句していた。

ダルマインは冷や汗をかき、戦慄していた。

これは、エンディが意図してやったことではなく、無意識的に行ったものだった。
よって、エンディ自身も、何が起こったのかまるで理解できていなかった。

突如現れた少年エンディが起こした勇気ある行動とこの奇跡に、民衆たちは心を奪われてしまった。

「おいお前ら…さっきから何黙って見てるんだよ?」
エンディは民衆たちに問いかけた。

エンディの問いかけに対し、民衆達はポカーンとしていた。

「こんな小さな子供が人を殺そうとしてたのに!なんで誰も止めなかったんだよ!なんで黙って見てんだよ!お前ら一体、何にそんなに怯えているんだよ!?」

満身創痍のエンディはフラフラとしながら一喝した。

「こんな奴らに奴隷みたいに扱われて悔しくないのか!?そんなボロボロの服着て…ろくに飯も食えず痩せ細って…なんで声を上げねえんだよ!?」

エンディの言葉には不思議な効力があり、民衆達の心に徐々に力を与えて始めた。

「立ち向かうことは怖いことじゃねえ!負けたって良い…笑われたって良い…そんなの全然怖くねえよ!一番怖いのは…自分の心を捨てることだ。あんたら…まだ捨てきれてないだろ?」

民衆達は目の色を変え、闘志を燃やし始めた。

「こんな奴らに好き勝手やられて、平気なフリなんかしてんなよ!もっと怒れよ!いい加減立ち上がれよ!人間ってのは、自分の人生思いっきり楽しむために生きるもんだろー!!」

エンディは、天まで届くような大きな声で叫んだ。

すると、民衆達は「うおーーーー!」と、鬨の声を上げながら走り出し、ギルド軍に反旗を翻した。

この町がギルド軍に占領されて早10年、初めてにして異例の出来事、革命が起ころうとしていた。

町にいるギルド軍の兵士たちは困惑し、暴動する民衆たちに怖気付いていた。

「俺は戦うぞー!」「今までよくも好き勝手やってくれたなあ!」

民衆達はギルド軍を薙ぎ倒し、武器を奪い、武装して戦った。
誰も彼も、まるで人が変わったようだった。

「二人の縄を解けー!」
「さっきの男の子を保護しろー!」

「大変なことになった…やべえぞこりゃ…」
事の重大さを理解したダルマインは、頭が真っ白になってしまっていた。

すると、力尽きて気絶するエンディを見かけた。

ダルマインは落ちていた剣を手に取り、一目散にエンディに駆け寄った。

「末恐ろしいガキだぜ…てめえはここで確実に殺さなきゃならねえ!」
ダルマインはが瀕死のエンディに凶刃を振り下ろそうとしたその時だった。

なんと、ラーミアがエンディを護るようにしてダルマインの前に立ちはだかったのだ。

「やめて!この人に手を出さないで!お願い!」
ラーミアは涙ながらに訴えた。

「てめえ…ラーミアじゃねえかよ。このガキと知り合いだったのか?」

「いいえ、知らないわ。だけど、この人は絶対に死なせない!」
ラーミアは、初対面で会話もしたこともない少年を身を挺して庇う自分自身を不思議に思っていた。
これは、本能的に行われたものだった。

「てめえ…誰に口聞いてんだ?ギルド軍大幹部の俺様に向かって、たかだか奴隷の修道女の分際でよぉ…」
ダルマインは恫喝めいた口調でラーミアに凄んだ。

それでも、ラーミアは決して退かなかった。

「おいラーミア、たしか約束の日までもうすぐで10年だよなあ?俺様の邪魔するんなら反故にさせてもらうぜえ?今までの努力を、こんなガキ1匹のために水の泡にしていいのか?」

どうやら、ラーミアはギルド軍と何らかの契約を結んでいるようだった。

それを盾にダルマインはラーミアを諭そうとしていた。

しかし、ラーミアは何の迷いもなく「構わない!この人を救えるなら!」と即答した。

「はぁ!?てめえ正気かよ!?もうすぐでてめえの両親が…」
驚いたダルマインは、ここまで言いかけたところで暴徒化した民衆に襲撃されてしまった。

「いたぞ!ダルマインだ!」
「ダルマインをたおせー!」

「なっ、バカ落ち着け!おい!誰か俺様を死守しろぉ!」
ダルマインは逃げ惑った。

その隙に、そしてこの大混乱に乗じて、ラーミアは傷だらけのエンディを背中に抱えて走った。

まだ16歳の女の子であるラーミアにとって、エンディは重かった。
それを背負ったまま走り続けることは、決して簡単なことではなかった。

それでもラーミアは走り続けた。
一心不乱に、無我夢中で走り続けた。

大通りを抜け、人気のない小道を抜け、小さな山を登った。

険しい山道を登り続け、足には数箇所の軽い怪我を負った。

それでも気にせず、ラーミアはとにかく走り続けた。

山の中腹辺りにたどり着いたところで、ここまで来ればひとまず安全だろうと判断したラーミアは、エンディを背中からおろし、ゆっくりと木の下へと寝かせた。

穏やかな風が吹き、木の葉がかすかに揺れていた。

エンディは健やかに眠っていた。

エンディの寝顔を見たラーミアは一安心し、腰を下ろして一息ついた。

「良かったあ…本当に良かった。もう大丈夫だからね?」
ラーミアは優しく言った。

その直後、エンディの瞼がピクリと動いた。

どうやら、目を覚ましたようだ。

「また会える?」
空耳だろうか、それとも夢だろうか。
エンディは薄れゆく意識の中で、確かにそんな声を聞いた。

どこかで聞き覚えのあるような声だった。

エンディはゆっくりと目を開けた。

「あっ、きがついた?おはよう!」
ラーミアが元気よく声をかけた。

目の前にいるラーミアと目があった瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃がエンディの全身を駆け巡った。

そして、大粒の涙が両目から止めどなく溢れてきた。

エンディは、なぜ自分が泣いているのか分からなかった。

歓喜とか、感動とか、そんな言葉一つではとても表現し得ない感情だった。

とにかく心が打ち震え、鳥肌が止まらなかった。

「え?なになに?どうしたの?」
突然泣き出したエンディを見たラーミアは、思わず取り乱してしまった。

「なんだよ…結局また…俺が助けられちまったのか…」
エンディは滝のような涙を流しながら、震える声でそう言った。

そして再び両目を閉じて、眠りについた。

ラーミアはポカーンとした顔で、再びエンディの寝顔を見つめていた。

ようやく、邂逅の時が訪れたようだ。


一方その頃逃走に成功したダルマインは、3人の部下を引き連れ、人が住んでいない古民家に潜伏していた。

そして、タブレット型の小型通信機で部下に応援を要請していた。

「とにかくやべえんだ!貧乏人の乞食共が怒り狂って暴動を始めやがった!鎮圧しようにも兵力が足りねえ!すぐに来い!今すぐに!」
ダルマインはそう怒鳴り散らすと電話を切った。

「やべえぞ、こりゃ大失態だ…その上ラーミアまで行方不明なんて…このままじゃあのエセ牧師のチビに殺されちまう…!」

ダルマインは全身から冷や汗を吹き出し、オロオロとし始めた。

「提督、エセ牧師のチビって誰のことですかい?」

「ああ!?ギルドに決まってんだろ!他に誰がいんだよ!?」

ダルマインは、本人のいないところでは言いたい放題だった。


「ちくしょう…何もかもあのガキのせいだ…妙な力使いやがって、まさか異能者か?必ず見つけ出して、この手でぶち殺してやる!」

ダルマインの怒りの矛先は、全てエンディに向けられていた。



























この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?