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熱力学・統計力学 第23章問題の解答・解説


量子系における同種粒子を扱う章である。本章で理解してほしい点は三つある。各節で議論している。

1.分配関数を$${N!}$$で割ることの意味づけ。従来の教科書では、本書で言うと第13章のところで議論される。一応もっともらしい説明がなされるのだが、よく考えると厳密に正しくないし、何がどう正しくないのかまで説明している教科書はほとんどない。本書では、第13章の議論は単につじつま合わせというくらいにとどめておいて、識別不能性の問題はここに詳しく書くことにした。図23.1の議論を理解できればよい。なお、量子系をいっさい参照せずに古典論の範囲で議論できないかという問題は、近年でも議論されている(参考)。

図23.1

2.量子統計の導出。量子系の粒子が区別できないことから、粒子は2種類のものに分類される。簡単な議論からきわめて非自明な性質が得られる。量子力学では波動関数とか固有値方程式とかばかり扱ってきたが、これで様相ががらっと変わる。本当に驚くほど変わる。標準的な量子力学の教科書でも議論される。

3.具体的な波動関数がどのようになるか。これも量子力学の教科書で議論される。Fermi統計の場合は著しい特徴があるのでわかりやすいが、Bose統計の方はやや古典統計との違いがわかりにくいかもしれない。それについては、(23.21)式の議論を参照されたい。

後半で波動関数を書き下すが、こんなめんどくさいことしないといけないの、、という感想しかない。実際のところ、そんなことをいちいち考えるのは無理なので、やり方を変える。それが次章以降である(あるいはこれの第8章)。

本章で扱うのは統計力学そのものではなく、その準備である。本来は量子力学のテキストで議論されるものである。ただ、これをやらないと先へ進めないので、章を割いて議論することにしている。長い章ではないし、必須なのは23.2節のみなので(23.1節はそれほど重要ではないが、高温・低密度極限で正しいふるまいを与える考え方を知っておく必要はあるかもしれない。23.3節は知らなくても先へ進めるが、まともに考えるとややこしいことを知っておくと、次章以降のやり方のスマートさに感銘を受ける)、わかっている方はさっさと先へ進んでいただきたい。

[23-1] 状態数と熱力学量

簡単な例を用いて量子統計の考え方を理解する問題。量子統計を考慮すると、状態数の数え方が劇的に変わることがよくわかるはずである。

問題では状態数と粒子数が等しいとき($${M=N}$$)と、状態数が粒子数より十分大きいとき($${M=2^N\gg N}$$)の場合をそれぞれ調べている。どちらが統計力学的に意味があるかというと、後者である。状態数は粒子数について指数関数的に増大するくらい大きいというのが、これまでの例で得られた性質であった。前者の場合のエントロピーを計算すると場合によって異なるし、粒子数についての増大の仕方もまちまちである。一方で後者はどれも同じであり、エントロピーは粒子数に比例している。どれも同じなのはエネルギーを考慮しないで状態数の対数をそのままとったものはカノニカル分布の温度無限大に対応しているからである。高温領域では量子統計の効果は無視できる。

励起状態の縮退度も量子統計を考慮した方が自然と言えるかもしれない。そうでないと$${N!}$$のように極端な大きさになることがある。

本文の脚注にも書いたし、ここでもどこかに書いたような気がするが、縮退していないときの縮退度は1である。0ではない。レポートでときどきそういうのを見かけた。縮退してないから0、という気持ちはよくわかるが。

[23-2] 自由粒子の分配関数

2粒子の分配関数を考えるのはナンセンスであるが、量子効果によって分配関数がどのような影響を受けるかをためしに見てみる。本章の後半で考えた波動関数の具体形が分配関数にどのように反映されるかである。次章ではまったく異なる方法で大分配関数を計算する。また、粒子数が大きいと波動関数を具体的に計算するのが大変である。ということで、2粒子の分配関数を扱っている。

(a),(b). 和の置き換え、積分の仕方はこれからよく用いるため、理解しておきたい。境界条件は具体的に書かなかった。詳しくは、[12-1]を参照してもらいたい。

この考え方では、2より大きい粒子数の場合の計算は絶望的に難しいとわかる。ということで次章の議論になる。

細かい違いであるが、テキストの略解には$${Z_B/Z_F}$$が書かれているが、上記の解答例では$${Z_F/Z_B}$$となっている。なので第2項の符号が異なる。第2項が小さければどちらでもおおよそ同じである($${(1+x)^{-1}\sim 1-x}$$)。後者の方が近似を使っていないためよいかもしれない。

さらに細かいことであるが、$${\sum_{\bm{k}\ne \bm{k}'}}$$という書き方をレポートでよく見かけた。両方の変数について不等号条件を保ったまま和をとるのか、片方について和をとるのかわかりにくい。状況によって判断する必要がある。例えば、両方なら$${\sum_{\bm{k},\bm{k}'(\bm{k}\ne \bm{k}')}}$$、片方なら$${\sum_{\bm{k}(\ne \bm{k}')}}$$などと書くとよいだろう。

(c). 条件は、温度および体積$${V}$$が大きいときに成り立つ。ここでは2粒子の場合を考えているため粒子数変数$${N}$$が入ってこないが、任意の粒子数$${N}$$を考えた場合、$${V}$$は$${V/N}$$に置き換えられるはずである(なぜそう期待されるかわかるだろうか)。よって条件は高温・低密度で正当化される。第16章の議論((16.18)式)と整合している。

[23-3] 調和振動子ポテンシャル

本文で扱ってきた例において、調和振動子ポテンシャルは格子振動のような系を想定して用いられている。粒子は自由に動き回ることができず、それぞれの点で振動している。粒子はその位置で区別できるため、量子統計を考える必要はない。Ising模型のようなスピン系も同様である。

同種の自由粒子がポテンシャルによって閉じ込められて運動している系では、量子統計を考える必要がある。調和振動子ポテンシャルは箱型ポテンシャルのように粒子を空間の有限領域にとどめる役割を果たし、実験的にも用いられている。例えば、第26章で議論するBose-Einstein凝縮はそのようなポテンシャルによって閉じ込められている系において観測されている。

左:格子振動の場合。各粒子はそれぞれの調和振動子ポテンシャルの下で運動している。同種粒子でも区別できる。右:本問題で考えている系。全ての粒子は同じ調和振動子ポテンシャルの下で運動している。同種粒子は区別できない。

ここで議論したきりのいい粒子数は、魔法数(magic number)とよばれる。ここでは調和振動子ポテンシャルを考えたが、縮退度の数え方の議論はそれに限ったことではない。例えば、原子や原子核の構造を調べるときに用いられる。原子では閉殻と言った方がわかりやすいかもしれない。電子が軌道のきりのいいところまで占有しているとき、さまざまな意味で安定な性質が得られる。原子核においても同様の構造が議論されている。


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