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熱力学・統計力学 第7章問題解答例・解説

「熱力学・統計力学 熱をめぐる諸相」章末問題の答えと解説。

解答例はこちらを参照。以下は第7章の解説。

7章は本文も長いが、問題数もそれに応じて多い。今見ると、基礎的な問題や確認的な問題、数学的な問題、応用問題など混在しておりあまりまとまりがない。ただ、それは他の章も同じである。問題の性質に応じて細かく分けるのは難しいし、それをする意義もあまりない。有名な「久保演習」みたいに問題を難易度に応じてA、B、Cに分類するという案もあったが、結局やめた(その案はこれでやっている)。7章を二つに分けて後半を熱力学の原理についてあらためてまとめ直すという構成案もあったのだが、いろいろ考えて今の形に落ち着いた。

[7-1] 断熱環境の平衡条件

本文では$${(T,X)}$$表示を扱ったが、本来は$${(U,X)}$$表示が基本なので、それで変分原理を考えてみる問題。本文で扱った考え方にしたがえばよい。本文では最小仕事の原理を用いたが、ここではエントロピーの変分原理を用いる。変分原理が最小仕事の原理に代わって用いられることがわかる。

任意の完全な熱力学関数の変分原理はエントロピーの変分原理から導かれるため、後者が基本原理となりうることを示している。両者の関係を示した118ページの議論は重要である。そこで用いた方法は、統計力学でも用いられることになる。

エントロピーから定義される温度が等しいことが平衡条件になるという性質は、第13章で用いられる。統計力学でもっとも基本的となるBoltzmannの公式が正当化される(問13.4(210ページ))。

[7-2] 変分原理

特に何も書いていないが、理想気体の例であることは明らかであろう。エントロピーさえ与えられていれば全てあいまいさなく性質が規定されるので、理想気体であることを知らなくても全ての性質を得ることができる。

熱力学では関数の具体形が得られることはないので、何か適当な例をどこかから持ち出してくるしかない。本書第I部で扱っているのは理想気体、van der Waals気体、光子気体くらいである。光子気体はそう明示的に書いていないが、[6-7]などで扱っている。光子気体については第21章(26章も)を参照。

$${S\propto (UVn)^{1/3}}$$という例が「熱力学の基礎」(清水明)で扱われている。対応する物理系は不明だが、形式的に扱うことは容易である。この関数形が熱力学の諸性質を満たしていることを確認して、他の熱力学量を導いてみるとよい。よい練習問題となる。他の例は考えられるだろうか?

前問もそうであるが、具体的に変分条件を用いて答えを求める例を本文も含めていくつか示したが、いずれも簡単な例のみにとどめている。複雑な系でどこまでできるのかもう少し考えてみたいところである。

本文で、変分原理から解が具体的に求まらない例として、断熱可動壁の問題について言及した(115ページ)。もう少し議論するか章末問題で扱おうと思ったのだが、うまくまとめられなくて断念した。何しろ答えが求まらないというのが答えなので。これについてはそのうちあらためて議論してみたい。

なお、解が求まらないから変分原理(熱力学)は不完全であるということにはならない。一般的な熱力学の枠組みのみからは解を一意的に特定できないということである。熱力学に矛盾が生じているわけではない。

[7-3] 理想気体の混合

問題の狙いは二つある。一つは理想気体の熱力学関数をおさえること、もう一つは混合の諸性質を理解することである。

理想気体のエントロピーは問5.8(82ページ)、Helmholzの自由エネルギーは問5.10(83ページ)で具体形を求めている。ここで求めるのはGibbsの自由エネルギーおよび化学ポテンシャルである。9.3節で用いるので求めておきたい。

変分原理の計算を具体的にくりかえす必要はない。結局のところ、平衡条件は何らかの熱力学関数が等しいことで与えられるので、それを述べればよい。直感的に答え(密度が等しい)はわかるが、それをいきなり結論するのではなく、化学ポテンシャル(および温度)が等しいことから導かれるという論理を理解してほしい。相転移のあるときなど、どんな複雑な状況でも適用できるからである。

[7-4] 圧力の体積依存性

熱力学関数が微分可能でなくなる場合、微分可能でなくても用いることができる凸性の式に戻って考える必要がある。

凸性という性質は熱力学の枠組みにおいてきわめて重要なものであり、各種の性質を導く仕組みとなっている。情報理論でも重要な役割を果たしており、そこから近年の発展が得られている。その一端は第17章で議論される。

[7-5] Gibbsの自由エネルギーの凸性

完全な熱力学関数についての凸性は、エントロピーの凸性から導かれる。示量変数についてのみならず示強変数についても示すことができる。ただし、113ページの脚注で述べたように、例えば$${F(T,V,n)}$$は全ての変数について凸関数ではない。$${T}$$について上に凸、$${(V,n)}$$について下に凸というように、混在している。なので、「完全な熱力学関数は凸関数」という記述はやや誤解をまねく(指摘されて脚注を追加した)。数学的に正しい記述をすることは難しい。

[7-6] グランドポテンシャル

グランドポテンシャルに関する性質をまとめる。グランドポテンシャルは第IV部で用いられる。$${(T,V,\mu)}$$表示の理想気体の性質もそこで理解される。ここではとりあえず形式的な枠組みを理解しておけば十分である。

[7-7] 化学ポテンシャルを含む微分関係式(1)

化学ポテンシャルを用いて表される微分関係式を扱っている。もっとも、ここでは形式的な計算を行うので、やり方は第6章で扱った関係式とほぼ同じである。

(i)は(6.26)式(93ページ)とよく似た方程式である。そこでは内部エネルギーの体積依存性を表す式であったが、ここでは物質量依存性を表す。$${U(T,V,n)}$$がわかっているときに化学ポテンシャルの温度依存性がわかると見ることもできる。理想気体の例や[6-7]の例で具体的に考えてみるとよい。

一般化も可能である。示量変数$${X}$$および共役な示強変数$${\Pi}$$が用いられている系において、次の式が成り立つ。

$$
\frac{\partial U(T,X)}{\partial X}=T^2\frac{\partial\Pi(T,X)}{\partial T}
$$

$${(X,\Pi)=(V,P/T)}$$の場合(6.26)式が得られるし、$${(X,\Pi)=(n,-\mu/T)}$$の場合(i)の式が得られる。

(ii)は(6-2.2)式の一般的関係からすぐわかる。ここで出題したのは(iii)で用いるからである。

(iii)は[6-3](a)(ii)の関係とよく似ている。左辺の各項は熱容量と関係した量である。示強変数一定の下での熱容量より、示量変数一定の下でのものが小さくなることを示している。その結果は変分原理において得られる安定条件によるものである。

[7-8] 化学ポテンシャルを含む微分関係式(2)

均一な単純系で示量変数が二つしかないときという限定的な状況で成り立つ関係を調べている。熱力学の基本法則はほとんどはそのような状況で議論するので錯覚しがちであるが、実用的には特殊な部類に入るのだろう。

微分関係式の導出は形式的でやや退屈に感じられるが、幾何学的な量(体積など)や、元は力学的な量(圧力など)、抽象的な量(エネルギーなど)がさまざまに関連しあうという性質は、熱力学の最大の特徴の一つである。それを導く仕組みは、116ページ(太字で書いた文)で議論したように、エントロピー関数$${S(U,X)}$$の存在に帰着される。

[7-9] 2成分混合系の化学ポテンシャル

脚注に書いたように、多成分系の問題は第9章でくわしく調べる。多成分系であると変数が増えるため、熱力学関数が複雑となるが、それでもある程度のふるまいは一般論より規定される。

多成分の系でもそのことを知らず単成分しかないものとして扱った場合、どうなるだろうか。その場合、(7-9.1)式第2項は(A7-3.2)式最後の項に取り込まれる。不定定数の中に変数が隠れているのである。

一般的に、考えている系において示量変数$${X}$$がどれだけあるかは、われわれの知識や実験状況に依存する。実験でより多くの操作ができるようになると、熱力学関数のふるまいは複雑になる。それに応じて定数とみなして扱っていたものが関数として扱われるようになる。

[7-10] ポテンシャル差のある二つの系

2.3.2節の「不均一な系:外部ポテンシャル」(23ページ)で述べたように、外部ポテンシャルによって系が不均一になるときの扱いについて簡単な例を用いて調べている。そのような系でも、解が具体的に求まるかどうかはともかくとして、変分原理を適用することができる。

一般化すると、外部ポテンシャルが場所による系では、熱力学量は座標の関数として表されることになる。そのように温度などが場所によって異なっていたとしても、熱の流れが生じているわけではなく、熱平衡状態が実現されている。ただし、局所的に定義される熱力学関数が意味をもつのはあくまでもマクロなレベルにおけるはなしである。統計力学で扱うようなミクロなレベルで局所温度などが定義できるかどうかは不明である。

よくある誤りは答えを逆にしてしまうことである。すなわち、上の容器の密度が下のものより大きくなってしまう。答えを見て何かおかしいと気づいてほしい。

[7-11] Eulerの関係式

熱力学量が示量変数と示強変数の二種類しかないという要請は、熱力学の在り方をかなりの部分規定する。

完全な熱力学関数のEulerの関係式は、(7-11.1)式のように微分を用いない形で表すことができるが、他の場合は少し複雑な形になる。[6-1](b)で完全な熱力学関数以外にMaxwellの関係式を適用した場合に何が得られるかを調べたが、本問も同様の趣旨である。それぞれの式の有用性は不明である。結果はそれぞれの関数で用いる変数を明示的に表す。そうでないと意味がよくわからない式となる。

[7-12] Joule-Thomson効果

JouleとThomsonによって1852年に行われた歴史的な実験を扱っている。「熱学思想の史的展開3」(山本義隆)第28章にくわしい記述がある。温度の微妙な変化を測定するのに苦心したようである。

もっとも重要な性質は、理想気体かそうでないかによって得られる性質に明確な違いが現れることである。さらに、van der Waals気体では、パラメータaとbの効果が真逆に働く。そのような状況を実現する設定を考え出すのは、実験科学である物理の醍醐味の一つであろう。

この設定はエンタルピーが用いられる例の一つとなっている。各種の熱力学関数は一見して何の役に立つか不明でも、それに適した状況を考えるとよいとわかる。

[7-13] 内部エネルギー曲面

熱力学空間における断熱曲面の構造を幾何学的に理解する問題。具体的に問題を解くためには、接平面を記述する式を立てられればよい。Legendre変換を行うことになるとわかる。実のところ、切片の値が変換された関数となることは図7.4(112ページ)で議論されている。

ちなみに、図のプロットには関数$${S\propto (UVn)^{1/3}}$$を用いている。

この問題では$${U(S,V)}$$を考えているが、$${S(U,V)}$$を考えてもよい。その場合、例えばHelmholtzの自由エネルギーの代わりにMassieu関数が得られる。117ページの議論からわかる。

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