ゲームエンジンは日本ゲームを殺したか?

私はゲーム業界のアナリストとして『ファミ通ゲーム白書』といった業界向けのレポートに関わっている。日本の家庭用ゲーム市場を分析する際、「市場は毎年縮小しているが、しかし…」と枕詞を置き、モバイルゲーム、VRゲームといった周辺に触れる。我々が紙面やWEBで紹介している日本の家庭用ゲームは競争力を失いつつあるという”タブー”をぐっと飲み込み、ポジティブな面にだけ光を当て、記事を書く。

1990年代に技術力で世界中を驚かせていた日本のゲームデベロッパーは2000年以降、欧米のゲームデベロッパーに遅れをとってきた。極限までにリアリティとクオリティを求める欧米デベロッパーのゲームを横目で見ながら、日本のゲームデベロッパーはストーリー、キャラクターの魅力といった”周辺”領域のブラッシュアップを図り、縮小する家庭用ゲーム市場を生き延びてきた。

欧米デベロッパーが作り出した優位性の根源はゲームエンジン、そしてゲームエンジンを使いこなす豊富な専門家集団である。技術の粋を極めた多機能で高品質な汎用ツールが開発現場に普及し、高等教育で計算機科学やコンピューターグラフィックスの学位を修めた開発者が素晴らしいゲームを生み出していく。一方、日本のデベロッパーはゲームエンジンを内製し、専門家ではない人材を1から育てることにリソースを浪費していまい、技術力で遅れをとってきた。

日本ゲームの凋落はゲームエンジンに起因する。

ゲームエンジンが日本ゲームを殺したのだ。

…だが果たして、このシナリオは本当なのだろうか?

縮小を続けた家庭用ゲーム市場

家庭用ゲーム市場規模は2007年の7000億円をピークに、10年余りの間縮小を続けてきた。ファミコン時代に数々のヒット作を生み出し、日本の”お家芸”とも呼ばれるゲーム文化を支えてきた大手パブリッシャーは、経済の不調、世代交代されないユーザー層、多様化するエンターテイメント消費といったという幾多の苦難に直面してきた。

出典: ファミ通ゲーム白書2018 (※本稿用にグラフを編集して使用)

Wiiが開拓したカジュアルゲームユーザーは時間と共に減少していった。『Wii Fit』や『Wiiスポーツ』といった家庭用ゲーム機の枠組みを拡張するような新しい試みは、Wii Uという次世代機が導入された後に成熟した市場を形成することはできなかった。

PlayStation 3には前世代機のような勢いはなく、Xbox 360も日本市場を切り開くことができなかった。欧米デベロッパーによるFPSやアクションといったコアゲーマー向けのジャンルは日本では訴求力を持たず、”ガラパゴス化”した日本のユーザー嗜好を浮き彫りにした。

これらの据え置き機の代わりに市場を引っ張ってきたのは携帯ゲーム機だった。『ポケットモンスター』、『モンスターハンター』、『どうぶつの森』、『妖怪ウォッチ』の新作がミリオンの売り上げを稼ぎ、家庭用ゲーム市場を支えた。

その携帯ゲーム機もNintendo 3DS、PlayStation Vitaという世代交代の中で勢いを失っていく。要因の一つはAppleが作り出したスマートフォンという”小型ゲーム機”だった。Gzブレインの調査によれば、小学校高学年のニンテンドー3DS等の保有率は50%を超える。しかし、年齢を重ねるごとに保有率は低下し、中学校を終える頃にはスマートフォンの保有率がニンテンドー3DS等の保有率を上回る。子供たちは携帯ゲーム機を”卒業”し、スマートフォンに乗り換えてしまう。

出典: こどもマーケティング白書2017

家庭用ゲーム機用のゲームは売り切り型、スマートフォンゲームは「Game as a Service」型のビジネスモデルを採用する。前者の場合、多大なコストを投入して生まれたヒットタイトルから回収できる利益は一時的なものである。後者の場合、アイテム課金やその他のダウンロードコンテンツを基にヒットタイトルから継続して利益を上げられる。スマートフォンゲームのパブリッシャーはゲーム市場黎明期を支えた老舗パブリッシャーを遥かに上回る利益をたたき出すようになった。

2015年3月、任天堂がDeNAと資本業務提携を行うと発表した際に、任天堂の株価は好転した。スマートフォンゲームという高収益な事業に乗り出すことで任天堂の業績は回復していくかもしれない、と市場は反応した。だがそれは、家庭用ゲーム市場に残ったわずかな火が薄らいでいくようにも見えた。

出血が止まった

2017年、家庭用ゲーム市場は多くの関係者が予想もできなかったような転換を見せる。きっかけは2017年3月のNintendo Switch発売だった。

まん延していた事前の不安を吹き飛ばすように、任天堂の新しい家庭用ゲーム機は売れ続け、スマッシュヒットタイトルを連発する。2017年3月『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』、2017年7月『スプラトゥーン2』、2017年10月『マリオオデッセイ』。皆が知っているシリーズの新作は、確かな技術とクリエイティビティによって素晴らしいゲームに仕上がっていた。海外デベロッパーには到底かなわないと思われていた日本のゲームが再び世界中のファンを沸かせた。IGNが、The Guardianが、TIMEが、Newsweekが『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』を2017年のベストタイトルに選出した。

ソニーも黙って市場の凋落を眺めていたわけではない。『ダークソウル』があり、『GRAVITY DAZE』があり、『NieR』があった。パブリッシャーたちは技術とクリエイティビティによって新しい地平を開拓できるようなゲームをリリースし続けてきた。しかし、その試みにこたえるほどに市場は成熟していなかった。

2017年7月『ドラゴンクエストⅩⅠ 過ぎ去りし時を求めて』発売。誰もが知っているシリーズの新作はNintendo 3DS版とPlayStation 4版のマルチプラットフォーム展開。日本の家庭用ゲーム市場を鑑みれば、Nintendo 3DS版売れるだろう。しかし市場はPlayStation 4版がここまで売れるとは予測できていなかった。Nintendo 3DS版は170万本、PlayStation 4版は130万本売れた。『ドラゴンクエストⅩⅠ 過ぎ去りし時を求めて』はPlayStation 4のソフトで初めてミリオンを記録したタイトルとなった。

2017年を数字で振り返ろう。家庭用ゲーム市場規模は4,413億円で前年比28.3%の増加だった。2007年から縮小が続いていた家庭用ゲーム市場の出血がようやく止まったのである。致死量に達する前に。

凋落の原因は人材不足…だったのか?

2017年の市場の転換はなぜ起こったのか。なぜ2007年から続いていた市場の縮小が止まったのか。ハード売上増による一時的なものなのか、それとも構造的な変化が起きているのか。

2000年代以降の家庭用ゲーム市場の凋落は”人材不足”を軸に語られる。2011年に出版されたNHK取材班著『世界ゲーム革命』では、高性能なハードに向けたゲームの開発にはさまざまな領域の専門家が必要であり、欧米では高等教育機関が専門家を育てる役割を果たしたのに対して、日本ではデベロッパーにその役割をゆだねてしまい、結果として日本では人材が育たなかった、という”凋落のシナリオ”が紹介される。

欧米の高等教育機関をはじめ、専門家を育てるためのツールとして使用されるのがゲームエンジンだ。

ゲームエンジンとはレンダリング、物理計算、オーディオといったゲーム開発に係るあらゆるミドルウェアと、それらを連動させるワークフローまでを含んだ統合的なソフトのことである。id Softwareが1993年にリリースした『DOOM』は、ゲームのコア領域(レンダリングや物理計算)と上位のゲームデザインに係る領域が分けて設計されていた。コア領域のプログラムをベースにMODが作られ、更には完成品のゲームにまで利用されるまでになると、コア領域を”エンジン”として用いた開発が広く行われるようになった。

id Softwareに続いて、Epic Games、Valve、Unityといった会社が次々とゲームエンジンの開発に乗り出した。これらの企業はゲームエンジンの一部機能を無料でユーザーに提供するようになる。エンジンを使うユーザーが増えるほど、自社製品が広く使われるようになり、ユーザー増加の循環が生まれる。最大手のUnityは、グローバルのゲームエンジン市場の45%をUnity製品が占めていると発表している。

業界で語られてきた”凋落のシナリオ”を補完しよう。「欧米のデベロッパーがいち早くゲームエンジンを外製した一方、日本のデベロッパーは自社独自規格のゲームエンジンを内製し、結果として開発者の確保や育成に手間取った」、「デベロッパー単位の個別最適によって技術力が分散し、欧米のデベロッパーのように高品質なゲームを開発できなかった」といったところだ。

『世界ゲーム革命』では人材不足を解決する反転攻勢の策として2010年に発足したクール・ジャパンが紹介されている。これはクリエイティブ産業を輸出の柱に据えるという国家戦略であり、デベロッパーやクリエイターに対する支援がなされるのではないかという展望が語られている。

クール・ジャパン発足から8年が経過した。2018年の関連予算の資料をめくると、観光戦略、農泊推進、放送コンテンツの海外展開といった項目が並ぶ。しかし、ゲーム産業におけるデベロッパーやクリエイターに対する支援という項目はどこにも見当たらない。

ゲームエンジンを補助線に10年の歴史を埋める

2017年から始まった家庭用ゲーム市場の攻勢は2018年にも続いている。2018年1月に発売された『モンスターハンターワールド』は国内で200万近くの本数を売り上げ、世界では750万本という数字を記録している。

内部・外部のさまざまな要因はあれ、家庭用ゲーム市場は息を吹き返した。“凋落のシナリオ”を信じるとすれば、ゲームエンジンによる欧米デベロッパーに対する劣勢、人材の不足が解消されてきたからこそ、家庭用ゲーム市場の攻勢が実現している。

しかし、我々はこのシナリオを信じて良いのだろうか。構造的変化や市場に吹く追い風を信じて、安堵していて良いのだろうか。

2017年8月、横浜のみなとみらいでゲーム開発者向け国内イベントCEDECが開催された。注目を集めたのは発売から快進撃を続けていたNintendo Switchと『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』だ。任天堂は開発事情を外部に流さないことで知られているが、この年のCEDECは異例だった。フィールドレベルデザイン、オープンワールドの作り方、プログラム品質管理、UIといった領域の技術や手法を開発者自らが登壇し公の場所で発表した。任天堂によるセッションに訪れていた関係者はその技術や手法のレベルの高さに驚き、「このセッション内容が広まれば、ゲーム業界の技術力は5年進む」とまで言われた。

2007年から縮小してきた市場において、デベロッパーはさまざまな策を講じてきたはずだ。経営レベルではもちろん、開発や研究に係る領域において戦略を講じてきたからこそ、今まで生き抜いてきた。

彼らはUnity、Unrealといった海外の優れたエンジンを取り入れたのか、あるいは独自の開発手法によって技術力を高めてきたのか。それとも、今はただ風が吹いているだけなのだろうか。

我々は日本ゲーム”凋落のシナリオ”の続きを紡がなければならないのである。

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