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『ぼくのメジャースプーン』を読む


 タイトルももう少しええ感じにひねれたら良かったんですけど全然ダメでしたのですみません。

 ようやく秋らしさをしみじみと感じられる日が増えて、カラッとしたお天気に心躍る季節。スキップでもしたい心と裏腹に、芋栗かぼちゃ秋の味覚に興じすぎたが故重くなった体にスキップが厳しい季節。秋の味覚が美味しいのも大概にしてほしいところ。今年は秋刀魚が食べられるかなあ。


 さて、私ばかりが勝手にウキウキしてしまい大変にすみませんが、10月は念願かなって共読本に辻村深月さんの『ぼくのメジャースプーン』を推薦させていただきました。人に読ませて人の感想を聞きたいただのエゴで本を選べるのも選書担当の特権なのですみませんね…。大好きな辻村作品の中でも『ぼくのメジャースプーン』は自分の中にある善悪の価値観をガタガタと揺らしてくる作品だと思っていたので、読んだ方の感想を伺うのがまた面白くなりそうだな〜と思っています。とはいえかく言う選書担当わたしが、再読してもなお「最高(泣)だいすき(泣)なんもいえね〜(泣)(泣)」みたいなゴミ思考力しか持ち合わせていなかったことは全力で謝罪する。ほんといつもすみません。


 『ぼくのメジャースプーン』は、主人公のぼくが特別な声を持つという、あらすじを読むと一見ファンタジックな設定であるように思えるけど、どこか現実と地続き。「〇〇しなければ悪いことが起こる」と言うぼくの特別な声が相手を縛る、それは何もファンタジーなことではないと思う。たとえば幼い頃、周囲からかけられる「ちゃんと食べないと大きくなれないよ」とか「勉強しないとまともな大人になれないよ」とか何気ないような一言が、いつまでも呪いになっている人は少なからずいるわけで。そういう◯◯しないといけない、とか、◯◯であるべきだ、みたいな言葉って、すごく強くて、いいものも悪いものも思いがけず自分の中にこびりついていたりする、それを聞いたのが幼い頃であればあるほど。


 何が正しいとか正しくないとか、それはその時の感情や相手によって変わるもので、秋先生とぼくの言葉の応酬には「ハァ〜なるほど刺さります…」と頷くことしかできないんだけど、ひとつ感じたこととすれば、ぼくが信じている正しさを、忘れないでいたいとおもった。実際ぼくが信じていた正しさは、相手にとっては正義でも何でもないと思われるものだったし、あまりにも子供らしいものだったかもしれない。メジャースプーンなんかでは測れないほど、理解の範疇を超えたことは世の中に五万とあって、でもぼくがふみちゃんのために戦った、幼くもあまりにもまっすぐな気持ちは、ぼくだからこそ持ちうる気持ちなのかもなあとも思った。ぼくのような子どもたちは「大人の言うことは正しい」と言うけれど、ぼくの頃でしか持ち得ない正しさはきっとある。わたしだってもちろん友達も家族も大切だし、火事場の馬鹿力を使うようないざと言う場面にまだ出会ったことがないだけなのかもしれないが、ぼくみたいにそのような機会に直面した時、私は誰かのためにこれほどまでに自分の中の正しさを見つめ直し、必死になったり怒ったり泣いたりできるだろうかとふと考える。「怒る」「戦う」外側への感情はとてつもなくエネルギーのいることで、躍起になってぶつかるくらいなら無関心でいる方が楽だと思うようになったのは、ここ数年のことだったような。自分の正しさを振り翳しながら生きることは、時に相手の正しさを無視することになりうるわけで、そうやっていろんなことを考え始めると、ついつい内に篭って角を丸めてしまう。良くも悪くも、これが大人になると言うことなのか、と思うのは、荷が降りる感覚とともに、諦めを感じてちょっと寂しくなった。


 うさぎ殺しの犯人に制裁を加えたいぼくに秋先生は「犯人が罰を受けることと、ふみちゃんがショックから元通りになることは同じ次元の話ではない。」とぼくを諭す。秋先生は大人で、力を使うことはとても危険なことで、無関心でいること、忘れると言うことも一つの手であると。それでもぼくはふみちゃんのために戦う。ぼくが最後相手に使おうとした声の中身は、本当に危険なものだった。そのつよいつよいエネルギーは、強い愛は、果たしてどこから来るだろうか。そんな存在がいるぼくのことを、正直羨ましくも思った。


 ぼくもふみちゃんも本当に優しい子で、そして秋先生のような存在が近くにいてくれて本当に良かった。子どもらしい思いに何度も胸が詰まった。

 文庫にして500ページの長さを感じさせない、再読してもまたぼろぼろと泣ける面白さ、今まであまり再読ってしてこなかったけど、随所に散らばる仕掛けを再発見したり、これもまたいいなあと思えた新たな発見読書体験でもありました。何度も同じことを申し上げてしまいますが、もし今回がハマったな〜と言う方がおられましたら『名前探しの放課後』『子どもたちは夜と遊ぶ』『凍りのくじら』に進まれたいです。複数の作品を通して壮大な短編連作集を読んでいるような気持ちになれます。よろしくお願いします。


 今月はこちらのワガママ選書にお付き合いいただきまして大変ありがとうございました。そして語彙ゼロnoteのご清聴もありがとうございました。おわる。

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