はじめに

「宇宙が好きなんですか?」

数年前からそう聞かれることがある。

宇宙に興味がないことはない。行けるなら行ってみたいし、地球を含めた星々をまぢかで見られるなら見てみたい。宇宙の果ての先はどうなっているのか、ブラックホールの奥はどうなっているのか、そもそも宇宙はなぜ、どうやってできたのか、それを知ることができれば素晴らしいと思う。星空を見上げるのは好きだし、宇宙空間で戦うロボットアニメも、宇宙を舞台にした映画も観る。

ただ、ぼくは今、地球という惑星に住んでいて、人間社内の中で暮らしている。人と接するのは大変で、自分という人間を理解するのも同じくらい難しい。同じ地球に住んでいる動物のことや、自然のことにも思いをはせてしまうし、人が作った文化を知ることはとても魅力的で尊いものだ。

ぼくにとって宇宙というものは、まあ確かに興味深い場所ではあるけれど、それにかかずらっている暇はあまりないのが現実だし、宇宙よりも俄然と興味のあるものがたくさんある。そんなわけで当初の「宇宙が好きか?」という問いには、「特に好きでない」というのが最もあてはまる答えだ。

では、そんなぼくがどうしてそんな問いにさらされるのかというと、ある宇宙開発をする団体の設立・運営に関わっていたからだ。関わっていた、というより、関わってしまっていた、むしろ巻き込まれた、というのがより適切である。

それはリーマンサット・プロジェクトという、社会人たちが集まって、趣味で宇宙開発をしよう、という団体だ。

https://www.rymansat.com/

宇宙開発にはど素人の五人で趣味で始めたこの団体が、いったい何をどうしたのか、2018年の秋に、本当に宇宙へ人工衛星を送ってしまった。

関わっていた時間は、それはもうやたらと濃厚で、得たものもたくさんあるし、失ったものもたくさんある。活動の真っただ中にいたときはそれを記録する余裕はなかったし、そのつもりもなかった。でも今、ようやくそれを振り返ることができている。得たものがなんなのか、失ってしまったものはなんだったのか、そしてぼくは何を思い、どう変わってしまったのか。

ぼくの人生の中で、とても奇妙だったその時間のことを、自分の振り返りも兼ねて記してみようと思う。

2018年2月

皆さまのご厚意が宇宙開発の促進につながることはたぶんないでしょうが、私の記事作成意欲促進に一助をいただけますと幸いでございます。