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2. ぼくらが宇宙を目指す理由

2014年10月。

宇宙に関わるのはとても難しい、と思われている。確かに今も昔も、宇宙に携わることのできる人はごくごく少数だ。全人類の中で宇宙へ行くことができる人はまだ数えられるほど。宇宙開発に携わっている人もほんの一部。JAXA、大手メーカーの宇宙開発事業部、宇宙について研究している学者。

一昔前に比べれば、民間でも宇宙開発にかかわりを持つ企業が増えていることは確かだ。しかしながら、それに当てはまるイーロンマスクやホリエモンといった資産家はやっぱり「普通の人」とは違う。宇宙開発に携わることができるのは、残念ながら限られた一部の才能や能力、そして多大なる運を持った人なのである。それが常識だ。

しかしながら、人類が宇宙へ進出を始めてから、テクノロジーは進化を続けている。宇宙ロケットを創るにはまだまだ莫大なお金と時間が必要だし、実際に宇宙に行くとなると夢のまた夢。けれど、自分が作ったものを宇宙に送るのであれば、できないわけではない。いくつかの大学では学生がキューブサットという小型の人工衛星を作っていて、それを定期的に宇宙に打ち上げていたりする。人工衛星のパーツは秋葉原でそろえたものを組み合わせれば作ることができるし、海外製ではあるけれど人工衛星のキットだって売っている。人工衛星の作り方を解説している書籍もある。さらに日本ではJAXAが宇宙開発促進のために国際宇宙ステーションの利用を民間で募集したりもしているので、数百万円あれば宇宙に何かを届けられる。

常識はあくまで常識でしかないのであって、一昔前と今では状況が違う。そんな現代に生きているぼくらはこう考えた。

「学生にできるんだったら、サラリーマンにも人工衛星は作れる」

突拍子もないかもしれないけれど、根拠はある。

1. ぼくらはプロのサラリーマンだから
プロフェッショナルの定義とは「それを生業にしている」ことだ。もちろん能力的な優劣はあれど、営業職のサラリーマンは営業で飯を食っているし、事務職の人も、エンジニアでも、その仕事をして生活をしている人は全員なんらかのプロフェッショナルであり能力やスキルがある。ぼくらはすでにそれぞれ、何らかの専門性を持った「何者か」である。これは誇るべきことだ。

2. ぼくらは大人だから
人工衛星を作っている学生は宇宙工学とかその筋を専攻にしていて、宇宙開発に関する知識は一般人と比べものにならない。過去の研究で積み重ねてきた知見や経験もある。対してぼくらは宇宙開発の知識や経験はないただのサラリーマンだ。しかしぼくらは大人である。宇宙に関する知見や経験の代わりに、人脈とお金と知恵がある。インターネットでいろいろな人とつながれるから知り合いとかそのつてをたどれば専門家がいたり、そうでなくても宇宙に興味がある人はたくさんいるから協力してくれる人も多いはずである。人工衛星開発という大仕事も分割して振り分けてひとつひとつ人海戦術でやればできる。金で解決できることもあるだろう。それらしいことをでっちあげれば、誰かかがお金を出してくれるかもしれない。一人では無理だろうけれど、コネとお金とハッタリがあれば大抵のことはどうにかなる。

3.リソースは70%も残っているから
日本の就業人口は約6,300万人。そのうちサラリーマン(企業に雇用されている人)は5,700万人なので、日本で仕事をしている人のほとんどはサラリーマンだ。しかしながら、日本経済の原動力たる現代社会のサラリーマンは30%しか自分の能力を発揮していないそうだ。

例えば学生時代の専攻なんかがいい例だ。宇宙工学を学んでいる学生も社会人になったら宇宙とはかかわりがなくなるケースがほとんどだそうで、ぼくも専攻は生物学だけど就職してからは全然関係ない仕事をしている。なんらかの能力を持ってはいるけれど仕事では使わないとか、スキルはあるけど仕事が増えるから隠しているとか、もしかしたら本人は気づいていないけれどやってみたらできることがある、とか。もろもろの理由からこの社会にはうずもれているリソースが山のようにあるのである。
日本のサラリーマンたちが隠し持っている70%すべてとは言わないが、たとえそのうちの10%、いや1%でも活用できれば、とてつもないエネルギーを引き出すことができる。

数にするならば、日本のサラリーマン数5,700万人×70%=約4,000万人分のエネルギーが眠っている。そのうちの1%、4,000万人×1%=40万人分。0.1%でも4万人分である。これはすごい。4万人いれば人工衛星くらいちょろいものだろう。

このように考えれば、実は宇宙という場所はそれほど遠いものではない。自分たちの手で作ったものが宇宙へ飛んでいくことは決して夢ではなく手の届くものなのだ。まだ日本では趣味で人工衛星を作って打ち上げた人はいないけれど(たぶん)、それはできないのではなくやっていないだけだ。5年前だったら難しかったかもしれない。でも今ならできる。

現代日本のサラリーマンは確かに元気がない。でもちょっと工夫をすることでサラリーマンにだってできることがある。サラリーマンの底力を見せてやろう!

そんなこんなで、当時はものすごく盛り上がりまくったのだけれど、今考えるとすさまじく無謀だ。確かに人工衛星のようなものは作れるかもしれない。けれど宇宙環境に耐えられる仕様にするのは専門的な知識が必要だし、サラリーマンは学生に比べるとお金を持っているかもしれないけれど、生活をしたり家族を養ったりしなくてはいけない。ましてや人の趣味に好き好んでお金を出してくれる人はあまりいない。公に誰かを説得できる根拠もなかった。あまりにも無知だったからこそ発進できた、というのもある。でももし、ぼくらがタイムスリップして過去に戻ったとしてもアプローチを変えこそすれ、宇宙を目指さないという選択はしないと思う。こじつけだろうがなんだろうが先ほど挙げた理由から「できる」と信じていたからだ。

というわけで、居酒屋で酒を呑んでいたら、いつの間にかぼくら5人は宇宙に向けて実際に発進してしまったのである。

皆さまのご厚意が宇宙開発の促進につながることはたぶんないでしょうが、私の記事作成意欲促進に一助をいただけますと幸いでございます。