ショートショート「薬物」

Q王国は王の独裁統治だった。現代では独裁政権による国はかなり少なくそのような政権の寿命は短かったが、このQ王国はこの200年間内戦やクーデターなどが起きなかった。王は人柄穏やかで王の政治にはほとんど誰も反抗しなかった。厳密に言えば薬物中毒者が数十年に一度ほどデモを行ったが国家権力に捕らえられ彼らは二度と王国に姿を見せることはなかった。正常な人々は彼らの反社会的な行動を見て真似することなどなかった。薬物をやっている人間がまともなわけがないのだ。


四方を海に囲まれ気候も温暖。食料自給率が高く海外からの輸入にほとんど頼ることがなくほとんどQ王国産のものだけで食卓は充実させることができた。娯楽は充実しており、人々は酒を飲みながら、タバコを吸いながら、あるいはゲームをしながら仕事をしてもよかった。ストレスがない。何といい時代になったのだろう。5世代くらい前までは息抜きをせず働くことが美徳とされていてそれによる過労死やメンタルヘルスが社会問題だったらしい。物騒な時代に生まれなくてよかった。その代わり、義務教育で読み書きと計算を覚えたら15歳で社会に出なくてはいけなくなったが。


Lもこの幸せなQ王国で生まれ育った少年の一人。義務教育をこの春卒業し、働き出すまで1ヶ月の猶予があった。春休みというやつだ。春休み中に友達の一人に誘われた。「先輩から教えてもらったいい遊びがある。」Lは親や教師などが教えない遊びというものに好奇心を持った。思春期とはそんな時期だ。誘われるままに友達について行った。


電車の高架下のトンネルでは持ち運び式の黒板や壁などに真面目そうな顔をして何かにとりつかれたように熱心に落書きをしている同年代の少年が数人いた。怪しい雰囲気だ。「俺は1週間前からこれに中毒になっちまったぜ。キメた瞬間に世界が開けた感じになってもうたまらない。」友達が興奮して本を渡してきた。


世界共通語の文字の読み方や文法や単語などが載っていた。この類いの本は国内で見ることがなかった。Q王国の言語とはかなり違う。最初は未知の言語を学んでいくこと自体が楽しかったが、語彙力が増えるにしたがって、世界共通語で書かれた本をたくさん読み進められるようになってきた。


世界共通語で書かれた本で多くを学んだ。どれも中毒性がある。セイジガクというものをキメると、Q王国の政治の問題点が浮き彫りになった。他国では民主制という国民から意見を聞き政治に生かすという合理的なやり方をとっているらしい。王は人柄こそ良かったが精神不安定でころころと政策を変えてしまい国民を振り回していた。国民は俯瞰的な思考ができないバカどもが多い。クーデターでもやってみるか...という気持ちが芽生えてきた。


ある日、Lはいつものように仲間とトンネルでセイジガクについて語り合っていると公安がやってきた。「君たち、持っているものを見せてくれ」と、読んでいた本を取り上げられその場にいた少年たちは補導されてしまった。「君らはガクモンをやっているな。これは中毒性が高く、世の中の仕組みがよく分かってしまい王政に反抗する危険分子へと人間を変えてしまう可能性がある極めて危険な薬物だ。」そう言って公安は少年の一人一人に手錠をはめた。





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