POTSの治療薬は、一人ひとりの症状やライフスタイルに合わせてカスタマイズするのが基本

完治させるための特効薬は、まだありません


2018年に疾患啓発団体であるPOTS and Dysautonomia Japanが起立不耐症の患者さんを対象に 行った起立不耐症・起立性調節障害インターネットアンケート調査によると、「効果のあった治療方法は無い」という回答がもっとも多く、約4割を占めました。医療機関にかかっても、すぐによくなるとは限らないのです。

しかし、医療に従事する私たちも手をこまねいているわけではありません。これまでに多くの施設で実験室での基礎的な研究や、実際の患者さんを対象とした臨床研究が行われてきました。その中には効果があったとされる治療法があります。

また、これまで書いてきたように、 様々な疾患の合併があるPOTSの患者さんには一人ひとりに合わせた内服薬の種類と量を細かく調整する必要があります。場合によっては、それぞれ違う働きをする薬剤を、時間や行動のタイミングによって飲み分けてもらうこともあります。

多く使われるのは、心拍数を下げる薬と血圧を保つ薬

まず処方されるのは、β遮断薬と呼ばれる薬剤です。これは、心臓にある交感神経を刺激するβアドレナリン受容体をブロックして心拍数を下げるタイプの薬です。
 
この種の薬剤でよく処方されるのはインデラル(一般名:プロプラノロール)です。古くからある薬で、もともとは高血圧や不整脈を治療するために使われていました。
 
少なめの量から始め、効果が感じられる量まで徐々に増やしていきます。というのも、最初から多く飲むと血圧や心拍が下がり過ぎでしまう可能性があるからです。
 
またβアドレナリン受容体は、いくつかの異なる作用をもつ「サブタイプ」と呼ばれる種類があることが知られています。たとえば、心臓にはβ1、肺にはβ2受容体がそれぞれ多く分布しています。インデラルはβ1とβ2受容体のどちらも遮断します。この結果、心拍の低下がみられると同時に、肺の気管支を収縮させてしまうことがあるのです。

これを喘息の患者さんに処方すると、咳や吐く息に「ヒューヒュー」や「ゼーゼー」の音が混じったり、呼吸が苦しくなったりする症状が出る可能性があります。そこで、喘息の患者さんには、心臓にあるβ1受容体だけに働くメインテート(一般名:ビソプロロール)が選ばれます。
 
最近、コララン(一般名:イバブラジン)という心拍だけを下げる薬剤が発売されました。これは心臓のペースメーカーとして働く洞結節(どうけっせつ)の働きを穏やかにして心拍数を減少させます。また、コラランは血圧には影響しません。このことは、インデラルやメインテートで血圧が下がってしまう患者さんには朗報です。
 
もう一つ、よく使われる薬剤として、末梢の血管を収縮させ、立ったときの血圧の変化を安定させるメトリジン(一般名:ミドドリン)があります。
 
メトリジンは血管にあるα1アドレナリン受容体を刺激して、血管を収縮させ、静脈から心臓に戻る血液の環流量を保つ働きがあります。低血圧ぎみのひと、とくに、子どもで多く用いられます。

身体の水分をふやす薬剤には注意が必要

あなたもすでに自覚しているかもしれませんが、多くのPOTS患者さんは夏が苦手です。というのも、健康な人でも気温が高いと脱水や熱中症になりがちなのに、POTS患者さんは、健康な人に比べて体の中の水分量が少ない傾向があるためです。この理由はまだよくわかっていません。

十分な水分や塩分の摂取に加えて、前述のインデラルやメトリジンを飲んでも立ちくらみがよくならない場合は、身体の水分量を増やすタイプの薬が処方されることがあります。

一つはフロリネフ(一般名:フルドロコルチゾン)です。これは、副腎から作られるホルモンの一種で、体内のナトリウムを増やして血圧を上げる働きをします。

もう一つはミニリンメルト(一般名:デスモプレシン)です。この薬は、バソプレシンという脳から分泌され尿を減らす役目をするホルモンの作用をもっています。具体的には、腎臓で作られる尿を濃くして尿量を減らし、体内から尿に出る水分の量を抑える働きがあります。

ホルモンの薬というと副作用について心配になるかもしれません。どちらも副作用の一つとして、血液中の電解質であるカリウムやナトリウムが異常な値を示すことがあります。このため、フロリネフやミニリンメルトを開始したあとは早めに、できれば1か月前後で必ず採血をして電解質、肝臓や腎臓の値の異常 がないかどうかをチェックします。

以後も数か月から少なくとも半年に1回程度は検査を行って経過をみる必要があります。これらの薬に限らず、かならず決められた量と飲むタイミングを守って服用するようにしてください。

症状に合った漢方薬も効果的

POTSの症状のなかで多く見られる倦怠感は、やっかいなことにこれまで説明してきた薬剤ではなかなか改善できません。このようなとき、漢方薬が役に立つことがあります。

たとえば、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)に は胃腸の働きを改善し、食欲を増加させてだるさや疲れを回復させる働きがあります。また、喉の違和感や胸がチクチク痛む症状には、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)が効く場合があります。

最近では、薬局やドラッグストアで多くの漢方薬が販売されています。本やインターネットなどでさまざまな情報を得て、自分で購入して飲むこともあるでしょう。軽い風邪など、短期間で良くなる疾患の場合はそれでもいいと思います。

漢方薬というと、西洋医学の薬より副作用が少なく「マイルド」な印象があるかもしれません。ところが実際には、頻度は少ないですが、漢方薬で肝臓や肺に悪影響が出ることもあるのです。POTSの治療は多くの場合、長期にわたります。できれば医療機関で症状を相談して、体質に合った処方を受け、必要に応じて採血やレントゲンなどで副作用をモニタリングすることが大切だと考えます。



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