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仮面舞踏会〜リストラーズ随想〜

リストラーズ随想というわりに、以下の本編にはその単語は一回しか出てこないし、このタイトルの動画の内容に至っては一行も触れられない。
詐欺だ!と言われる前に自首しておきます。

毎日SNSでわいわい楽しく盛り上がっている仲間たちがいる。知っているのはHNとアイコンだけ。リストラーズが好きというその純粋な思いだけで繋がっていて、彼らについて昼と言わず夜と言わず飽きることなく語り合うという状態が半年以上続いている!

その仲間たちの紡ぐ言葉からうっすら推測するに、音楽、IT、語学、イラストその他バックグラウンドがおそろしくバラエティに富んでいて、しかも驚くほど造詣が深く、甚しくはその道のプロだったりする。私の棲息エリアとはかけ離れているのでSNS上でなければそれぞれ皆さんの人生と私の人生が交差するなんてあり得ない感じなのだ。
その上私とは世代が全く違ったり、住む場所も日本地図でいうとおおよそどこの地方かくらいは見当がつくものの、やっぱりてんでバラバラで、きっと一生行くことはないだろう土地だったりと、偶然であってもバッタリ出逢う確率は限りなくゼロに近い。まあ、会ったところでお互い顔を知らないのだから、気付きようもないのだが。

なのに、いつもリアルで人間関係を築いている相手とよりも心情的に近くなるということがある。
最初このことについて私は時間と空間の制約のせいだと思っていた。
リアルでひとと交流するためには、どこかの場所に出向いて行って何時間かを共有する必要がある。しかしSNSは場所も時間も選ばない。それこそ家に帰ってお風呂から上がってスッピンのまま部屋着や寝間着で好きにスマホひとつで語り合いを始められるのだから。
でも、オフ会というものを経験してどうもそれだけではないんじゃないかと思い始めている。

オフ会では、いつも親しくやり取りをして気心が知れているひとが、実際に存在するんだということを確かめられる場である。
だから初対面の時に変な感じになる。

はじめまして、KSKSです。
いやはじめましてじゃないよね! 
何年来の友人との再会のような感じに近い。

ただ、決定的に違うところがある。断っておくがこれはあくまでも私の感覚である。

ここでは、私は本名で生活している私ではない。
あくまでも、SNSの空間で生きているKSKSという名のアバターのような存在なのである。
リアルの世界では年齢とか職場での立場であるとかに縛られて素のままの自分で生きることはなかなか難しいもの。
でも、SNSにはそれがない。あらゆる制約から自由になって、素の自分を曝け出してのびのびと生きることができる。
仲間たちはそんな私を受け入れてくれる。私にとってはリアルに付き合っている人々よりも心許せる存在になっていった。

オフ会で集う仲間たちはSNS上のKSKSという人格しか知らなくて、当然そのまま接してくれる。私が仲間たちにそういうふうに接するので、多分そうなのだろう。
文字だけのやりとりのもどかしいような思いを生身の人間同士同じオフ会という空間を共有し、思い切り語り合うことで、より親密度が高まるように思うのだ。

顔は晒すことになるが、それはいつもの仲間たちにお馴染みのKSKSのアイコンに被せた仮面のような役割となる。まるっきり意味が反転してしまっているようではないか。

私は仮面舞踏会のように、素顔という仮面をかぶってこのオフ会に参加し、KSKSとして振る舞い「仮面舞踏会」をコピーし踊り楽しんだ。

楽しい時間は飛ぶように過ぎ去り、シンデレラ物語のように魔法が解ける時間がくる。

また逢う日まで〜と再会を約束するが、やはり全員の本名を知ることはない。
そして私もKSKSという名前のままでSNSの世界に帰ってゆくのだ。




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