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ローマン宇宙望遠鏡 低質量星に1000個以上の系外惑星を発見するという試算

2020年代後半に打ち上げ予定のナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡(旧称:WFIRST)が実行を予定している3つの主要な天文サーベイの1つである「銀河バルジ時間ドメインサーベイ」のデータを低質量の恒星や褐色矮星の周囲を公転する太陽系外惑星の検出に利用した場合どれほどの成果が得られるかを試算した研究が公表されました。

この研究はボストン大学のPatrick Tamburo 氏を筆頭とするアメリカの研究グループが行ったものです。
研究は2023年3月17日にプレプリントとしてarXivに投稿され、3月20日に公開されました。
arXiv投稿に際する著者らのコメントによればこの研究は学術誌『アストロノミカル・ジャーナル』に投稿したものだということです。

[2303.09959] Predicting the Yield of Small Transiting Exoplanets around Mid-M and Ultra-Cool Dwarfs in the Nancy Grace Roman Space Telescope Galactic Bulge Time Domain Survey (arxiv.org)

この研究では既存の研究に基づいてサーベイの観測範囲内にある

低質量の主星(M3型より晩期の赤色矮星およびT型褐色矮星)の個数や、惑星の存在頻度を仮定した上でトランジット法でどれほどの系外惑星を検出できるかをシミュレーションし、
1347+208/-124個が発見されるという結果を得ました。
そのうち13+4/-3個はハビタブルゾーン内にある地球サイズ(半径が地球の1.23倍以下)の惑星であることも予測されました。
トランジット法とは惑星が恒星の手前を横切って主恒星の光を遮ることで、恒星の光度が一時的かつ周期的に減少することを利用して惑星を検出する技法です。
これまでこのような低質量の主星の惑星系ついてはTRAPPIST-1やプロキシマなどの散発的で有名な発見例はあるが、統計的に意味のある研究が行えるほどのサンプル数が無く、より質量の大きい主恒星の惑星系との統計的な比較は不可能でした。
しかし、ローマン宇宙望遠鏡の登場によりこの種の系外惑星に関する理解が大きく進展しそうです。

ローマン宇宙望遠鏡はジェイムズウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)と同様に近赤外線を主な観測波長とします。
最大の違いはJWSTが特定の天体に指向して詳しく観測することに特化した指向観測型の望遠鏡なのに対し、
ローマン望遠鏡は広視野カメラにより天球の広範囲を効率よく観測することに特化したサーベイ特化型の望遠鏡であることです。
ローマン望遠鏡の主力観測装置であるWFI (Wide Field Instrument) 赤外線カメラは、前世代の指向観測型望遠鏡であるハッブル宇宙望遠鏡の広視野カメラ「WFC3」と同等の精度を有しながら観測視野面積は200倍に拡大しています。
ローマン望遠鏡はWFIを使って5年間の主ミッションの期間に「Core Community Surveys」と呼ばれる3つの重要なサーベイを実行することを任務としています。それらは

  1. 高緯度広域サーベイ (High latitude Wide Area Survey)

  2. 高緯度時間ドメインサーベイ (High latitude Time Domain Survey)

  3. 銀河バルジ時間ドメインサーベイ (Galactic Bulge Time Domain Survey)

です。
1.の高緯度広域サーベイは銀河平面の星間塵に邪魔されない高緯度方向を中心に銀河系外の銀河を広範囲で観測することを目的としています。このサーベイでは可能な限り広範囲のデータを取得するために次々と観測領域を変えながら天球をしらみつぶしに観測していきます。
他の2つの時間ドメインサーベイは、同じ領域を繰り返し観測することで時間変化する変光星や一過性の現象を検出することを目的としています。時間ドメインサーベイでは同じ領域を繰り返し観測するために観測範囲の広さは妥協します。

銀河バルジ時間ドメインサーベイは恒星の密集した銀河バルジ方向を継続的に定点撮影する観測計画です。72日間の観測を1セットとして、これを5年間の主要ミッション期間中に6セット(合計432日間=1.2年分)行うスケジュールが立てられています。
銀河バルジはローマン望遠鏡の広視野をもってしても一度に観測することは不可能なほど広いので、銀河バルジを7個の観測領域に分けてこれを巡回するように観測します。
個々の領域は15分間隔で撮影されます。
撮影した画像からは画像処理で恒星の光度を抽出し、恒星の15分刻みの光度変化を得ることができます。

このサーベイの構想当初の目的は重力マイクロレンズ効果を利用して自由浮遊惑星やブラックホールなどの暗黒物質を検出することでした。

重力マイクロレンズとは、遠方の光源の手前を重力源が横切ったときに地球に届く光の経路が歪むことで、一時的に光源の光度が増大する現象です。
この現象は重力源が光学的に観測不可能な暗い天体であっても重力さえ持っていれば検出可能なので、自由浮遊惑星や恒星質量ブラックホールなどの検出が期待されています。

大量の恒星の光度変化のデータは重力マイクロレンズだけでなく、変光星の研究やトランジット法による惑星の検出にも有用です。

銀河バルジ時間ドメインサーベイは観測範囲が限られているとはいえ恒星の密集領域を対象とすることで、2000万個もの恒星の光度を+/-1%より良い精度で測定できると試算されています。
これはケプラー宇宙望遠鏡が観測した恒星の200倍の個数です。ローマン宇宙望遠鏡は21等級より明るい恒星を1%より良い精度で観測できます。なお銀河バルジ時間ドメインサーベイでは、星間塵の影響が少ない近赤外線波長帯を通じて観測するため、可視光よりも近赤外線を多く放射する低質量の恒星の観測に有利です。

(画像出典 Tamburo et al., 2023)(左)銀河バルジ時間ドメインサーベイの観測領域の全体像。7個の観測領域に分けて全体をカバーする。橙色の枠で表された個々の観測領域はCCDの配列を反映して不規則な形状をしている。(中)個々の観測領域の拡大。四角い枠はWFIの検出器ユニットを構成する18枚のCCDセンサーの配列を表す。(右)一枚のCCDの拡大。ここまで拡大してようやく個々の恒星を点光源として分離できる。観測領域に膨大な数の恒星が含まれていることが分かる。

銀河バルジ時間ドメインサーベイのデータをトランジット法による惑星の探索に利用することを想定した試算は今回が初めてではなく、
2017年のMontetらの研究ではこのサーベイのデータを使えば太陽型星の周囲に10万個の系外惑星を検出できるという推定を得ていました。
2022年現在知られている系外惑星の個数は5000個程度ですのでローマン宇宙望遠鏡の登場によりそれが10倍以上に跳ね上がるということになります。
ただし、2017年の研究が主眼としたのは太陽型星を公転する惑星に関してであり、低質量星(中晩期M型星やT型褐色矮星)の惑星の検出については顧みられていませんでした。また、太陽型星の惑星は既にケプラー宇宙望遠鏡の観測で統計研究に十分な数が発見されているので10万個の惑星が見つかっても数字のインパクトに対して科学的価値が薄いという問題もあります。

今回の研究はこれを踏まえて、従来統計研究に不十分な数しか見つかっていなかった低質量星の惑星系の検出にローマン宇宙望遠鏡のサーベイデータを利用することを考慮し、予想される成果を先述のように具体的に試算したという点で新規なものです。


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