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自由浮遊惑星が恒星の20倍の個数存在

日本とニュージーランドの研究機関が行っているMOAという観測プロジェクトが9年間の重力マイクロレンズ現象の観測に基づいて
自由浮遊惑星の存在頻度の推定結果を得たという研究が公表されました。

この研究は大阪大学の住貴宏教授を筆頭とする日本・アメリカ・フランスの研究者からなる研究チームが2023年3月15日にプレプリントとしてarXivに投稿し、16日に公開されたものです。

[2303.08280] Free-Floating planet Mass Function from MOA-II 9-year survey towards the Galactic Bulge (arxiv.org)

自由浮遊惑星とは主恒星を持たず恒星間空間を浮遊している惑星質量の天体のことです。
そのような惑星は惑星系形成の過程で重力相互作用で惑星系から原始惑星が弾き出されることで生まれるとされています。
また、一部の自由浮遊惑星は恒星と同様に星間物質が直接重力収縮した結果として生まれるとも考えられています。
このため自由浮遊惑星は星形成論や惑星形成論の観点から興味の対象となっています。

また、自由浮遊惑星は光学的に直接観測することは困難なため、
暗黒物質(=光学的に観測できないが重力を持つ物質)の候補の一つとして宇宙論的な関心の対象にもなっています。

自由浮遊惑星を含んだ暗黒物質の観測方法として、重力マイクロレンズ現象を観測する技法が1990年代から普及しています
重力マイクロレンズ現象とは、遠方にある光源の手前を重力源が通過した際に、光の経路の歪みによって光源の光度変化が生じる現象です。

今回の研究ではMOAが2006年から2014年にかけて収集した観測データの分析が行われ、
「地球の0.33倍~木星の20倍」の質量範囲の天体の存在頻度は質量が小さくなるほど頻度が上昇するべき乗則で表せることが分かりました

べき乗則分布では小さい質量の天体まで含めると無限に頻度が増大してしまいます。
質量の範囲として地球の0.33地球質量から6660地球質量(=約20木星質量)の範囲にある自由浮遊惑星に着目しべき乗則に基づいて計算を行うと、
0.33-6600地球質量の自由浮遊惑星は恒星1個あたり20個存在すると推定されています。さらに、この質量範囲の自由浮遊惑星の質量を積算すると、恒星1個当たり80+73/-47地球質量の物質が自由浮遊惑星として存在していると推定されました。


なお、質量範囲の下限である0.33地球質量というのはMOAが検出可能な天体質量の下限に相当します。比較として、太陽系の惑星では金星が0.815地球質量、火星が0.107地球質量です。


前述のように自由浮遊惑星は暗黒物質の候補の一つです。
暗黒物質は観測可能な恒星よりはるかに大きな総質量を持っているとされます。
しかし今回の研究は自由浮遊惑星は、数は多いとしてもその総質量は恒星の総質量より4桁近く小さいことを示しています(太陽質量は33万地球質量です)。これは自由浮遊惑星が暗黒物質の主要な構成要素であるとする仮説を棄却する結果です。

なお重力マイクロレンズ現象の観測では自由浮遊惑星と、非常に大きな公転軌道を持つ惑星を見分けることは困難であるため、
今回の推計は自由浮遊惑星と非常に大きな公転軌道の惑星を区別せずに行われています。

重力マイクロレンズ効果とは

重力レンズとは遠方にある光源の手前に割り込むように重力源が通過すると、重力による光の経路の歪みが起きて遠方の光源の像が変形して観測される現象です

重力マイクロレンズとは、
小規模な重力レンズ効果で、光源の像が小さすぎて像の変形は直接観測できないものの
光源の光度が一時的に増大する現象として重力レンズ効果の発生が認識できるようなもののことを指します。
増光のパターン(継続時間や増光率)から、重力源の質量が分かります。
低質量の重力源では増光は数時間レベルの時間スケールで終わってしまいますの。
このため、自由浮遊惑星の重力マイクロレンズによる検出には、専用の望遠鏡を使った高頻度観測が必要になります。今回の研究で検出された最も短い重力マイクロレンズ現象はわずか1時間22分という短時間の増光でした。

重力マイクロレンズを観測するには遠方にある光源の手前を重力源が偶然通り過ぎるイベントが起きることを観測します。

このような偶発的な現象を効率よく観測するためには恒星の密集した領域を広視野の望遠鏡で継続的に観測する必要があります。
恒星の密集領域として最も重力マイクロレンズ観測に適しているのが銀河中心部にある銀河バルジの方角とされています。
銀河中心付近は最も恒星が密集していますが、銀河中心を含んだ銀河平面方向は星間塵による顕著な光の吸収があるため観測可能な恒星は激減してしまいます。
そのため銀河中心から少し南北方向に外れた銀河バルジの方角が重力マイクロレンズ観測の対象となっています。
特に「バーデの窓」と呼ばれる星間塵が少ない領域が観測対象に選ばれています。

重力マイクロレンズは銀河系内の暗黒物質の観測方法として1980年代に提案されました。
当初は大小マゼラン雲の星々を光源としてその手前を通過する暗黒物質が引き起こす重力レンズを検知する観測戦略が検討されました。
いかし1990年代初めに銀河バルジの方角を観測する方法が提案され、以降それに沿って複数の観測プロジェクトが立ち上がりました。


その中でもポーランドの天文学者らを中心に立ち上げたOGLE (Optical Gravitational Lensing Experiment) は1990年代前半にいち早く観測を開始し、先駆的な役割を果たしました。

MOAとは

OGLEプロジェクトに続いて、日本とニュージーランドの研究機関が共同で立ち上げた同種の観測プロジェクトがMOA (Microlensing Observation in Astrophysics)です。
MOAは1999年に本格稼働を開始しました。
MOAの当初の観測施設はニュージーランド南島のマウントジョン天文台にある口径61cm望遠鏡でした。この望遠鏡にはMOA-cam2という名の広視野CCDカメラが設置されていました。撮影システムは銀河中心方向を長時間観測できる南半球の冬の季節(4-11月)に継続的に稼働し、銀河バルジ方向の複数の領域を毎晩数回の観測頻度で自動で撮影します。
この観測データから恒星の光度を抽出し、マイクロレンズイベント特有の増光を検出します。

MOAプロジェクトの観測視野(画像出典:自作)「MOA-I/MOA-cam2(水色)」と「MOA-II/MOA-cam3(黄色)」の視野の比較。円は月の視直径’(=0.5度)を示す。
データ出典:
MOA-cam2の視野 -- 0.92x1.39度 (Sumi et al., 2003)
MOA-cam3の視野 --2.2x2.2度 (Sako et al., 2008)


2004年には61cm望遠鏡の後継となる口径1.8mのMOA-II望遠鏡がマウントジョン天文台に完成し、以降はこちらが観測に使われています。MOA-II望遠鏡にはMOA-cam3という、10枚の大型冷却CCDを使用した広視野撮像装置が取り付けられています。



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