観測史上初めて小マゼラン雲に高温分子雲コアが発見される

小マゼラン雲高温の分子雲コア (hot molecular core)を初めて確認したという研究が公表されました。

この研究は新潟大学の小西隆准教授を筆頭とする日本・アメリカの研究者からなる研究チームによるもので、2013年3月10日にarXivにプレプリントとして投稿され、3月13日に公開されたものです。arXivへの投稿に際する著者らのコメントによればこのプレプリントは学術誌『アストロフィジカルジャーナル・レターズ』に受理されたとのことです。

[2303.05630] The Detection of Hot Molecular Cores in the Small Magellanic Cloud (arxiv.org)

今回の研究はALMA望遠鏡を用いた電波観測で小マゼラン雲に属する2つの大質量の原始星「S07」「S09」の周囲に「高温の分子雲コア」が存在することを確認したというものです。高温の分子雲コアが小マゼラン雲内で確認されたのは史上初めてです。


小マゼラン雲とは

小マゼラン雲とは我々の住む銀河系(=天の川銀河)のすぐそばにある矮小銀河です。銀河系の周囲を公転する伴銀河の1つです。

小マゼラン雲と銀河系の間には物質のやり取りは無く、
小マゼラン雲は独自の歴史を辿ってきました。
このため小マゼラン雲に含まれる星間物質は銀河系とは大きく異なる元素組成を有します。
小マゼラン雲の金属量は銀河系と比べて1/10から1/4程度という低い値です。

金属量とは、元素組成のうち水素・ヘリウム以外の元素が占める割合のことです。
太陽の金属量は1.3%ほどであり、銀河系もそれと大差のない金属量を有します。

小マゼラン雲のような矮小銀河では新たな星の形成がほとんど停止したものが多いのですが、
小マゼラン雲は銀河系などの大型の銀河と比べて不活発ながら、現在も星形成が続いています。小マゼラン雲は

  • 詳細観測が可能な距離にあり、なおかつ

  • 星形成が続いている


という条件を満たす銀河の中では最も金属量が低いという特徴があります。

このため金属量の低い環境での星形成を研究する上での恰好の『天然の実験室』として注目されています。


小マゼラン雲は銀河系の近くにあるとはいえ、太陽系から2万光年も離れているため観測は容易ではありません。

2013年にチリのアタカマ砂漠に完成したALMA望遠鏡は、66台の電波望遠鏡で共調観測を行うことで高精度・高解像度を実現する電波観測設備です。

ALMAの目的の一つは星形成の現場である分子雲の詳細を観測することです。

分子雲とは

分子雲とは、星間物質が比較的高密度に集合した水素分子 (H2)を主成分とする低温の雲状の天体のことです。
分子雲の中の高密度部位が重力収縮することで恒星が誕生します。
分子雲の中では様々な化学反応が起きており、これまでに多様な有機物を含む数十種類の化合物が分子雲に検出されています。
分子雲内の化学種はその種類に応じた特有の波長の電波を放射するため電波観測により分子雲中の化合物を調べることができます。
これらの化合物の濃度や空間分布は分子雲の内部の環境を反映するとともに原始星や惑星の形成の初期条件の手掛かりを与えるものであることから活発に研究が行われています。

このような分子雲の研究はこれまで銀河系内の星形成領域を中心に行われてきました。
ところが、銀河系内の星間物質は一般的によく混合し均質化されています。そのため、銀河系内で見れば星形成領域ごとの金属量の違いはあまりなく、金属量の違いが分子雲にどのような影響を与えるかについてはよく分かっていませんでした。

銀河系外の分子雲

2013年に完成したALMAはこの分野の研究を大きく推し進めつつあります。

銀河系外の星形成領域の研究は大マゼラン雲の研究が小マゼラン雲の研究に対して歴史的に先行します。

大マゼラン雲は小マゼラン雲とは別個の矮小銀河で、銀河系よりも低く小マゼラン雲よりも高い金属量を有します。


2016年には大マゼラン雲に属する大質量原始星に対応した高温の分子雲コアを確認したという研究が公表されています。これは銀河系外で確認された最初の高温の分子雲コアとなりました。


分子雲コアとは分子雲の中で特に密度が上昇した領域で、大質量の恒星が誕生しつつある場所と考えられています。分子雲コアでは誕生した原始星からの放射により温度が上昇し、それまで氷として存在していた揮発性物質が気化し、周辺とは異なる化合物の存在が電波観測で検知できるようになります。このような状態にある分子雲コアはおよそ100ケルビン(-170℃)以上の温度を持ち、周囲(10ケルビン)より相対的に高温なため「高温の」分子雲コアと呼ばれます。

高温の分子雲コアは分子雲内での化学反応が次のステージに向かい恒星形成の初期条件が決定付けられる現場として注目されます。前述の2016年の大マゼラン雲の分子雲コアの検出は分子雲コアの研究の進展を示す顕著な通過点でした。

ALMAの次の目標は小マゼラン雲でした。小マゼラン雲は大マゼラン雲と比べてもさらに金属量が半分程度しかなく、小マゼラン雲に観測を拡げればより金属量の低い分子雲を研究可能となります。

宇宙の金属量は時間とともに増大し続けているため、低金属量環境下での星形成の観測は、金属量の低かった過去の宇宙における典型的な星形成の状況を推定する手段となります。そのため、銀河系周辺の銀河で最小の金属量を持つ小マゼラン雲の星形成の研究というのは、間接的な形でより遠い過去の宇宙を知る手段として重要な意味を持ちます。

しかし、小マゼラン雲は大マゼラン雲よりも距離が遠い上に観測に適した星形成領域が相対的に少なく、大マゼラン雲よりも困難な観測対象です。

2018年には小マゼラン雲の分子雲に多数の化合物を電波観測で検出したという研究が今回の研究と同じグループによって発表されました。
しかしこの時点では分子雲コアの検出には至っていませんでした。

今回の研究の詳細


今回の研究では小マゼラン雲に属する大質量の原始星として知られていた2つの天体

  • 2MASSJ00540342-7319384 (通称「S07」)

  • 2MASS J00445643-7310109(通称「S09」)

が、観測対象になりました。

ALMAによる電波観測では2つの原始星の位置に次のような化合物が検出されました

  • CO 一酸化炭素

  • HCO+ ホルミルイオン

  • H13CO+ ホルミルイオンの 同位体置換体

  • SiO 一酸化ケイ素

  • H2CO ホルムアルデヒド

  • CH3CO メチルアルコール(メタノール)

  • SO 一酸化硫黄

  • SO2 二酸化硫黄

これらの電波のうち、SO2に起因するものは特に原始星の近くに集中して存在しており、「高温の分子雲コア」に対応するものと見られています。SO2の空間的広がりは半径0.3光年程度です。ガスの温度は電波の分析から100ケルビン以上と推定されました。これらは高温の分子雲コアの特徴に一致するため、今回検出された化合物は高温の分子雲コアに対応するものと判断されました

今回の研究は、金属量の低い小マゼラン雲においても銀河系と同様の高温の分子雲コアを経て大質量星が形成されることを初めて実証するものです。


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