数学的な信長
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数学的な信長

桜井健次

「信長の原理」(垣根 涼介 , 2018年)の感想です。ちょうど1年前、2019年の元旦に一気読みしました。その時に書いたものに補筆しました。

本書のユニークな特色は、信長が若年の頃からアリの観察を系統的に行っており、その結論として Paretoの80/20 rule(働きアリの法則、2-6-2の法則)を独自に発見し、また、その成立理由に根強い関心を持ち続け、織田家の組織運営および天下統一の軍事行動の際に考慮したという筋書きにあります。いくら信長ファンでも、これほどのことはなかなか思いつきません。意表をつかれ、感心するばかり。

物語の大半は、信長と主要な家臣の独白に費やされます。「数において勝る敵を必要に以上に恐れる必要がない」ことは、武田信玄など、「孫子」をよく研究している武将には既に周知ですが、そうではない、ほとんどのわが国の戦国大名にとって、Pareto則は有用です。数を恐れないことに確信的なものがあるというのは、明らかに軍事作戦に影響があります。他方、本書では、戦闘における作戦行動よりも、むしろ、家中の精鋭がなぜ劣化するか、なぜ裏切り者が出るか等のマネージメントの問題に注意が向けられます。

この小説の文脈に沿えば、本能寺の変は、冷静緻密に計画された軍事行動である点はさておいて、明智光秀にとって消去法の結論ということになるようです。さらに心理としては、自分の知恵も能力も使い捨てられることを悟った松永久秀と重なり、織田家家臣としての展望を描けなくなった荒木村重とも重なるようです。

つまるところ、本書は、Pareto則そのものの戦国的な運用よりも、2-6-2 のなかの特に「脱落する2」 に共通する問題とその絶望心理、とりわけ精鋭中の精鋭がそこから脱落するときの苦悩を描いています。それを「なぜか織田家で続出する裏切り」の問題とからめて理解しようとしているようです。歴史にif はありません。歴史小説にもif が多すぎると話がわからなくなってしまいます。が、もし信長が2-6-2のうちの「脱落する2」にこだわらなければ、どうなっていたのでしょうか。明智光秀ほどの精鋭による本能寺の変はもとより、次々と家臣が裏切るような展開はなかったのでしょうか。


※ この記事は、まったく存じ上げない不特定多数の方々にお伝えすることを意図していません。そのため、少し敷居を高くし、将来は有料とさせて頂くことを検討しています。まだ、note は始めたばかりなので、当面は、何も設定いたしておりません。

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現代は科学が進歩した時代だとよく言われますが、実のところ知識を獲得するほど新たな謎が深まり、広大な未知の世界が広がります。私たちの知識はほんの一部であり、ほとんどわかっていなません。未知を探索することが科学者の任務ではないでしょうか。その活動は、必ずしも簡単なものではなく、後世からみれば群盲評象と映ることでしょう。このマガジンには2019年12月29日から2021年6月30日までの合計551本のエッセイを収録します。科学技術の基礎研究と大学院教育に携わった経験をもとに語っています。

本マガジンは、2019年12月29日から2021年6月30日までのおよそ550日分、元国立機関の研究者、元国立大学大学院教授の桜井健次が毎…

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桜井健次
国立研究所を定年退職した元研究者(https://researchmap.jp/kenji.sakurai.xray)。2019年12月から連続800日投稿に接近中。マガジンご購読外でも最新記事はご覧になれます。http://amazon.co.jp/-/e/B082B55P77