荒ぶる季節の男どもよ。山岸知明 編/ドラえもんの押し入れの向こう側

※ネタバレを含みますのでご注意ください

基本情報:
2020年9月にMBS/TBSドラマイムズ枠で放送されたドラマ『荒ぶる季節の乙女どもよ。』の前日譚にあたるオリジナルエピソード。
TSUTAYAプレミアムで独占配信の後、『荒ぶる季節の乙女どもよ。』DVD-BOXに収録される。
原作は『荒ぶる季節の乙女どもよ。~公式ファンブック第0巻~』収録の『荒ぶる季節の乙女どもよ。番外編』。

【古川雄輝登場度】★★★★★
古川雄輝演じる国語教師・山岸知明が主役。
本編と異なるオープニングの荒乙ダンスが観られるのも嬉しい。
TSUTAYAプレミアムで配信のメイキングも必見。

【ファン初期に観る作品としておススメ度】★★★
まずは『荒ぶる季節の乙女どもよ。』本編から観るのがおススメ。
刺激強めのセリフが多く、そこはかとなくやさぐれ感漂う、王道「じゃない方」の古川雄輝もまた、魅力的。

ところでそもそも、なぜ君はロッカーの中にいるのだ。

と、素朴な疑問は置いておいて。
高校時代のある夏の日、山岸知明は同級生・前原岬と音楽教師の情事を偶然目撃する。ロッカーの扉の隙間から盗み見る二人の様子に触発され、彼は自らのズボンのファスナーに手を伸ばす…

山岸にとって、それは「高校時代に手に入れた、その後の人格を形成するほどの特別な経験」である。
ロッカーの外で繰り広げられる、圧倒的な物語。
あの日、岬と確かに目が合った瞬間があった。誰かに見られているという彼女の強い自意識を感じ取り、彼は悟る。
自分はあの物語に決して登場しない。自分はあくまで物語を扉の内側から眺める観客なのだ、と。

大人になり、高校教師になってなお、山岸の世界は内側に閉じている。
夜になれば2ショットチャットに興じる彼は、チャットの相手を冷静に分析する。
「このボキャブラリー、ほぼ男で決まりだな」
それでも、大半がネカマだとわかっていながらチャットを続ける山岸には、ネットの向こう側にいつか見たあの物語が存在するかもしれないという期待があるように思える。

チャットに現れた自称女子高生・ひととは、リアリティのない性的欲求の表現で一度は山岸もネカマ認定するものの、三島由紀夫の小説の一節をブッこんで来たり(エロチャットに!)、今?というタイミングで突然抜けたりと、得体の知れない存在だ。
ひととの予定調和に収まらない振る舞いは、彼の好奇心を刺激する。
そして山岸はおもむろにティッシュの箱を抱えて押し入れに入る。その外側に広がる物語に、淡い期待を抱きながら。

…お前はドラえもんか。

山岸はその勢いのまま、岬が来るという同窓会に出席の返事をする。
「同窓会イキます」

同窓会で久しぶりに会う岬は、高校時代と変わらず綺麗だ。
男子に囲まれて会話する岬に、山岸はやはり舞台に立つ者と観る側には大きな隔たりがあるのだと改めて認識する。
わかっていたのに、なぜこんな場所に来てしまったのだろう。
しかし、場の雰囲気に堪え切れず煙草を吸いに出た山岸に話しかけてきたのは岬の方だった。
「抜けようよ、二人で」
扉の外側の世界が、手を伸ばせば届きそうな距離にあるという高揚。
展開に戸惑いながら、山岸は岬とホテルに向かうことになるのだが。

ホテルで、山岸があの日自分が見ていたことを知っていたかと岬に確かめると、彼女は意に介さない風の返答をする。
「見られている」という意識が彼女を昂らせている、というのは山岸の思い込みだった。山岸が感じていた、文脈的なエロスはそこにはない。
そして夫も子供もいる、という彼女は決定的な一言を囁く。
「地雷踏んじゃった、って思ってる?」
それはあの日、彼女が音楽教師に行ったのと同じ言葉。
あれ?これ、彼女の常套句なのか。
憧れていた世界は実際に触れてみれば、思ったよりつまらなく、安っぽい。
山岸は彼女をホテルの部屋の内側に押し込み、その場を後にする。

家に戻り、ひとととエロチャットする山岸。
しかし途中で電源が落ち、また現実に引き戻される。
そんな生活を彼は『堕落論』になぞらえる。
戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。

でも彼はふと疑問を感じるのだ。
「本当に正しく堕ちているのか」

風に揺れる音楽室のロッカーの扉を、彼は閉める。
岬のいるホテルの部屋を閉めたのと同じように。
きっと彼は薄々気付いている。
正しく堕ちるとは、ありのままの自分を受け入れること。内側から見ているだけでは、正しく堕ちることはできない。自分が自分自身の物語を生きなければならないのだと。

今の彼にとって、女子高生は眩しすぎるだけの、癇に障る存在だ。
本編『荒ぶる季節の乙女どもよ。』では、彼が文芸部の乙女5人に巻き込まれながら、その輝きを美しいと感じるまでに変化していく。
ロッカーの外側の世界は、思っていたほどドラマチックではない。舞台の登場人物達は思い描いたような存在でもない。
それでも自分がその舞台に上がれば、景色は違って見えるのだ。

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