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死ぬまでにお金を使い切るのは理想だけど、無理に使うのもよくないと思うっていう話。『DIE WITH ZERO』を読んで。

『DIE WITH ZERO』という本を読みました。

『DIE WITH ZERO』の書名の通り、内容は「ゼロで死ね」というもの。

「死ぬまでにお金を使い切ろう。なんなら若いうちに借金してでも旅行とかした方がいいよ。5~10年経つだけでもできなくなる体験がたくさんあるからね」という話。

ちなみにお子さんに資産を残すことを否定しているわけではなくて、相続についても「これだけ残したい」という金額をきちんと決めて、それ以外の分を使い切ろうねという話です。


内容についてはまあその通りだなという感じなんですが、一つ気になったのがお金はたくさん使うほどいいものだという前提があるように感じたこと。


お金に関する大事な前提として、お金って無理にたくさん使おうとするとむしろ幸せが減ることがあるんですよ。


もちろん原理原則からいえば、少しの金額よりたくさんの金額を使った方が良い結果が得られることが多いです。

でも金額だけにフォーカスして「よりたくさんお金を使う」ことだけ考えると、悪い結果になってしまうことも少なくない。


今回はそういった悪い結果になってしまういくつかのパターンを列挙してみます。


1. 望まない方向にコストがかかったものを買う

例えば、ヒカキンが紹介してた純金のプレステコントローラー。

これ、「金でできてるすげーー!」とか「ダイヤついてるキレイ!!」って楽しむ分にはいいんですよ。ヒカキンもそういう形で楽しんでる。だからヒカキンのお金の使い方が間違っているわけではない。

でもゲームそのものをより楽しくプレイするということを望むのであれば、純金は重いし、

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こんなふうにボタンやスティックにダイヤがついてたらゲームをやりにくくてしょうがないですよね。

ゲームという体験が損なわれちゃうおそれがあるわけです。


だからゲームそのものを楽しみたいのであれば、あえて安い、ごく普通の純正コントローラーを買う方が賢いということになります。


2. 少しずつステップを踏まずにいきなり最高のものを楽しんでしまう

これは何かの分野である程度の深淵にたどり着いた人にしか分からないし、「そういうものだ」としか説明しようがないんですが、いきなり最高のものを味わおうとしても味わえないんですよ。

私が知る限り、少なくとも飲食と美術とゲームとマンガはそうですね。
おそらく映画とかスポーツ観戦とか受動的な娯楽はみんなそうなんじゃないかな。


ある程度のステップを踏んで、その高みに至るまでの過程にあったものたちを味わわないと、最高のものを体験したときに最高のものが与えてくれる価値をすべて味わうことができない。理解することができない。

たとえばワインなんかだと想像しやすいかもしれません。
一度もアルコール飲んだことない人がいきなり百万円単位のワイン飲んでも、良さが理解できるとは思えないですよね?


そして厄介なことに、ステップを踏まず理解ができていない状態で先に最高のものを味わってしまうと、最高のものを最高の状態で味わうことが二度とできなくなってしまうんですよね。

なぜかというと人には記憶があるから。


仮に最高のものにA・B・C・D・Eの5つの魅力が潜んでいるとしましょう。
あなたはまだAとBを味わうだけの理解力しかないとします。
このとき最高のものを味わって感じられるのはAとBだけ。

あとでC・D・Eを理解できるようになってからもう一度最高のものを味わったとしても、初めての体験として味わえるのはC・D・Eだけになってしまいます。
A・Bは「前回も味わった」ものとしてしか楽しむことができません。

でももし最初からA・B・C・D・Eすべてを理解できるようになっていれば、最高のものを味わったときにA・B・C・D・Eすべてを一度に初めてのものとして味わい、最高の体験をすることができます。


だから、「初めてだけどとりあえず一番高いヤツを体験してみよう」という判断をして、もしいきなり最高のものを味わってしまったら、本当に価値ある体験ができなくなってしまうかもしれないんです。


まあそうは言ってもわざわざ粗悪なものばかり楽しむのもバカげているし、最高の価格が最高の体験を提供してくれるわけでもなかったりするので、その道の人にオススメを聞きながら素直に楽しめばいいと思いますけどね。


3. 高級なものを連続して楽しんでしまう

これは外食だと特に典型的。

たとえば超高級フランス料理のお店に毎日行って毎晩コース料理を食べたら、あっという間に美味しくなくなります。

人間の身体ってそういうふうにできてるんですよ。


まずいもの・本当に粗悪なものをわざわざ味わう必要はないけど、ある程度ジャンクなものを間に挟んでいかないと、逆に良質なものを良質なものとして味わえなくなってしまう。
そういうことが起こるんですね。

単なる胃もたれっていうのとも違う。


これはまあ一度くらいそういう失敗をしてみて身体で理解してもいいかもしれないですね。

どのくらいの周期でどんなものを味わうのがその人にとって最適なのかは、人によって違うみたいなので。


4. 楽しめないと分かっていることに楽しみを見出そうとしてしまう

全く興味がないのに高い車・時計・バッグを買うとか、そもそも会ったり話したりするのが嫌なのにキャバクラやホストクラブに行くとか。

「値段が高いから」という理由で無理に楽しもうとする場合ですね。

「今までやってみたことなかったけど、試しにやってみよう」という好奇心・冒険心で新しい娯楽に手を出すならOK。
ある程度狙いをつけて新しい楽しみを探しにいくのは良いことですが、全く狙いをつけずに値段だけで判断してお金を使いにいくのはオススメできないということです。


当たり前ですけど、人には相性があるので、その人が楽しめないものはやっぱり楽しめません。

お金の浪費だけで済めばいいのですが、楽しくないことに時間やエネルギーといった限りある資源を費やしてしまうと本当に人生が無駄になってしまいます。


まあよっぽどお金が余ってたり突発的に大きな臨時収入があったりしないとこういうミスを犯すことは少ないんですが、お金の使い道を頭で考え始めちゃったときなんかは失敗しがちなので注意ですね。


まとめ

・お金をたくさん使う=たくさん幸せになる、とは限らないよ

・具体的にはこういう失敗パターンがあるよ
 1. 望まない方向にコストがかかったものを買う
 2. 少しずつステップを踏まずにいきなり最高のものを楽しんでしまう
 3. 高級なものを連続して楽しんでしまう
 4. 楽しめないと分かっていることに楽しみを見出そうとしてしまう


お金はしょせん資源の一つにしか過ぎないので、余ったら余ったで構わないと思いながら「これが楽しそうだな」と感じることに使っていくのがいいんじゃないかなと思います。


今回は以上です。

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