僕が描く僕を追う

この年齢にして如何なものかと思うが、社員のメンタルヘルスに気を遣う立場になった。社員の関係性は良好か、社員は楽しく働けているか。新しく社員が入って来たこともあり、僕はそういう「形に見えない何か」を扱う人間になった。

放課後等デイサービスの保育士と社会福祉士と心理指導担当職員の端くれとして、子どもや保護者の面談をすることもあり、今後は社員との面談も増えそうだと思った昨夜、本日の僕は勤務先の方々と相談して倉庫を片付け、荷物がいっぱいで窮屈だった相談室を整理した。ついでに倉庫に眠っていた期限切れの達磨を掘り出して、神社に行ってご祈祷も受けてきた。ちょっと置かれた荷物さえどうにかすれば、ちょっと小さい机さえどうにかすれば、ちょっと綺麗に掃除をすれば、僕が使う(予定の)相談室が完成する。

勤務先にはアルバイト時代に使っていた、僕の白衣がハンガーラックに掛けられている。白衣を着ると、何となく「仕事」という感じがするし、何となく「かっこいい」という感じがするので、相談室を使う時は白衣を着ようかと思ったけど、白衣に気圧された相手が何も話せなくなったら元も子もないので、しばらく考えてから止めた。気が向いたら、多分着ると思う。

中学生の時の、スクールカウンセラーが好きだった。僕の言葉を受け止め、天を仰いでじっくりと考えて、それは僕よりも真剣に悩んでいるかのような姿が印象的だった。いつもワイシャツにスラックスで、首から緑色の紐の名札を下げていた。色白で黒いスクエア型フレームの眼鏡で、僕が話すことをただ真っ直ぐに聞いていた。そんな大人になりたいな、と思った。まずは形から、と思ったが、僕は生憎ワイシャツは着ないし友人にもらったグラニフの「なんか訳分からん柄のシャツ」とGUのバルーンパンツを同じ色同じサイズを2着ずつ手にして、かれこれ1ヶ月以上毎日、同じコーディネートを着倒している。共通点は首から下げる名札くらいだろうか。

僕は臨床心理士でも公認心理師でもないのだけど、社内では唯一の社会福祉士で心理指導担当職員で、相談援助業務やカウンセリングや心理療法など、何か役に立ちたいと奔走している。気になる職員がいれば声をかけたり、勤務先の方々に相談したり、「どうしたら楽しく快適に働ける職場になるだろうか」と考えている。僕は、子どもの直接支援から隠居して社員の管理やバックヤードに携わるようになった。子どもの直接支援に関わる現場の職員の気持ちが、自然と子どもの支援にも影響すると思っていて、だからこそ直接支援の最前線を戦う職員の後方部隊として、職員を支援したいと思っている。

今はまだ出ていないと思うけれど、せっかく入社したのに、何か辛い思いをして我慢をして耐えきれなくなって、そうして職場を去る人を出さないようにしたい。僕が中学生だった時のスクールカウンセラーにはなれないけれど、「この人に話をすれば何とかなるかもしれない」と思ってもらえるような、「どんな仕事をしているのか全然分からないけど、声をかけやすい社員」くらいの立ち位置でいたい。

数年前、「白衣を着て仕事をしたい」「ハーブティーを出すカウンセラーになりたい」「不登校支援をする人間になりたい」とチラシの裏のようにノートアプリに書いていたのだけど、方向性は違えど、ほとんどその通りに仕事が出来ていることに気がついた。だからさっき、今取りたい資格ややりたい仕事を書き足した。自己啓発本で「書くだけで夢が叶う!」と謳っていることを見かけるけれど、あながち間違いではないと思う。2018年に書かれた文言を読み返して、若干ゾッとした。割とそのままの事柄が実現されていたから。

歳を重ねると、やりたいことも変わっていくけど、その時に思ったことを書いていけば、意外と数年後には実行出来ているのではないか。だから僕は今日も、なりたい自分を思い描いて、また前をむくのだと思う。僕が思い描く僕に、きっと近づくことを望んで。

 

頂いたお金は、アプリ「cotonoha」の運営に使わせて頂きます。