松明花の在る所:真夜中のファミレス

「今1番大切なのは貴方だけど、今1番優先したい相手は貴方じゃない。」

氷の入ったグラスをストローでからん、と鳴らしながら彼女は笑った。
そう言った彼女は紛れもなく自分の恋人というやつで、彼女が何を言ってるのか意味が分からなかった。

「ふぅん、」

返事をするつもりが狼狽えてしまう。いつもは少しの砂糖とたっぷりとミルクを入れてコーヒーを飲むのに、ブラックのまま飲んでしまった。
苦いと熱いが口の中を占めた。なんとか平静を装うとしたがそんな様子を目だけ動かして見ている彼女には動揺がバレていそうだと感じた。

「ごめんね?一緒にいると落ち着くし安心するけど、楽しいなって思えるのはあの子なの。」
「それ褒められてるの?」
「私がこう言える相手って貴重なんだけど。」

微妙に答えになってないなぁ、何て思ってたら「答えになってないねぇ」何て再びストローに口をつけてた。

「てゆうか、何どうしたの?」
「んんー?最近疲れちゃったというかしんどいなぁ、って考えが強くなってきてて不味い。」
「それは仕事?それとも他の何か?」
「……全体的に?」

下を見て、上を見て返答するのは彼女の癖だ。多分人は見てない。
目を泳がせるとは違ったそれは何となく目で追ってしまう。

僕らのそもそもの関係は会社の同期と言うやつで、
出会いは内々定者懇親会だった。
はじめはよく笑ってハキハキ自己紹介をする子だな、きっと似たような明るい彼氏でもいるんだろうなぁと漠然と思った。
その後は内定者研修で物事を順序よく、わかりやすい言葉遣いで説明する賢さを感じつつ、無意識ではあったがどこか近寄り難さも感じていた。
入社前に1度同期数人で食事会をした時は、見かけからは想像つかないくらいよく飲みよく食べる子で、いざ話してみるとこちらの言いたいことを汲んでくれるし、もっと話していたいと素直に思える相手だった。
入社後、配属先、部署は違えど彼女の評判は悪いものは聞かなかった
彼女のことだ、頑張っているんだろうとその姿は容易に想像がついた。

「楽しいってね、楽だよね。余計なこと考えないで済むし。安心はね、余裕ができるんだよね、考え事する余裕も。ただそんな時間も好きなんだけどね。」
「分かるけど、難儀な性格だね。」
「自分でもそう思う。」

ニッと笑う彼女はどこか男前だ。

「びみょーなニュアンスの問題なんだけどさ、楽しいと終わっちゃうのやだなぁ、って思うんだけど、安心してると続けばいいなぁ、って思うんだよね。上手く言えないけど。」
「それは俺との関係が続けばいいなぁってこと?」
「それも思うけど、でも一生じゃないんだろうなとか考えるよ。」
「それってどういう意味」
「前にも言ったかもしれないけど、いつか離れちゃうんじゃないかなぁって不安感?が拭いきれないだから困ったもんだよね。」
「こまったもんだね」

こっちを困らせようとして言ってるわけじゃないから困る。
その上こっちが困るのもわかってる、からタチが悪い。

「何でそう思うの。」
「多分だけどさぁ、「他に好きな人が出来た」って言われたらさ、ショックだし悲しいし、ムカつくしやるせなくなったりするんだろうけどさ、「嫌だ!別れたくない!」って泣きわめく姿は想像できないんだよね、私の場合。」
「確かに」
「と言うか、そういう姿見たら別れたくない?」
「まぁ、面倒だなぁとは思うけど、その時になってみないとわかんないかな。」

彼女の他に好きな人が出来た自分に違和感を感じないのも何だかなと思いつつ、先のことは分からないと常々思っているから可能性はゼロではないなと思う。
ただ、僕のことで取り乱す彼女を見てみたくないかと言えば、それは嘘だった。

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