見出し画像

舞台 無人島に生きる十六人 感想

はじめに

  • 原作「無人島に生きる十六人」は既読です。

  • 舞台は初日と千秋楽を観劇しました。

  • ネタバレしかありません。

  • むしろ2回しか見てないので、一部正確ではないところもあります。

  • 今回色々と考えるというか、思うところがあったので、それをひたすら書き連ねています。

  • なんていうか、大絶賛するタイプの感想ではないです。

結論から言えば

若手組から大人組まで、出番がそれぞれにあり、各役者さんが登場人物として無人島での生活を全うしている姿は大変素晴らしかったと思います。
映像を使っての波の表現は、映像だけにかまけずに、大きな布を用いて大波として現されていたりして、すごく好きでした。また、紐や旗、漕ぎ棒を上手く組み合わせて十六人が一体となったことで出来る「船」の表現が、とても好みでした。

また、役者さん達が一人一人、それぞれの役としての生をまっとうしている様には胸を打たれました。
無人島に流れ着いたあの十六人は、それぞれの葛藤や対立、トラブルを生みながらも、最終的には全員が心をひとつにし、自然に立ち向かっていく。
誰一人欠けることなく生還できた。生還できると分かったときの、全員それぞれがそれぞれとハグをし、喜びを分かち合うあのシーンが、私は1番好きで、やはりクライマックスというか、集大成というか、言葉に表すのが難しいんですが、胸に込み上げてくるものがありました。

重ねて、歌。歌が非常に素晴らしかった。普段あまり歌を耳にすることの無い役者さんは、その歌声が千秋楽までの間により通る声になっていて感動したし、歌の現場第一線で活躍している方においては、そのクオリティの高さに聞き入ってしまいました。
個人的には大人組が「希望の島」であることを歌った歌であるそれと、劇中何度も十六人を鼓舞するために歌われた「帆を上げろ」が舞台が終わった今でも頭の中で繰り返し流れています。

ただ、原作からの改変が非常に多く、極端なことを言えば「無人島に十六人が流れ着く」「無事に無人島から全員生存して脱出する」「登場人物の名前や役職の一部」以外は別物だというように感じてしまいました。
脚本が not for meでした。
原作を読まなければ楽しくも感動的なエンタメとして咀嚼できただろうと思いつつ、原作を読んだからこそ覚えた違和感が観劇中終始付きまとっていました。原作を読むことが悪いなんてことはありえないと考えています。そのため、言葉にしようと思いました。
中川船長視点での無人島で彼らが生き抜いた実話を、国後と範多の2人を主軸に置いた成長物語に変更したことによって、少しずつ原作の登場人物の設定がずれたり、また、原作では記載されていないような出来事が追加されたりしていて、果たしてあれは本当に「無人島に生きる十六人」だったのかと思わずにはいられませんでした。

以下、気になった点

  • 海にあまり出たことが無く経験の浅い国後。

    • 原作だと乗組員は全員がひと粒ぞろいの海の勇士で、国後は動物たちと仲良くなることに長けていてその生態に詳しく、最年少ではあるものの漁夫としては結構頼りになる人間のイメージがあったんですけど、ひ弱で、砂を運ぶのも頼りにならない人物像に変わってましたね

  • タイミング良く必要になったものを作っていた、という理由で全員から称賛される国後

    • あれちょっと露骨で嫌でした。他の皆は皆で協力して見張り台を作っていたから、全員が讃えられる方向にならなかったのかなぁとか。そんなのは範多じゃなくてもいい気分じゃないなって思ったんですけど、何故かあそこは範多(と父島)以外がわかりやすく称賛していたことと、範多の発言に対して全員が敵意を出していたっていう部分がすごく嫌な感じでした。お笑い要素も含まれていたとは思うんですけどね。

  • 差別や嫉妬など疑心暗鬼的なものにかられて自分の命を守るものでもあったウミガメの牧場を壊してしまう範多とそれを止めない父島

    • 捕鯨の経験者で、海で長く過ごしていたと。そして無人島に流れ着いた今、何よりも大事なのは食料や水の確保だっていうことが理解できないって、あんまりだなって思ってしまいました。一刻もはやく島から脱出して、自分の夢のために活動したいっていうのなら、むしろ早く船を増強するための施策や方策を考えるとか、そちらに至らなかったのかなぁ…って思ってしまいました。語られていないだけで、ところどころで提案したのに、それが受け入れられなかったことによる不平不満が出た結果なのか、とか。船で移動中に「これ以上先に島があるかわからないから一度戻ろう」って範多が言って、勇敢な海の男達ばかりだから、それを皆が聞かなかったっていうシーンが原作でもあるんですけど、にしたって、ここまでにするか…?って思ってしまいましたね…。

  • 全員が3日飲まず食わずで死にかけたところで、全員に謝罪で土下座する中川船長

    • よくもまぁあんなことをさせたな、と思ってしまいました。船長が土下座する理由が一切無く、そしてそんなことをしても何も解決しないというあの状況は、言葉を選ばずに言えばお涙頂戴要素のように感じてしまいました。

  • はなじろの扱いと仲良くなる人物の差異

    • 原作だと、国後と範多はあざらしと仲良くするという共通の規律違反を犯す過程で絆が育まれた二人だったりもします。そして、そんな二人でも、またそれ以外の乗組員でも手懐けることができなかったのがはなじろという一番強いあざらしで、それを手懐けることができたのが川口という展開でした。国後とのエピソードに大体がとって代わられていました。はなじろの肝を薬として食べて元気になってもらおうとするっていう話も、島わさびに次いで手に入った、植物性の食べ物である島ぶどうを食べて、それでも完全に持ち直すことができなかったから、あざらしに犠牲になってもらおう。という展開がありました。そしてそれも、不調になっている小川や杉田は最後までそれに反対していたり、また、仲良くなった当の本人ではなく、それ以外の人間達で殺そうとしたりするだけの絆や互いへの思いやりが描かれていました。

    • 極限状態であったり、大人組が居なかったり、という状況であったものの、自罰的というか自己責任的にあざらしと仲良くなった国後にそれを背負わせようとしたり、あざらしが仲良くなった人間のことを慮って自己犠牲的に戻ってきたみたいな展開にしたりっていうところも、それに依る葛藤や感動を表に出したかったみたいに感じてしまった。

  • 自滅しかけたところで流れ着いた船の缶詰など。

    • 私ここが多分一番ひっかかっています。なるだけ、全員が助かるように、規律を決め、それぞれの知恵や創意工夫を持って、無人島生活をはじめ、生き延びるための、数年暮らしてさえ行けるほどの基盤を築いた。乗組員十六人が心から一つになって、協力したことで生き延びることができた。と、私は原作を読んで読み取ったんですけど、舞台を見ていると「3日間も飲まず食わずだった彼らが生き延びることができたのは運によるものだった」にしか見えませんでした。この一点が、一番、話としてもやもやを感じています。

  • 後に宝島と呼ばれる島への探索人員の偏り

    • 島を守る人間も残さないといけない。という言葉を受けたら、普通は大人組が残るものじゃないかと思うし、探索の人数も半分が向かうなんてことにはならない。……っていう思考になるのが、果たして原作を読んでいたからなのか、それとも社会人経験してるからなのかはちょっと今となってはよくわかりません。

  • 川口という人物像

    • 川口は報効義会の一員として龍睡丸に乗り、若手組として本部島に残ったときにも「報効義会の一員として、島で生きる術を彼らに教えてやってほしい」と船長から言われていましたが、舞台では、大きな声で見張り台の上に立つ人。という印象のみが際立っているように感じました。本部島に残った上で、腹が減ったと叫ぶだけ、いやそんな馬鹿な。生き抜く術って他に無かったのか、とか。台詞が無いにしてもそれを匂わせたり、想像を巡らせる余地っていうのが欲しかったと思いました。

  • 宝島へ「食料を維持するため」ではなく「助けを求めるため」に行くことの非効率さ

    • 原作は重ねて言いますが「十六人全員が健康で生き残り、一回り成長して日本に帰る」ために食料や水の確保、それらを継続的に手に入れるために心血を注いでいたように私は感じました。だからこそ、新たな島への探索や、そこへの行き来のルール、本部島に草ぶどうを栽培できるように試行錯誤するなどの工程がありました。

    • 舞台に関しては、本部島でなんとか乗り切ることができて、一回り成長できた範多や父島が、交渉のための英語が話せるという点を武器として、船長からの指名もあったことをうけ、「船を見つけて助けをつれてくる」ために水夫たちを連れて向かうという展開になりました。その間、本部島はまた彼らを待つ日々が続いた、と、健康的に作業などを本当にしたのか?と思ってしまうような描写、というか、国後の心理葛藤描写が描かれていました。国後が迷い、葛藤するような余地があるほどの、何もせず待つ日々だったのか?という点が、今となっては疑問です。規律正しく、愉快に過ごすということがこの時点でできてないように感じました、という。

最後に

改めてお伝えしますが、演者の皆様の熱の入ったお芝居、船や波などの演出、合間合間の音楽劇としての表現は、どれもこれも素晴らしかったと思います。原作には無い(というか親子ですら無いけど)杉田父子の、親子としてのあり方がにじみ出る「台詞には載っていない」お芝居であるとか。範多が「こういうときは歌うんだ!」と自発的に発言する展開そのものは好みでしたし。登場人物が一人一人自分の夢や、考えについて発表する冒頭は登場人物の掘り下げがあったりもしてむしろ良かったところだと思っています。小笠原さんの歌の迫力や説得力はまさに小笠原さんとしか言いようが無いとも思いました。なんだったらDVDは買うつもりでさえいます。

ただ、脚本が私には合いませんでした。
原作を洗錬させて研ぎ澄まして、本来収まらないだろう2時間ちょっとの中に濃縮させた事実譚としての「無人島に生きる十六人」が見たかったと、今となっては思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?