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ー アスノヨゾラ哨戒班 UNSTABLE SKY COLOR ー 第一話


 ー 一話 真夏と少年の天の川戦争 ー


 それは、星がよく見える夏の始まりの夜のことだった。
 遮る雲も月の光もなく満点の空に闇が煌めいている。真上には星、下には雲が絨毯のように敷かれてる。

 その間隙を裂くような音速で戦闘機は飛んでいた。



 僕は合衆国の士官学校の航空兵、十六歳だ。卒業したら戦闘機のパイロットになるはずだった。

 けど逃げた。

 全部が嫌になったんだ。今までのことも、将来のことも、全部暗闇だった。
 だからその暗闇から逃げてきた。
 逃げた先のことなんて考えもしてなくてただただ辛い今から逃げたかった。
 今を楽にしようとした。くだらない現実逃避ってやつだ。
 逃げる際に戦闘機を一台拝借した。多分国に帰ったら立派な犯罪者として祭り上げられるだろう、あぁもちろん血祭りだ。

 そんな感じでただがむしゃらにこの辛い今から逃げてしまおうと思い続けたその一心で僕はここまでの行動をしてきた。

 だから逃げたあとのことなんて一切考えていない。

 考える暇がなかったのだ、無我夢中で追手の戦闘機から逃げ切って結構遠くまで来れてしまったから。

 逃げきって疲れ切って真っ白になった頭で、僕はあたりの警戒もせずただ戦闘機の中でぼーっと過ごしていた。

 そんな時だった。
 白い光が星と星の合間をぬって、天の川のあいだを走って来るのが見えた。
 僕は一瞬戸惑い敵国の新兵器か何かと思いながらそちらに目を向けた。
 よく見てみるとその光は僕と同じ方角から飛んできていることにに気がついたから、流れ星か何かかと思い眺めていた。

 綺麗だなーとか思いながらその光を眺めていると、ふと、誰かの声が聞こえた。 
 知らないはずの少女の声。儚げで小さくてとても弱い。今にも消えてしまいそうな声が聞こえた。


 『たすけて』

 その時僕は気がついたんだ。

 その光の中に「白い少女がいる」ってことに。


 気がつけば、僕はその白い光。
 いや、その白い少女を追っていた。
 何故僕がこんなことをしているかなんて僕にもわからない。けど何故かその声が懐かしく思えたからなのか、これといった目的がないからなのか。僕は速度を上げてただ少女を追いかけた。
 追っていくうちに白い少女のスピードはだんだんと遅くなっていき、気づけば僕の戦闘機と同じくらいの高度を飛んでいた。

 少女は落ちてゆく。
 僕も少女を追って落ちていく。
 少女の飛ぶスピードはどんどんと落ちていると言ってもその速さは僕の戦闘機の最高速度以上の速さを保っていた。
 だから僕は見失わないように必死にその光を追いかけた。

 僕は目を凝らして、すぐ目の前を飛んでいる少女を見た。
 少女はかなり強い光を放っていたが、目を凝らすうちにだんだんとその光も薄くなっていった。

 少女の光が薄くなってきたと同時に少女を包む光が大きな翼のようになっていることに気がついた。
 そしてその翼から真っ白な羽根が一本づつはらはらと剥がれいっている。ことに気がつき、それが彗星の尾のように、戦闘機のコントレイルのようになっていた。
 羽根が剥がれていくたびに少女のスピードは速くなり、高度もどんどんと落ちていく。

 ついに少女は近くにあった島に落ちてしまった。

 僕は戦闘機をその島の砂浜に着陸させて、その少女が落ちた島の近くに止めて、少女を探しに島に降りた。

 島の砂浜に降りた時僕はすぐにヘルメットを外した。汗で少し蒸れていた髪を少しクシャッと掻き上げ、着ていた対Gスーツのジッパーを胸元まで下げた。
 めちゃくちゃ蒸し暑かった。夏だからってのもあるけど、一番の原因はこの島の気候のせいだろう。
 この小さい島はヤシの木が何本も砂浜に生えていて、ヤシの木のその向こうにはよくわからない木やツタが絡まっている草がボーボーに生えていて奥がよく見えないジャングルができていた。
 そして、何よりも鳥や虫の音、風のなびく音すら聞こえてこないところに僕は少しばかり畏怖の念を抱いた。

 一応、森に向かって声をかけてみる。

 「大丈夫ですかーーー」 

  ………返事がない。

 僕は少女を探すためその小さなジャングルに入って行った。


 ガサゴソと草をかき分け根を飛び越え、木々を薙ぎ倒して進んで行く。
 数分間が数時間に感じる。心も体もへとへとになりながらジャングルを進んでいく。
 ツタや草、そして何よりもこの蒸し暑さが僕の体力を少しずつ削っていき、木々の闇はどんどんと深くなって暗くなってゆく。次第に僕の心までネガティブになっていく。
 本当に少女がこの島に落ちたのか。もしかしたら見間違いだったのではないかと思っていた。空を飛ぶ羽の生えた少女なんてやっぱりフィクションの中にしかないんだ。そうだよ!あれは見間違いだったんだ。とか考えていたその時だった。

 光、星の光が見えた。

 木々はきれいに真ん中にポッカリと、円を描くように生えていて、木々の隙間から星の光が差し込んでいた。
 そして、そこには、あの彗星の中にいた少女がいた。
 白い羽の上で少女は眠っていた。
 草木は少女を避けながら包むようにして生えていた。その光景はまるで神話のワンシーンのようで僕は息を呑んで目が離せなかった。
 「綺麗だ」
 そう言わなければいけない、そう言うのが僕の使命であるという気すらしていた。
 僕はその寝ている少女にゆっくりと近づいていく。まるで寝ている子を起こさないように静かに歩いていくように、地面に膝を付き、まるで祈るかのようにゆっくりと近づいていった。少女と距離が近くなって行くうちに心臓の鼓動が早く大きくなっているのがはっきりとわかった。

 ついに僕は、少女のそばに辿り着いた。
 少女は全身が白かった 歳は十何歳かぐらいの少女、その短い髪は透き通るような白さで それに呼応するように深い白色のワンピースを着ている。裾から見える白い素足、靴を履いていない。
 美しさの限界まで白くさせたようなその肌こそが彼女の神々しさの所以なのではないかと感じる。そして彼女のシトラスのような香りから、僕はどこか懐かしいものを感じていた。
 そんなことを思っているうちに、少女が目を覚ました。

 少女はゆっくりと体をおこして目を擦った。
 そして僕に気づいたようだ。
 彼女は目を大きく開いて僕を見つめた。

 僕は驚いた。


 白い少女の綺麗な青色の瞳から透明な雫がこぼれてたから。

「君は…なんで…」
 僕が口を開き話しかけるのと同時に少女も口を開き話しかける。

「ねぇ、あなた…なんで泣いてるの?」     

「え………?」

 いつの間にか僕の目からも雫がこぼれていた。
「いや…でも君だって…泣いてるじゃないか」
 僕がそう言うと少女はそこで初めて気がついたかのようにゆっくりと涙袋に指を当てた。そうすると彼女の瞳からまた一つ雫がこぼれた。
 僕も同じように目元に手をやった。そこで、確かに僕も涙を流しているということに気がついた。
 涙を拭っていると少女がまた口を開いた。
「あれ…涙が止まらない。なんで?」
 少女の方に目線を戻すと、少女が両手で目からこぼれる涙を拭っていた。

 しかし、そんなことでは止まらず少女の瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちる。
「なんで…なんでなの」

 少女が泣いている姿になんとも言えないもどかしさを感じるのと同時に、僕の身体は無意識のうちに動いていた。
 まるでいつものように少女を宥めるかのように、自然に僕の体は立ち上がって彼女の涙を拭おうと手を伸ばしていたのだ。


 涙ぐんでいる少女の目元にするすると指が伸びていく、彼女の純白の髪は新芽のようにツヤツヤとしていてその眩しさに目をそばめてしまいそうになる。
 自分の指を目で追って行くうちに自然と彼女と目が合った。

 彼女の青い瞳は僕の姿を映していた。

 そこでハッと気がついた。僕の指は彼女の雫に触れる寸前まで来ていたということに。
「あっ、いやごめん。勝手に触ろうとしちゃって」咄嗟に手を引っ込めた。
「ううん、ありがとう。あなた優しいんだね」
 少女は白い腕で涙を拭った。僕もつられて自分の腕で涙を拭った。
「ところで、あなたは?」
 少女が話しかけた。  
「僕の名前はソラです。合衆国から来たんだけど。君は...?」

「私は…ッ、」
 少女は苦しそうな顔をして頭を抑えた。
「ごめんなさい…」僕が心配そうに近寄ると、少女は苦しむように一層強く頭を抑えた。「ごめん、ちょっと色々と考えたい。時間をくれない?………あ、私はどこも悪くはないから大丈夫だよ」そう言いながら少女はまた目を閉じて横になった。


 彼女のことを心配に思いながらふと、少女の足元の方に顔を向けると、そこには大量の白い羽根が落ちていた。
 僕は彼女の足下に落ちていた羽根の一枚をつまんでみた。見た目は雪のように白くとても薄い。
 ふんわりと軽いその羽根をよく見てみると羽根の繊維一つ一つはまるで3Dプリンターで作られたような人工物のようだった。しかし、そんな人工物からは、まるで生きているかのような温かさを感じた。
 僕が羽根を観察していると少女が目を覚ましたようだ。
 とりあえず、持っていた羽根をポケットにいれた。


 彼女と話をしていくうちに、彼女は記憶喪失であるということがわかった。彼女が何をしようとしていたのか、なぜ空を飛ぶことができたのか、そもそも空を飛んでいたのかすら全く覚えていないようだった。

「そういえば、あなたは何をしにここにきたの?」 

「僕は君が気になってここにきたんだ」

「そうだったの、なんだかごめんねよく覚えてなくて」少女はしょんぼりとしている。
「大丈夫だよ、とりあえず君に怪我がないようで良かったよ」


彼女は僕の乗ってきた戦闘機と同じ高さから...いや、もっと高いところから落ちてきた。しかしこの羽根のおかげなのか彼女には傷一つなかった。でもあの高さから落ちてきた影響なんだろう、彼女は記憶喪失だ。これから彼女はどうするんだろうか。
 そんなことを考えていると少女は僕にまた訪ねてきた。
「ソラはこれからどうするの?」
「僕?僕はそうだな、これから何処かに行くつもり」




「何処かって?」

 何処か?それは………………………

「それは…ずっと遠くのどこかだよ。ここよりもずっと遠くのどこか」
「ふーん、なんだかすっごくふわふわしていて曖昧だね」
 全くもってそのとおりだ。
 僕はなんとなくでここまで来てしまったのだ。戦闘機を盗み出してそして合衆国軍の追手を掻い潜って飛んできたので元いた場所に戻ることもできなかった。だから『何処か遠く』に逃げるしかないのだ。
 少女が口を開く。
「なら、私もあなたのいう何処か遠くへ連れて行ってくれない?」
「え⁉︎」
「私も何処か遠くに行かなきゃいけない気がするの。それがどこかわからないけど、それを思い出せるまで私も連れて行ってほしい」

 僕は少しも考えずに二つ返事で答える

「いいよ、君も連れて一緒に遠くの何処かに行くことにするよ」
「やった!︎」少女は微笑んだ。
「じゃあ早く、行きましょう」そう言いながら少女は立ち上がった。
 そこで僕は聞き忘れていたことを思い出した。

「そういえば名前を聞いてなかった。君の名前は…ってああ記憶喪失なんだっけ」
 僕がそこで話を終わらせようとしたとき少女は真っ直ぐな声で言った。
「ロア」
「私の名前はロア、ロアって呼んで」
 なんだか聞き覚えのあるような名前だ。

「じゃあ行こうかロア」

 僕は彼女の後ろから歩いて向かう。草木を薙ぎ倒して来たのは、僕が飛行機のところに帰りやすくするためだったのでちょうど良かった…ってあぁ‼︎
 「うわっッ‼︎」少女は転んだ。足元の木の根っこにひっかかったのだ。
 ころんだ拍子に彼女は何かを落としたようだった。
 僕はそれを拾い上げた。見たこともない物だ。三センチぐらいの長方形のなにか。戦闘機についていたパーツのように見えたからとりあえず、そのパーツを胸ポケットにしまい少女を追いかけた。

 ーソラ達から数千キロ離れた合衆国空域にてー

 大きな黒い軍用の飛行機が空の闇に身を隠し飛んでいた。


 「まだ見つかりそうにもないんですか?」
 落ち着いた声で尋ねる、その男は、博士だった。金髪、白い白衣を着て透明なフレームの眼鏡を掛けている。そしてそのメガネの奥の瞳は穏やかな青色をしていた。
「はい。まだ少女は見つかっていません」
 灰色の迷彩服を着た軍人が答えた。短く切られたツーブロックと茶髪のせいなのか若々しく見えるが彼のブラウン色の眼には幾つもの死地を抜けたきたような光を宿していた。
「そうですか、あぁロア、君はどこまで飛んでいってしまったのやら。今日中に見つからなければ捜索するのはまた後日にするとしましょうか」
「はぁ…分かりました」その隊長らしき男が答えた。
「それにしても、博士。その少女一人のために最新のステルス無人機まで乗せるだなんて…あれは本当に捜査に必要なんですか?」
「そうだと言っているでしょう、あの子は合衆国の宝であり、そして何よりも大切なうちの子なのですから!
しかしあまり時間がかかりすぎるのも問題です。最悪、少々傷がついても構いません。迅速に、確実に連れ戻しましょう」
 そう言いながら白衣を着た博士はソラがいる島を指さした。
「あの島から反応がありました。行きましょう」
 先頭は博士の指の方向へと向かっている。
「それに彼女はまだ未完成ですからね」

 ーソラとロア、戦闘機内にてー

 僕は少女を、戦闘機に乗せて星空を飛んでいた。
 この戦闘機は二人乗りではないので、だいぶギチギチになりながら座っている。
 「…っごめんちょっと!…もうちょっと横にずれてくれない!?」(ギチギチ)
 「いや…無理だよ!これ以上横にずれることなんてできない...!諦めてくれ…」(ギチギチ)
 「こっちだって無理だよ…だってもうずっと狭くてギチギチなんだもん…っと‼︎」
 少女がうまく隙間に入った。これでなんとかギュウギュウにならずに済みそうだ。
 「ふぅ〜よかった…」
 雲の中を抜けると、星が見える。
 「なんとかなったね…」

 僕は隙間に入ったその少女を眺めてから戦闘機の操縦桿を握り直した。
 私も連れて遠くに行って欲しいと彼女は言っていたけど、どこに行けば良いのやら。
 とりあえず僕が飛び出した合衆国と反対方向に飛んでみることにした。太陽が沈む方向だ。

 まあ、多分そんなことは無いとは思うが、このまま真っ直ぐに突き進んでしまったら外国に着いてしまうなんてことはないよね?
 実はもう結構進んでしまっていて合衆国に戻ろうとすると燃料が足りずに目の前で落ちるような所に来ていた。燃料だけでも手に入れようにも、この辺りに基地はないし…いったいどうすれば良いのやら。まぁ僕も合衆国に戻る気なんてないから進むしかないのですけど。
「そういえばソラは遠くに行こうとしてるけど、家族とか友達とかそういうの大丈夫なの?」
「あぁ…多分大丈夫だと思う。友達に関しては、いなかったし…」僕は軽く微笑を浮かべながら少し遠くを見つめた。
「そっか………じゃあ私があなたの最初の友達ね!」
 彼女の言葉に僕は目を丸くした。
「いいの?こんな僕が君の友達になっても」
「うん、なんか見てていたたまれなくなっちゃって…」
「え?同情されてる?僕同情で友達作ったの?」

 …とりあえず僕の初めての友達ができた。ヤッター

「私も記憶がないから、ソラが初めての友達だね。まあでも記憶が無くなる前はたくさん友達いたんだけどね!」
 ロアは狭い空間の中で胸を張り鼻を鳴らした。
「記憶がないのをいいことに…」
「いやいや、記憶がないとは言っても普通のことなら覚えてるんだから!」
「普通のことって何さ?」

「友達の作り方とか」 空前絶後のドヤ顔だった。

 …言うねぇ

「あ…ごめんね、悲しい気持ちにさせちゃって」
「うるさいなぁ…!」弱々しく言った。
 あはははとロアは笑い、僕は泣きそうになっていた。

 そんな感じで僕とロアはかなり打ち解けて和気あいあいと話していると、戦闘機のレーダーが鳴った。
 僕たちが来た方向、つまり合衆国の方から何かが飛んできている。
「なんだ?」僕は後ろを振り返る。しかし目視でそこに広がっていたのはただの闇だった。
「ソラ!あそこ!右の方見て!」
 ロアが指差す方を見てみると、暗い空の中、その闇の中からミサイルが飛んできた。

「あぶなっ!!」
 咄嗟にミサイルを避けた。避けたミサイルは自機をかすめて遠くで爆散した。

 素早くミサイルの飛んできた方向に目を向けるとそこには黒色の戦闘機が浮かんでいた。
「あれは...!でもなんで!?」
 その戦闘機は明らかに僕らを追っていた。しかも見たことのない機体ということはおそらく最新機なのだろう。でもそんなのが僕の型落ちでボロボロの戦闘機を追いかけているのだ。
 いくら僕が勝手に戦闘機を盗んだからって見るからに強そうな戦闘機で僕を追いかけなくてもいいじゃないか!

「違う、あれは…私を追ってるんだと思う」
「え!?」
 僕は合衆国に追われている。その理由は僕が戦闘機を盗んだからだ。盗んだそれが型落ちボロボロ戦闘機だったとしてもあの国は僕のことを犯罪者として始末しにきたんだ!なんてことだ!

 とか勝手に想像していたがどうやら違うようだ。

「もしかして君はあれから逃げるために遠くに行こうとしていたんじゃないか?」
「...そうかもしれない」
「なら頑張って逃げなきゃね、僕も捕まるとまずいし」
「でもこの戦闘機で逃げられるの?」
 …この戦闘機じゃあれとはスペックが違いすぎる。けどこの戦闘機には僕が乗っている。 

「ロア、このヘルメットかぶっておいて」
 僕は足元に置いてあるヘルメットをロアに手渡した。
「…え?これってソラが被らなきゃいけないものなんじゃないの??」
「大丈夫、僕結構丈夫なんだよ、君が怪我しちゃうといけない何処かに掴まってて」
 ロアはシートベルトをギュッと掴んだ。
 一人乗りの戦闘機に二人で乗ってることは完全に忘れ去って。僕は操縦桿を傾けた。それと同時に機首が上を向いて機体が急上昇していく。

 これは型落ちの少し古い戦闘機だ。でも僕は絶対逃げ切れると確信していた。


 じゃあ、やるか。
 息を大きく吐いた。


 機体を少し傾けて目視で相手を確認する。相手との距離はかなり離れていて相手の機首は6時の方向を向いている。
 敵機体をよく見てみると、その姿は闇に紛れるように漆黒に彩られており、その平たく硬いフォルムからは虚無感のような不気味さを感じる。そして何よりも特筆すべきことにその機体には操縦席がなかった。

「無人機か」
  無人機なら遠慮なく撃ち落とせる。こちらの装備は25mm機関砲 空対空レーダーミサイルと空対空赤外線ミサイルが二発ずつ。新型を落とすには十分だ。
 さて、あれは遠隔操作なのか、それとも最近流行りのAI搭載機なのだろうか。
 どちらも厄介だが、AI搭載の機体なら更に厄介だ。士官学校内の風の噂で最新機には現在使っているレーダーと異なる新型レーダーが搭載されていると聞いた気がする。
…まあ見たことない機体ってだけでまだ最新機と決まったわけじゃないし、とりあえず先手必勝。
 ソラは機体を動かしさせて相手を正面に入れたあとすぐに、目標をセンターにいれてファイア、操縦桿に取り付けられたボタンを押してミサイルを放った。
 相手機の遥か上空にいるソラの機体から一発のミサイルが相手機の真上に向かって飛んでいった。

 ほぼ真下に飛んでいったミサイルは重力を帯びて、そのスピードをさらに加速させる。しかしそのスピードを存分に活かすことはなくミサイルは空中で爆散。相手機のフレアに誘導されてしまったのだ。
『フレア』=赤外線ミサイルを欺瞞するデコイ。

 爆散したミサイルの爆風の中から敵機が全速力(フルスロットル)で飛び出し急速に距離を詰めてきた。
「速い…」
 向かってきた相手機に対してソラは機銃で迎え撃つ。
 放った徹甲弾は相手機をかすめたが当たることはなく避けられた。
 機体同士は空中で交差し合う、無人機の滑らかで無機質な表面にはいくつかのカメラがあることが確認できた。そしてその底面には外装に積まれたミサイルの影はなく、機首に一つ大きな突起物がありカメラか何かに見える。
 それらを確認できたのはほんの一瞬だけだった。交差し合った戦闘機たちは互いに遠ざかって行く。

 ぶっちゃけ戦況はあまりよろしくない。僕の乗っている戦闘機はステルス機であり、ドッグファイトのような空中戦闘がメインの機体ではない、ぶっちゃけドッグファイトが苦手な機体なのだ。僕しか攻撃していないから相手の武装がイマイチよくわからないというのもある。まぁ勝てないというわけでもないが。

 素早く機体を右に旋回させたところで、一発のミサイルが真正面から飛んできた。
 操縦桿を傾けて機体をそのまま勢いでロールさせミサイルを躱す。なんとか当たらずに済んだのだがロールをしたのと同時に相手機を見失ってしまった。
 どこに行ったんだ…?
 前後左右を見渡してみるが、その無人機の姿はどこにも見当たらない。仕方なく自動捜索(スーパーサーチ)を行ってみる。反応を見てみるとレーダーは上を指していた。

 迅速に、とてつもない勢いで鉄の塊が降ってくる。
 と思えばいつの間にか僕の背後を取られている。
 ラダーペダルを踏みながら機首を右に向け、機体の角度は90度。相手機との距離を十分に離す。
 距離を離す途中で相手機にロックオンされたようで警告音が鳴り響いていた。
 気にせず相手との距離を離す。
 警告音がより激しく響く。
 まだ…まだだ。
 音の感覚がどんどん小さくなっていく。
 まだ…もう少し
「ピーーーーーーーーー!!!!!!」
 今だ。
 ラダーペダルを踏み込み機体を急降下させる。降下させた勢いでそのまま相手のミサイルの照準線から離脱。そのまま下に日がる雲の絨毯の中に飛び込む。
 木の葉落としの動きだ。
 一度機体の体勢を整えて息を吐く。
 流れるように油圧、油温、燃料計をメーターでチェッk


「ってロア!大丈夫⁉︎」
 上昇中にかかるG(重力加速度)のことをすっかり忘れていた。さっきから静かだなとは思っていたがそりゃそうだ、3Gとか5Gとかそのへんの常人なら気絶する最悪死ねるようなGが何度もかかっている。僕はGをあまり感じない丈夫な体なのでGのことなんか微塵も頭の中になかった。
 恐る恐るロアを見た。

「………。」

 ………え?

「…って、ソラどこにいるの?」
………へ!?

「なんか全部透けて見えてるんだけど、どうしたらいいの?なんか変なグラフみたいなのも見えてるし…」

 どうやらロアに被らせたヘルメットはバイザーに情報や機体の外の映像を投影するシステムがついていたらしく、それに気を取られていて全くこちらのことに気がついていないようだった。

「…大丈夫そうならいいか」
 なんでロアがピンピンしていたのかということについては深く考えずに僕は意識をドッグファイトに戻した。

 雲一枚を挟んだところに敵機が飛んでいる。筈なのだが目視では雲の上が今どうなっているのかわからない。
 一度雲の上に顔を出して相手を探すか?いや、待ち伏せをしている可能性がある。その場合、顔を出したと同時に激しく攻撃を仕掛けて来るだろう。
 どうしたものか…
「ソラー」
 ロアが上を見上げながら言った。
「なんか相手さん上でずっとぐるぐるしてるよー」
 実際にレーダーを確認すると敵機は雲の上でぐるぐると旋回しているようだった。
「あの飛行機…人が乗ってない?」ロアは上を見上げながらつぶやいた。
「うん無人機だからね、誰かが遠くから操作してるから人は乗ってないんだよ」
「そうなん…だ」驚いたような不思議そうな表情を浮かべているのがディスプレイ越しにわかる。
「それでロア、今相手はどんな感じなんだい?」
 ロアは静かにしばらく上を眺めたあと口を開いた。
「まだ回ってるんだけど…なんか遠くに飛んでちゃったよー私達のことを見失っちゃったみたい?」

 え?

 索敵レーダーを確認すると確かに敵機は僕らのいる場所とは見当違いの全くかけ離れたところを飛んでいるように見えた。
「ほんとに見失ってるみたいな動きだな、でもなんでだろう?あっちの機体のほうがレーダーの性能が良いはずだから僕らを見失うってことなんかないはずなのに」
 うーんと首をひねって考えているとロアがこういった。
「雲で私達の姿が隠れてるから見えないんじゃないの?」
「いやいや、目視じゃないんだから見えないなんてことはないはず…」
 そう思って一度レーダーを確認してみると、敵機はさらに遠くを飛んでいた。
 どうやら本当に見失っているようだ。レーダー壊れちゃったのかな?
「このまま逃げられるんじゃない?」
「逃げてもいいんだけど。もしまた戦うことになっちゃったら弾と燃料が足りなくなるんだよ」メーター等を横目で確認しながらいった。
「じゃあ撃ち落としちゃおう」

 さて、どうやって撃ち落とすかな。
 しばらく戦ってみてわかったけどスピード、機器、兵器はすべて敵機に上を行かれてるわけで、いまなんとなくわかっていることが「敵機体には雲の先の物体をとらえるレーダーはない、もしくはそのようなレーダーは破壊されている」ということ。
 いや、こっちのアドバンテージデカすぎるだろ。
 よほどのヘマを起こさない限りこちらが負けることはないだろう。
 だから僕らは少し調子に乗っていた。
「うーん、雲の下から相手機を撃ち落としてもいいんだけどそれじゃあなんだか面白みがないな」
「敵を雲の中に突撃させて戸惑ってる間に撃破とかどう?」

「採用」

 だいぶ物騒な攻撃の仕方だが気に入った。

「…それじゃあロアまた何処かに掴まってて」「りょーかーい」
 ロアが僕のシートベルトに掴まったのを確認してからすぐさま操縦桿を握り直してスロットルをふかした。
 機首が上を向き、機体が雲から宙返りをするようにして勢いよく飛び出した。
 レーダーで敵機体を確認、敵機体を正面に入れロックオン後すぐさまミサイルを放つ。
「ファイア」
 真っ直ぐに愚直に進み続けるミサイルは敵機体の後方を完全に捉えていた。
 が、敵機はフレアを巻くこともなく軽く宙返りをしてミサイルを避けた。

 敵機体も僕らに気づいたようで、フルスロットルで飛行してくる。いや、ほんとに速い、僕の機体より全然速い。いつの間にか目の前にいる。

 敵機体は正面からピチピチと機銃を放ってくるので機首を軽く上に向け回避する。
 その隙を取られ下に潜り込まれた。と思ったらいつの間にか背後を取られている。

背後を取られているのでいつ攻撃を仕掛けられてもおかしくない。
そんなこと思っているとまた敵機にロックオンされたようで、警告音が鳴り響いている。

「ピ──────────────────────────────────!!!」
 放たれたミサイルは真っ直ぐに突撃してくる。
 同時にフレアを撒く。
 散らばったフレアの一つにミサイルが誘導され弾けたのと同時に旋回行動を取リ始める。

「ロア、多分めちゃくちゃ重くなる。覚悟してて」「りょーかーい」

 敵が追尾してくる方向に機首を向けて最大Gによる旋回を実施する。

 狙うは敵機体のオーバーシュート、ブレイク・ターンを行う。

 敵が後方にいる状態で大きく旋回を行うことで敵をオーバーシュート(目標地点から超過)させる。戦闘機の回避行動の一種。
 成功させることができれば相手の後方につくことができ戦術的優位(タクティカル・アドバンテージ)が取れる。
 しかし大きな負荷(G)がかかりやすく失敗すれば相手に後方に付かれ撃ち落とされる。ハイリスク・ハイリターンな技だ。
 操縦桿を傾けると同時にGがかかり機体が空気の波を裂きビリビリと細かく揺れる。
 操縦桿を少し下に傾ける。
 機体がさらに大きく揺れ動き、体により強い負荷(G)がかかるのを感じる。ずっしりとした重みがのしかかって来る感覚は自分の体よりも何十倍も大きい水の塊が体中に押し付けられているようだ。
「狙うは敵のオーバーシュートッ…」
 さらに体が重くなる。全方向からぎゅうぎゅうに締め付けられているようでだんだんと視界がぼやけながら狭まって行くのを感じる。
 ぼやけた視界で敵機を確認する。
 斜め後ろに敵機の機首が見える。敵機の機軸には入っていないこのまま振り切ることができればブレイク・ターンを成功させることができる。
 力を振り絞った。
 勢いのまま操縦桿を振り切ったああああああああああああ!!!





 空気の波を掻き切るような轟音が通り過ぎた。

 それと同時に後方にいたはずの敵機の姿が消えていた。



「ソラ!あれ!」
 ロアが空に向けて指を指す。

 指の先に見えたのは旋回軌道に乗ることができず円周の外に飛び出しその先の大きな雲の中に突撃していった無人機の姿。

 それからの行動に迷いはなかった。
 雲に全速力で突っ込み思いのまま機銃を全弾打ち込む。

 雲を抜けた。レーダーに残ったのは確かな手応えだけだった。

「ロア勝ったよ!」ロアの方を笑顔で見る。ロアもそれに答えるように笑顔を浮かべた。
「それは良かった…けど、この飛行機大丈夫なの…?」
「え?」


 僕の飛行機はどんどんと高度を下げ始めていた。このままだとやばい、落ちる。
 とりあえず機首を上げて高度を確保しなくty

「バスンッ‼︎」と戦闘機の後方から嫌な音が聞こえた。
 振り返って見てみると、尾翼(スタビライザー)が取れていた。
 古かったからね。強い負荷(G)に耐えられなかったんだろう。
「ヒュ────」と音を立てて僕らの乗った飛行機は死ぬ高さから垂直落下していった。

「まずい!まずい!まずい!!!このままだと地面とぶつかってお陀仏だ!ロア!僕に掴まって!緊急脱出(ベイルアウト)する!」
 ロアが僕に掴まったのを確認しながら緊急脱出のレバーを思いっきり引いた。

「ボンッ!!!」
 二人の体が機体から投げ出された。それと同時に僕らの乗っていた戦闘機が真下に滑るように落ちていった。
「なんとかなったかな」落ちてゆく戦闘機を眺めながらつぶやいた。
「よ…良かったー」力が抜けたのかロアは僕の肩に頭をもたれかけた。
 彼女の柔らかなシトラスの香りが僕の鼻に漂い、なんだか眠くなってくる。彼女も僕の肩の中で静かに瞳を閉じていた。
「ロア大丈夫?疲れたよね?ごめんね、無茶な操縦しちゃって」
「いやいやぜんぜん大丈夫だよ!ソラこそ操縦お疲れ様」彼女のにこやかな顔を見て僕はホッと息をついた。

 見上げるとそこに遮るものはなく、空を覆っていた雲もいつの間にか晴れていて、満天の星が僕らを見つめていた。上に広がる天の川を眺めたときに吹き抜けた風がなんだか気持ちよく感じる。

「.......................................あれ?パラシュートは?」
「……………………………え?」

 上を見上げるとそこに遮るものはなく、風でバタバタとなびくヘタれた布切れが宙を待っていた。

 二人は叫ぶ。
「『うあああああああああああああ!!!」』

 少年少女は落ちてゆく、どこまでも…どこまでも………。








※この作品は、Orangestar さんの「アスノヨゾラ哨戒班」の二次創作です
※この物語はフィクションです。実際の事件、人物、団体とは一切の関係はありません


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