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秋葉原-第3話「秋葉原探索ゲーム」

※この作品は2024年1月に開催された
ニュー新橋ビル商店街・秋葉原駅前商店街振興組合主催のイベント
「しんばし×アキバ カコ↓イマ↑ミライ展〜過去を知って、今を感じて、未来を描く〜」のために書き下ろしたものです。
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 父親は多趣味の人だった。機械いじりや音楽・映画鑑賞などいろいろなことを嗜み、休みの日にはよく秋葉原に出かけていた。
「あの街には、図書館にもインターネットにもないものがある」
 そう言っていた。俺は、その意味がわからなかった。ネットで検索して出てこない知識は存在しない。ネットで探して買えないものはない。そう思っていたから。
 父の死後しばらくしてから、顧問弁護士だったという人物から書留が送られてきた。自分に何かあったら息子に渡すようにと託されていたとのことだった。
 値打ちのある遺品かもと期待したが、それは全く意味不明の代物だった。
 1本のカセットテープだ。表面に、「◯◯へ」と、俺の名前が書かれていた。確かに父の字だった。
 カセットテープ。昭和の時代、盛んに使われていた録音媒体だ。遺言でも吹き込まれているのだろうか。なぜわざわざこんなものに。もしかしたら父は、どこかに隠した遺産を俺に相続させるにあたって、一種の試験をしようと思ったのではないか。
「このメディアを再生してメッセージを解読することができたらお前を認めよう、遺産はお前のものだ」
 推理小説の読みすぎかもしれないが、俺はそんなことを妄想していた。

 カセットテープを再生するプレイヤーはネットで手に入れることもできたが、在りし日の父を思い出して、秋葉原に行ってみることにした。
 秋葉原は、いろいろな顔を持つ街だ。電子部品、家電製品、パソコン、ゲームやアイドル……と、世代によってこの街のイメージは違う。
 そして、表舞台から退場した商品群も完全に消えたりはしていないところが、この街の面白さだ。たとえば古今東西の様々な記録メディアを扱っているショップがある。30年前のパソコンを修理してみたという人が当時のフロッピーディスクを求めに来ても、その未使用品がちゃんと手に入るのである。
 そんな店の一つに入った。安い小型プレイヤーを1台買うつもりだったのだが、店主は親切な人だった。古い磁気テープにちゃんと音が残っているとは限らないから、まずここで確かめてみるのがいいだろう、と。それに1本聞きたいだけなら、もしかしたらここで再生すればそれで済むのではないか。それならプレイヤーを買う必要はないよ、と言ってくれた。
 テープを持ってきてよかった。手渡すと店主はそれをしばらくじっと観察してから、プレイヤーに差し込んだ。
 そこから流れてきたのは父の声ではなく、ものすごいノイズだった。
「やっぱりテープが劣化してるんですかね」
 店主は首を振った。
「音声ではなく、別の種類のデータが入っている。この音は……間違いない。映像のデータだね」
 さすが、秋葉原だ。店主は教えてくれた。カセットテープは音声の録音再生用に普及していたが、用途はそれだけではなかった。パソコンがまだマイコンと呼ばれていた時代、そのプログラムを記録するために使われていたのはカセットテープだったのだという。
 しかし、このテープはそれでもないと彼は言った。
「これは映像だ」
 VHSやベータと呼ばれるビデオカセットが急激に普及した1980年代、アメリカのおもちゃ会社が、カセットテープに録画できる子供向けのビデオカメラを発売したことがあったという。
 このカセットにはその映像が入っていて、つまり、そのビデオカメラでないと再生できないというのが店主の見立てだった。
 呆然としている僕の前で、彼はさらさらと地図を描き始めた。
「ガード脇の、パーツショップが集まってるビルの2階だ」
 ここから徒歩5分の場所だ、と教えてくれた。
 レンタルショーケースとは、店内に設置したショーケースの中を小分けにして貸し出す業務形態だ。借り主はそのスペースに自分の売りたいものを展示して販売委託をする。マニアの集う街、秋葉原で展開される先鋭的な小売業といえば当然とても珍しい商品が並んでいるところが多い。到着した店もそうだった。
 短波専用のラジオ、昭和のアニメキャラのフィギュア、様々な日用品を模した防犯カメラ、と、ショーケースごとに借り主の趣味がわかるコレクションが並んでいた。
 変わった形の小型ビデオカメラがぎっしり詰め込まれているケースがあった。どれも見たこともない機種ばかりだ。目当てのカメラはそこにあった。
 代金を払うと、店員は商品と一緒に「売主さんからのメッセージがついています」と、紙片を渡してくれた。
 広げて読んだ。
「再生するにはテレビとRF接続する必要があります。わからなかったらこの店に行って相談してみてください」
 次の店は、裏通りの中古ソフトショップだった。
 古い映画DVDや音楽CD、1980年代のゲームソフトも販売されていた。ゲームは実際にテストプレイすることもできるようになっていて、昔のゲーム機が、ブラウン管のテレビに繋がっていた。
 尋ねるとそれが「RF接続」という方法だった。事情を説明するとこの店でも店主は親切で、俺が持ってきたビデオカメラをゲーム機と入れ替えて取り付けてくれた。どきどきしながら再生ボタンを押す。
 粗い画質の白黒映像だった。期待していた父親は現れず、何やら昔の映画のシーンが次々と流れて、いきなり終わった。せいぜい数分の動画だった。
 画面をスマホで撮影したその動画を首をひねりながら見ていると、横で見ていた店主が言った。
「映画ですね?」
「そのようですね。でもなんの映画だか、わからなくて」
「ちょっと待って下さい。詳しい者がいますから」
 そうだ、ここは秋葉原で、しかも古い映画ソフトも扱っている店だった。
 奥から出てきた老人は、スマホの小さな画面を流れる画像を見ながら、すらすらと言った。
「『フォーリング・ダウン』『ウイークエンド』そして最後が『嘆きの天使』。時代も国もばらばらだけど、渋いラインナップだね。全部うちにあるよ」
 少しでもお礼したいという気持ちから、その3本の映画のソフトを購入した。DVDとVHSとLDだった。
『フォーリング・ダウン』1993年アメリカ映画。
『ウイークエンド』1967年フランス・イタリア合作映画。
『嘆きの天使』1930年ドイツの映画。
 それぞれわずか数十秒のシーンだった。父親はこれを俺に見せて、一体何を伝えようとしたのか。
 いったんカフェに入って、俺はそれらのパッケージを眺めていた。
「ご主人様、何をなさっているんですの」
 呼びかけられて気づいた。ここはメイドカフェだったのだ。
「うん……この3本の映画に、何か共通点があるはずなんだけど……」
「ふうん」
 ピンク色の髪のメイドは、躊躇なくパッケージを手にとった。
 そしてそれぞれの表裏を繰り返し見ていた。
「なあんだ、簡単ですの」
「えっ」
「MDですの。『フォーリング・ダウン』はマイケル・ダグラスでしょ。『ウイークエンド』はミレーユ・ダルク。で、『嘆きの天使』がマレーネ・ディートリヒ。3つの映画の主演俳優さんは、イニシャルが全員同じ、MDなんですのよ」
「MDって……どういうことだろう」
「これ以上言うと年がばれちゃいますの……オーディオのお店に行って聞いてみて下さいなのー」
 オムライスをかっこんで店を出て、目についたオーディオショップに入った。年配の店員を呼び止めて、聞いた。
「あのう、MDっていうのは、その……」
「はい、MDコーナーならこちらです」
 彼は俺を店の奥に導いた。棚一つだけのスペースだった。
 あっ。と思わず声を出しそうになった。
 小さなケースに入った円いディスク。それを見たことがあった。
 謎は解けた。その店でMDの再生プレイヤーを買い、俺は家に帰った。

 父の遺品の中には大量のソフトもあった。大半がDVDやCD だったが、ビデオテープやLDといった旧式の場所をとるものもあり、それらを前にどう処分したものか途方にくれていた。
 その整理を少しずつ進める中で、見慣れない形状のディスクに出会った。1枚だけだったし、他のメディアの蔭に埋もれてしまいそうな小ささも印象的で、記憶に残っていたのだ。
 それがMDというものだった。調べてみると、オーディオメディアとしてはとても短命に終わったもので、ゆえにマニアにもあまり使われていないものだった。
 たった1枚残されたそのMDを、再生してみた。
「よく見つけたな」
 父の声だった。
「合格だ」

 実のところ、その声を聞くことができただけで、俺は満足だった。
 秋葉原という街の奥深さを知ることができたことも、うれしかった。父はそれを俺に教えたかったのかもしれないという気もした。
 もちろん、MDの中に入っていた父の遺言によって俺は100億を超える遺産を得ることができたわけだが、まあそれは、おまけみたいなものだ。

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