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映画「帰ってこなかった男」 全シーン雑感 S#19~25

全シーン 雑感 S#19 やってきたあゆみ

鬼のいぬ間に?不倫相手を呼ぶ孝明の脇の甘さ。
あゆみ的には興味津々でどんなところに住んでるか見てやろうという気持ち。
一つの山場の導入部です。

このシーンの意味合いとしては導入部なのですが、なぜこんな家に住んでいるのか、あゆみは来たことあるのか、など細かく説明も入っているので、こういう部分を適当にしてしまうと、次のシーンが生きてこないんですよね。特に説明台詞を噛んだりすると、急に入ってこなくなる。気持ちを作ってほしいが、決まり事も守ってほしい。俳優って難しい仕事だ。感心してます。

これまでも小嶋の映画は、まんま現実ではなくほんの少しだけ非現実を見せたいというのもあって、古い家や喫茶店を使うことが多いです。
芝居にこだわったり脚本を書いたりかっこいい画は邪魔になるとか思いつつも、ビジュアルの大事さも捨てきれないMVディレクターの血でしょうか。グレーディングもしかり。

今回はさらにそちらに寄せているので、普通のマンションとかを使う気にはなれません。
ただ昨今の自主中心の映画際ではこういうことよりリアルを求められていることが多くて(ドキュメンタリーも多い)、あまりこういうところは作る方も選ぶ方も気にしてないし、逆に嘘っぽく見えてしまうとマイナスになる気さえしている。そのマイナスにならないギリギリを狙いたい。
結局観客は夢を見たいところもあると思うので、現実ばかり見せてしまうのはどうかな?と思います。個人的には現実的なの好きですが。
是枝監督も人間ドラマを撮る人、という印象ですが、相当美術はこだわっているのがわかります。出てくる家、基本汚いし。

またここも足を撮っています。足がつく、敷居をまたぐ、松葉杖、汚れた靴、など足がモチーフの一つなので、強調する様に足を取りました。S#1で既に「身だしなみは足元から」って言ってもらってます。仕掛けを作れるのも映画の面白いところですね。
その足をワイドで撮る撮影ミズシマさんの感覚もいいですね。迫力を感じる。

夜のライティングもいい。古い家は壁が暗かったり反射率が低いので、雰囲気が出るんですよね。住むにはちょっと嫌だけど。そこも相まった照明、バッチリです!

そして次のシーン、実倉萌笑ショーに続きます。



全シーン雑感 S#20 戦慄のあゆみ

このシーンは実倉ショーです。

知り合いが他人を相手にブチ切れてる状況って嫌ですよね。こっちは妙に冷めてるし、どうしたら良いかわからなくなるし。人ってこう言うところで本性出るなー、と思って見てしまいます。

ここは危険分子あゆみがその正体を現し、孝明をさらに追い込むシーンです。これ以降はこのシーンの余韻で孝明を追い込みます。
なのでこのシーンはとても大事。

その中であゆみ役の実倉萌笑さんはよくやりました。

実際の電話相手もいない中、クレーマーとなってブチギレる演技。素晴らしいです。こう言うのは実際相手がいると、テンポが悪くなるので、一人芝居の方がやりやすいしわかりやすいかなと思います。

ここはリハーサルで何度もやったんですが(卯ノ原さん、米元さんにいじめられつつ)、一発目からこれくらいのクオリティで「これならあゆみ大丈夫かも?!」と安心した覚えがあります。正直実際の実倉さんとあゆみはイメージの開きがあって、最初はだいぶ不安でした。しかし多分本人にもああ言うところがあるのか(実倉ファンが減らない事を祈る。減っても責任取れないけど)、そこを上手く思い切り出してくれてあゆみ像が出来ました。
多分書いてた時のイメージと違ってるのかもしれないけど、もう覚えてないくらいあゆみは実倉萌笑が完成させてます。
特にキレて足をドン!とやるのは良い。音ってインパクトあるので、ドキっとさせます。

あゆみが勢いで何テイクも「あっちが悪い」を「こっちが悪い」って言ってて、OKテイク探すの大変だったのは、今は良い思い出。

受けの孝明も大事で、ブチ切れるあゆみの後ろでいい顔してます。終始映ってるし気が抜けない。

キスの芝居もラブホテルのシーンでアドリブでキスしてたので(ぶっこんできたので)、このシーンでは逆にお願いしました。20年以上この仕事やっててこんなセンシティブな事、初めてお願いした。昨今は抱き合わせるのさえ気を使うのでなかなか言えないです。出来たのはこのチームの空気のおかげだと思います。

このシーンも引きの画が非常に良かったのですが、インパクトが欲しくて寄った画メインの編集になりました。
そして、ここも撮影照明良かった。ファーストカットも綺麗に追えてるし、外から差し込む青い光も、室内のアンバーと相まって美しい。

あと録音もいいです。
怒鳴るあゆみを割らずに押さえてくれてる。

本当うまくいったな、と誇れるシーンです。



全シーン雑感 S#20後半  焼き鳥を待つ二人

続けてのこのシーンのあゆみが一番怖い。音楽つけてコメディぽく?してるから良いけど、これ音楽無いと普通にリアルで怖い。
玄関に出ようとするのを止められたときのあゆみの表情。それを見た孝明は「本当にまずい事をやったかも!?」と思う顔…。しかしあゆみはそれも冗談だと言う…。いや、あんた本気でキレてるだろ。って言わせる表情。
どんどん信じられなくなる孝明。

ここでいたぶりまくられる孝明があるから、ラストの逃避に繋がる重要な場面。こう言う所が見たくてこの脚本書いてた気がする。そしてこの後佳奈さえも何を考えてるかわからないと言う救いのない展開へ。

孝明は迷ったけど、普通にイチャイチャしてると前のシーンの意味も無くなるから、これで良いのかな。

照明はここ、難しかったですね。天井低いし、やりよう無くて。マンション設定とかなら、外からカラーライトとか打ったりして、何かしら出来そうなんだけど。



全シーン雑感 S#21 店長来訪

あゆみさえも持て余してるところに、坂本店長が来ます。倉田じゃ無いとホッとしたのも束の間、遠慮せず家にズカズカ入ってくる店長。
いろいろ知られちゃまずい状況で、あゆみも登場。
キれたあゆみが坂本が持ってきた焼き鳥をひったくるのが良い感じ。最高に失礼。半ギレの店長もさらにドキドキさせます。
現場では半ギレの芝居をした米元さんに、もう少し押さえて、とお願いしたんですが、編集してて、やはり行くところまで行った方が面白いことに気づいて、ファーストテイクを採用しました。ありがとう米元さん。
二人の絡みを受けての孝明、やはりコメディなんですね。それを楽しいと思っちゃう演出なのでOKです。まあ状況もコメディだし。
このリアルでやったら面白かったのかな。
店長が気付くごとに、ピタッと止まる孝明。こことてもわかりやすくて良いです。本当好き。
最後も知らないふりですっとぼけてて。
この後も余韻を引っ張りたかったですが、違う動きになっていくので、サッと終わらせました。

このスタジオの良いところは、この玄関と台所だと思ってて、特に玄関の和洋折衷さは美しい。壁も白がありつつ木目の落ちた色もあって、現代の建物のやたら明るい感じにならないのが、魅力的です。
影がちゃんとあるのが美しい。わからない事、知らない事にしか美しさは存在しないと思ってて、反射率低いのは最高です。小さい時親戚の古い家が暗くてめちゃ怖かったのは未だ忘れないし。



全シーン雑感 S#22 あゆみを怪しむ

孝明があゆみがドンドン怖くなっていくシーン。あゆみがいろんな事を冗談だか本気だかその線も曖昧にさせて、孝明が妄想の世界に落ち始めるます。ドンドン人が信じられないモードに。

ここはそんなにリハしてないと思うんですが、実倉さんは完全にあゆみをものにしてる。この辺りで完全に正解は実倉萌笑の中にしか無いと思いました。自分が言う必要ない。この辺りはもうあまり何も言ってない気がします。
そのおかげか孝明の同様もわかりやすく伝わってくる。
実倉さんは孝明が佳奈を見る視線にジェラシーを感じたと言ってたけど、ここはどう感じてたんだろう。可愛いなー、なのか、バカだなー、なのか。

そして佳奈からの電話。芝居見てると、佳奈との電話を受けた孝明は、あゆみに対して申し訳ないと思うより、もうここから逃げたい、と思う気持ちが勝ってるように感じます。

編集的には引きも撮ってるけど、孝明の息が詰まる様な空気を大事にしたいので、引きの画はほぼ使えないなー、と言う感じ。良い画なんだけど、引きで一息入れさせたくないなと言う感じです。



全シーン雑感 S#23 佳奈からの電話

佳奈が帰ってこないことが確定でも無いのにあゆみを呼んでしまう孝明。前から呼んでみたかったんだろうなぁ。ギリギリで悪い事してスリル味わいたい、みたいなのがあるのか。
しかしここで帰って来ないことが確定。ホッとするが、あゆみに不気味さを感じてるのも事実。電話切ったあと、あゆみも帰ってもらおうと策略を思いつく。

と言うシーンですが、最後の策略をもう少し強調すべきでした。見てる人の中には次のシーンで急に「佳奈が帰ってくる」と言うので、さっきの電話そう言うことだっけ?と勘違いする人もいるかも。
電話の最後に変な違和感だけ残せば良いんですが、現状で十分なのか悩ましいです。

ここは照明がいい。
背後の青いライトが、手前のアンバーなライトとうまくマッチしてる。画的には100点のカットだと思います。



全シーン雑感 S#24 帰るあゆみ

このシーンがこの映画で言いたかった事が凝縮してるシーンかも。

孝明は嘘をついてあゆみを帰らせます。
ここはもっと孝明に嘘感あってもよかったのか、シリアスシーンでもあるのでこの感じでも良いのか悩ましいです。

ここからあゆみはからかい半分本気半分に孝明を追い詰めていくのですが、一言一言が、孝明の中の常識を揺るがします。

確信していた事が、ただ人から聞いた話で、自分が目で見て体験して確証してない事ってたくさんありますよね。そんなエアボケットみたいな忘れられたところに気付いた時の恐怖。

呼び止められたあゆみが、振り返らす後頭部を見せたまま話し出す。これを撮ってる時に「この映画の核は絶対このカットだ」と思いつきました。
全てを揺るがすセリフをどんな顔で話してるのか。その表情が見えない怖さ。
映画表現で大事なのは、核心のギリギリまでは見せつつ、核心は観客に委ねる。最後の最後は観客それぞれの想像力に任せる事だと思ってます。
核を見せてしまった瞬間に限界も見せてしまいます。
一番魅力的で怖いのは「知らない事」だと思います。であれば最後は見せないのが一番魅力的であると考えます。
「難解な方がいい、わからない方がいい」と頭ごなしに思う人がいますが、人はギリギリまでは誘導しないと、こちらを見てくれません。興味も持ってくれません。
その誘導の精度で観客の想像力の幅が決まります。
その尺度は監督と客の間で決まるとは思うのですが、そこも想定した上で見せていくべきかと思います。自主であるなら、たぶんその観客は自分だと思うので、自分がどう感じるか、なのでしょうが。商業であれば想定観客ですね。

ちなみにMVであれば「ファンに」なのか「もっと広く一般の人に」なのか、二択だと思っています。
「ファンに」であれば知ってる前提事項を使って作れますが「一般の人に」であれば、ファンが知ってる当たり前も知らなくて、また別の角度から作る事が必要になります。

あとこの後頭部カット、撮影いいですね。
そのあゆみの後頭部カットから、あゆみ振り返り、孝明(カメラ)に近づいてアップに。そこまでピントズレてない!さすが撮影ミズシマさん!オートフォーカスの様!(AFではないです)
そして実倉さんの表情も全くブレてなくて良い。集中してる証拠。全部使いました。

そして恐怖を煽る音楽がかかり、そのまま孝明をある行動に駆り立てます。



全シーン雑感 S#25 生命保険証書を探す孝明

もう完全に、あゆみに手玉に取られている孝明。
どんどんいろんな不信、不安が重なっていきます。
そしてその不安が的中、というシーン。
ただ「生命保険をかけられる」のってよく考えたら普通なんですが、孝明の心情からはそれさえもよくわからなくなってます。
終わりの始まりですね。

ここはやはり美術がいい。
けどそれを思ったより見せられなくて残念。
孝明の疑心に満ちた視野の狭さを、ヨリで押して、広がった引きを見せないことで(シネスコにしたのも同じ理由)伝えたいなと思うと、なかなか引きを使えない。台所シーンも美しいヒキのショットをあまり使えず・・・。内容によっては顔で芝居することも必要なんだなと。

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