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映画「帰ってこなかった男」 全シーン雑感 S#31~38

全シーン雑感 S#31 サボろうとする孝明

いろんなことがうまくいかなくなってむくれている孝明。ここはむくれてなくても話は成立するんだけど、孝明の愚かさを伝えたくて、むくれさせました。そこに優しく接する佳奈。のちの「サボってたら、学校から連絡来ちゃいましたか」「反抗期脱出か」から察してそうしてくれたのか、ここは想像以上に佳奈が優しくてお母さんの様。おかげで孝明の子供っぽさが強調されました。
千晃さんの懐の深さが出たシーン。アドリブの「なんだそれ」ってセリフがとても好き。

このシーン、佳奈の出方が特異なので現場で包丁を持たせようかと思ったんですが、現場で反対されてやめました。でも、あったらあったでいいよね。
エプロンさせたらいけたのか・・・。
孝明、LINEグループ上でのあゆみの反撃に気づき、慌てて家を出ます。
「サボってたら、学校から連絡来ちゃいましたか」「反抗期脱出か」のセリフ、脚本的にやりすぎたかなー、どうかなと悩ましいです。

最後に佳奈がアドリブを言うのですが、これは切ろうかどうか迷いました。
ラストを考えると、可愛くていい人にはしたくないんだよな、しかしこれがあるとシーンとして締まる。
まあ佳奈の人間性は最後まで謎ではあるので、シーンとして纏まる方を採用しました。
このセリフで決めてくるところを見ると、千晃さん、このシーンしっかり見えてたんだなと思います。




全シーン雑感 S#32 慌てて出ていく孝明

脚本ではたった4行のシーン。
そして脚本にはなかった問題の?「松葉杖」のシーン。

脚本では『慌てて出て行った孝明が植木鉢を蹴り倒し、のちにあゆみが送ってきた写真にそれが映り込んでいることであゆみが撮った写真は今日の写真=あゆみが自宅に来ている』と言う説明のために植木鉢を用意しようと思ってました。
けど、それでは説明的でしかないなと。

で、それを松葉杖にしたら見ている人がいろんな風に解釈してくれるんじゃないかな、と思い松葉杖に変えてみました。
この映画の裏テーマは「足」。松葉杖はその「足」が壊れた時に使うもの。
ネガティブなイメージを植え付ければいかなと。
友人には「ここまでサスペンスとして完璧だったのに、我慢できなくて作家性出して壊しにきた」と言われたけど。

でも破綻を加えることで、見た人が見終わってからも引っかかってくれたらな、という計算もなきにしもあらず。
ただ意外に見た人みんな引っかからず受け止めてくれてて、意外でした。
あるプロの脚本家には「執拗に足を撮ってるし、何かしらの意味を感じた」と言ってくれたんで。成功かなと。




全シーン雑感 S#33 映画館

仲間で意気揚々と始めつつ、個人的事情や意欲の違いで一人抜け二人抜け、ありますよね。
その原因の一端を担ってしまった孝明が慌ててやってきます。まあこいつも抜けようと思ってたんですが。
ちなみに孝明はなんのLINEを見て飛んできた、と言うのは明らかにしてません。もう、ここまできたら説明は必要ないだろうと。

これが映画館である必要は無いんですが、プロジェクターの光とか、画的に遊べるなと思って映画館に。
また立ち位置の上下感を作る事で、これまでの画作りとは変えられるので、場所というのは大事ですね。
その上下差が、孝明を客観的に見せ、彼の愚かさを倍増させます。

LINEが来た事を白井が気付きみんなが自分の携帯に意識が向く場面。

この「あ、LINE」と言うセリフ、脚本上は説明的なんですが、白井役の松本響さんがうまくやってくれました。ノリや感情を入れる事で説明セリフは説明ぽさを回避出来る良い例です。

孝明はあゆみからの家の写メを見て、あゆみが家に来た!と飛んで帰ります。
こう言う裏をかくのはサスペンスの常套手段ですよね。

裏をかかれた孝明は慌てて家に戻ります。





全シーン雑感 S#エクストラ(脚本になかったシーン) バスから降りる孝明

すいません!いい訳のシーンです!
映画館ではリュックを背負っていたのに、次のシーンではリュック背負ってなかった…。
という事で、その途中のバスで忘れた、と言う事にしました。
と言うくらい強引なシーンなんですが、意外に見た人誰からも突っ込まれない。
意外に馴染んでるのかな?

映画館を慌て出てたあと、すぐ居酒屋前で次の事象が起こるのは、性急だなとも思っていて、このシーン、意外にクッションとして聞いてるのかな、と思ってます。




全シーン雑感 S#34 由紀夫の死

孝明をゾッとさせるトドメのようなシーン。
ここは倉田(由紀夫)の死を強調する為、店長役の米元さんにはわざと「死」の前に間を作って貰って、見てる人の集中力を惹きつけてから、「死んじゃった」と言う事を言ってもらいました。
卯ノ原さんも受けの芝居ですが、ずっと集中して良い感じ。ここで少しでも気が抜けたら、観客の集中力も切れてしまいます。とても重要。

編集的には、ドンドン孝明の視野が狭くなる状況なので、出来る限り広い画は減らして、孝明のドアップで押しました。
現場でも孝明をなるべく影で落として、恐怖を演出してます。




全シーン雑感S#35 帰ってきた孝明

何かから逃げてるのか焦って急いでいるのか、わからなくなるくらい足のおぼつかない孝明。

ここで初めてジンバルを使って登場人物と一緒にカメラが動いてます。
これまではほぼカメラは客観の立場を取って登場人物と一緒に動く事はなかったんです。

このシーンはもう観客に孝明になって欲しくて、いよいよカメラが動きました。
この次のシーンはオール孝明主観の世界。
そのための導入としてカメラが孝明と同じ気分で動いてます。

もし役者の皆さんがカメラに追いかけられたり引っ張られたりする事があれば「あ、私の気持ちがダイレクトに伝わるシーンだな」と思って貰っても良いです。と言う計算をしてそうな監督作品に限りますが…。




全シーン雑感 S#36-37 孝明逃げる

ドアを開けると、汚れた妻の靴と浮気相手の靴が並んでいる。
笑い声が聞こえ、崖という言葉がビジュアルになって頭を駆け巡り…。

全体の総決算のシーン。
由紀夫は崖から落とされたのか、靴が汚れてるのは何故か、本当にあゆみは来ているのか、次は自分なのか…。
見てる人が好きに解釈して欲しいと全て曖昧にしました。
シーン全て孝明の妄想だと捉えてもよいし、どこまでが現実どこからが妄想かも、受け手に委ねてます。

世の中の全ての事は解釈次第、受け取り方次第だと思ってます。

芝居も、前話した通り、アクション(セリフや行為)が語るのではなく、リアクションがこの世界でのそのアクションの価値を決めます。
その一瞬一瞬のリアクションを全て押さえたく小嶋の映画は長回しが多いのです。
ここだけ使う、って芝居見る前から決めたく無いんです。

だから編集は宝の山を探る様なものです。あ、こんな顔してた、とか、こんな動きしてた、とか。

現場で全てを見る事は難しく(未熟ですみません)、繋げる事で物の意味も変わってくるので、編集で作り上げたいんです。これはMVをずっとやり過ぎてきた影響もあるかと。

解釈次第の話に戻ると、目の前の事を面白くするのもつまらなくするのも自分自身なんですよね。
ご褒美だと思うのも刃だと思うのも自分自身。
物事の限度もありますが、なるべくそのスタンスでいけば、楽しく生きていくことも可能だと思ってます。

さてこのシーン、編集は完全にMVです。わざとブレた画を一瞬差し込んだり、以前のセリフがリフレインしたり。

実は撮ってみて、これで孝明逃げるかな?と不安になって来てしまって。
妄想部分を過剰にする事で、見てる人も逃げたくならないかな、といろんな事してみました、
しかし少し力技だったかな…。

ちなみに家の前を走るカットは一眼レフカメラで撮ってて、メインのカメラと比較して色情報がすくなく、グレーディングに苦労しました。ちょっと弄るとすぐ画面が破綻してしまうので。それだけグレーディングやり過ぎてるんですけどね。でもグレーディングは世界を作る大きな要素。邦画ではこの辺りリアルに近づける(適正にする)モノが多いですが、自分の作品は絵を描く様に色を載せていきたい、と思ってます。

そして、ラストシーンです。




全シーン雑感 S#38 佳奈

台所で孝明からのネガティブなLINEを受け取る佳奈。
しかし全く表情を変えずビールを飲んで一服します。

千晃さんとは最初からここの表情をどうするか、ずっと話してました。
夫が逃げてしまったLINEに対して、普通は焦るのか、何かリアクションはあるはずだけど、あえてそうでなはい所に引っかかりと解釈の自由を持たせたかった。
笑っちゃうのも安易だし、やはり無表情なのかな、とか。
とりあえずやってみましょうとなりました。

計2テイク撮りました。1テイク目は全く表情変えず。なるほどな、と。
2テイク目、ちょっと何か見たい的なオーダーを出してやってもらいました。

すると最後笑った様にも見えるし、あまり表情変わってない様にも見える。
観た人それぞれがそれぞれの解釈が出来るなんとも言えない表情が撮れて、おおこれだよな、と。

現場で観た時は笑っている様にも見えたのに、編集で観たらそうでも無い。不思議な表情。

ああこれで映画が終われるな、と思いました。

前出のプロの脚本家の方には(前のシーンを受けて)、ここはあゆみもいるのか?と聞かれていないと答えたら、その方がいい、と言われました。
安易に答え出すのは、観客の喜びを一つ奪うことになる。という事なんでしょうね。

後、このシーン、ファーストカットを撮った後すぐ撮ってます。
千晃さん、やりにく過ぎてすみません。




エンドクレジット

ここまでの全てを、どうでもいいものと思ってほしくて、全ての雰囲気をひっくり返すような音楽にしました。そしてスタイリッシュなエンドクレジットに。
この作品はサスペンスのフリをしたブラックコメディだと思っています。
なんだこりゃ、と思って欲しくてこうなりました。



総括

これで終了です。
サスペンスという器に無理やりブラックコメディを入れたような変な映画になりました。
増村保造や重喜劇といわれた初期の今村昌平のようなテンポと無駄のない映画になったと思います。
何事にもどこか一歩引いてみてしまう、自分の性格がとても反映されたシニカルな作品になりました。

サスペンスだと思って見ていると、コメディシーンに違和感を感じると思いますが、逆に一つの価値観を持ったものに注意してください。
ある世界から、得るものは人それぞれであった方がいい。

そんなことを思って作りました。
いろんな想像のタネのような映画になったらいいなと思います。

ありがとうございました。

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