そういえば、

誰しも、〈そういえばの記憶〉を持っていると思う。
そういえばその後どうしたんだっけとか、そういえばあのとき何を言ったっけ とか。

わたしはわりと変な記憶力があって、
「家でむかし観ていた『クマのプーさん』って字幕版だっけ、吹き替えだっけ?」という妹からのどうでもいい質問に答えられたり、
はじめてのおつかいのときにトーマスのチューイングキャンディを買って、そのオマケシールのようなもののキャラクターを覚えていたりする。

ちなみに前者の答えは「二か国語版」(ビデオんときにあった文化で、日本語と英語が同時に聞こえてきてしっちゃかめっちゃかになるやつ。まじで嫌だった)、後者の答えは「ゴードン」だ。どうでもいいけど。


一度会っただけの人の顔と名前、とかはうすぼんやりして困ってしまうのに、過去起きたことの本当に細部だけは異様に覚えている。
なのに、だけど、〈そういえば〉はある。


いつからかはわからないが、わたしは小さなガラスの人形を持っていた。
それはある日子ども部屋に唐突にあらわれ、学習机にちょこんと座っていたのだった。

体長は1.5cmほど。透き通る青の服を着て、水色の帽子をかぶっている。まっしろな肌とつぶらな黒い目、口と靴は赤い粒でできている。妖精みたいだと思った。

誰のものかと母に訊きに行ったが忙しかったのか相手にしてもらえず、まだ小さかった妹たちはこれを誤飲しそうだったしで、結局よくわからないまま机の引き出しにしまった。
そのまましばらく経って、忘れていたことすら忘れてしまった。

少し大きくなって、たしか小学校中学年くらいになったある日、帰ってきて机を見ると、覚えのあるガラス人形がこれまたちょこんと座っていた。

ああ、そういえばこんな子いたなとぼんやり考えたあと、あれ、でもたしか机にしまわなかったっけと思い直した。
小さかった妹たちもだいぶ成長して、誤飲はしなくなった。かわりにイタズラが盛んになって、わたしの机もずいぶん狙われた。

またあの子たちに出されたんだなと思って、ため息混じりに引き出しを開けると、そこにはすでにガラス人形がいた。
いま手に持っているのとまったく同じ、黒い目・青い服の小さな小さな妖精。
それが入れたときのまま、ずっとそこにいたのだ。

かなりびっくりしてしばらく見たまま突っ立っていたのだけれど、ふいに、まあいいかと思ってそのまま二人を机に飾ることにした。
不思議ではあったけどなんとなく大丈夫な気がした。
それに、友達なのか家族なのか、誰が置いたのかはわからないけど、飾っておけば何か言われるだろうしとも思っていた。

結局その後、誰からも何も言われず人形は置かれ続けて、わたしが学習机を手放すまで彼らはそこにいた。すぼめたような口がかわいくて、小さな丸で作られた手足を伸ばして座りながら。

**

……信じてもらえないだろう話をもう一つすると、ある日突然部屋に木でできたピエロの人形がいたこともあった。

結構怖い顔をしていたのが嫌で、出窓のところにそっと置いてカーテンを閉めていたら、いつのまにかキャビネットの上に移動していてゾッとした。二回くらい。
そのときは、妖精と同じパターンで増えていたらどうしようと怯えていたけど、これもある日突然消えていた。全然起きていたし夢ではない。

あれ本当怖かったんだけどなんだったの、と後年両親に訊いたとき、二人ともきょとんとした顔をして、何それ? と言っていた。むしろわたしが知りたいよ。

**


妖精たちはいま、家の玄関のところに飾っている。
本当に小さいから普段あんまり気にかけないんだけど、今日たまたま掃除をしていたときに目に入って、色々思い出した。

……そういえば、まだわたしの荷物がたんまり残った実家からこの人形たちを、いつ・なぜ・どうやって持ってきたかを全く覚えていない。

彼らにはなんかの力が働いているんでしょうか。

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