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恋愛犯罪

最近、僕には学校に好きな人がいる。
 その人は、いつも凛としていて、色恋沙汰に対しては興味がないようだった。冷たさも感じるその花の顔を見るたびにドキリと心臓がやたら大きな音を立てる。
 僕の斜め前の席に座っていて、その少し癖のある髪を一つに結び、本を読んでいる。その癖のある髪が大人っぽい雰囲気を際立たせている。
「あの、この問題わかる? 一条さん」
 彼女のところに数学のワークを抱えたクラスメイトの女子がやってきた。
 彼女はその問題をしげしげ見ていたが、少し首を振って、
「ごめん。わからない。あ、そうだ。杉田に聞いてみたら?」
 そう言って、こちらを振り返る。いつもは冷たい目が少しだけ和らいで見えたのは気のせいだろうか。
「あー、確かに杉田って数学の成績いいよね」
「え、ああ。うん」
 クラスメイトの女子が差し出した問題を見るふりをしながら、一条の方に視線を向ける。彼女はもう、本を読みだしていて、こちらにはなんの興味も示していなかった。
「できそう?」
 そしてやっと、真剣に問題を見る。これは昨日自分もやった問題だとわかり、頷いて見せる。
「まじで!」
 クラスメイトのやたらキラキラした目を見て、苦笑いしながらまた、一条の方に視線を送ってみた。すると、今度は一瞬こちらを見ていたのか、目があった。なにやら不満そうな様子が見えて、まるで猫がお気に入りのものを取られているときの表情に似ていた。

「杉田。ねえ、一緒に帰らない?」
 そう言って放課後に現れたのは彼女の佐藤だった。彼女になったのは一年前だ。近頃は一条の方が好きになっていたが、申し訳なさと佐藤が自分のことをすごく好きであるということもあった別れを切り出すことができていなかったのだ。
「あ、うん。いいよ」
 一瞬、一条を目で探す。すると一条は職員室に持っていくクラス全員分のレポートの束を持っていた。かなり重そうだ。大丈夫かと思っていると案の定、何歩か歩くと、そこで取り落としてしまった。
「うわ、ちょっと手伝ってくる」
 杉田は佐藤にそう言って、一条の方に駆けた。
「大丈夫? 手伝うよ」
 一条はこちらを冷たく一瞥すると、
「大丈夫だから、手伝わなくていい」
 と言って、さっさとレポートを拾い上げて、しっかりとした足取りで去って行った。
「杉田、行くよー」
 佐藤はこちらを少し不振そうに見ながらも言った。
「う、うん」
 
「えーっと、文化祭の件ですが……」
 文化祭実行委員の仕事で黒板の前に立ち、何をするかの話し合いの司会をやっていた。なかなか意見がまとまらず、何かいい案を出してくれないかと佐藤の方を見てみた。しかし彼女は近くにいる友達となにか楽しそうに話していてこちらには興味がないようだ。一条の方を見てみると、一条はこちらをじっと見つめていた。目が合って、彼女がさっと視線を逸らす。耳がほんのり赤くなったように見えた。
「誰か、他に案はありませんか?」
「はい」
 そして一条がさっと手を上げる。
「一条」
 声が震えないようにしながら、当てると一条は淑やかに立ち上がり、
「コストや、手間を考えて、射的やカジノなどの種類多くのものが必要なことは避け、スーパーボール掬いなど、スーパーボールとスーパーボールを掬う道具、ビニールプールさえあればできるものはどうでしょうか?」
 根拠も含めた説明に誰もが頷いた。
「いいんじゃない?」
「スーパーボール掬いとか楽しそう」
「え、やってみたい!」
 と次々と賛成の意見が上がり、先ほどまでのざわざわしたまとまりのない雰囲気が一瞬で消えていた。感謝を込めて、一条に向かって頷くと、一条はまた少し耳を赤らめて目線をそらした。

 そして文化祭の当日。
 バッシャーン
 大きな音がした。まるで大量の水を地面に向かってこぼしたような音だった。
「どうしたの!?」
 その音がした方に向かって走ると、そこにはびしょぬれになった一条とバケツを持った佐藤が立っていた。
「え……す、杉田。こ、これは違って。その、えっと」
 佐藤が何か弁解するように言っていたが、聞こえなかった。
「一条!」
 一条の方に駆けよる。一条は表情一つ変えていなかったが、こちらを見た瞬間、一粒だけ涙を流した。
 それを見てしまって、自分が制御できるだろうか。
 佐藤の方を振り返り、冷たい声で言い放つ。
「お前がそんなやつとは思ってなかった。別れよう」
「え、違うの、こ、これは一条さんが……」
「一条さんが自分に水をかけると思うか? 言い訳はよせよ」
「だ、だって、違って……」
 あほらしくなって、一条の手を取り、その場を離れる。
「あ、あの、手……」
 一条は少し恥ずかしがるようにして、手を振りほどいた。しかし、その場に立ったままだ。
「あ、あのさ。一条。なんかごめん。そ、それとなんだけど」
 自分の口から自然とその言葉が出て行った。
「好きだ。付き合ってくれないか?」
 一条は無表情だったが、しばらくして頷いた。
「うん」
 沈黙が漂う。ほんの少し気まずい、気まずいというよりも気恥しいという感じだ。
「服、着替えてくる」
 そして、一条はこちらをちらりと振り返って、ニコリとあの冷たい、いつもの表情を崩して笑いかけた。

 一条は服を着替えながら、にぃっと口角を釣り上げて、妖艶にほほ笑みながら呟いた。
「完全犯罪成功」

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