Chapter 20 of the book "The Gandhi Story"

※以下の文章は、上記の本を私が翻訳・要約した日本語記事です。

-------------------------

インドの刑務所の中で

ガンディーはインドで最も重要な人物になっていた。彼はサティーヤグラハについてもっと知ってもらいたいと、多くの人たちにアシュラムについて話した。そして、イギリスに対し、皆で抗議をしようと言った。

多くのインドの人々は、イギリスの学校に行くのをやめた。イギリス人の会社で仕事をするのも辞めたし、税金も払うのをやめた。イギリス製品も買わなくなった。

ガンディーは、法に従うのはやめようと皆に言った。だけれども、暴力は決して行ってはいけないとも言った。

ガンディーは何回も刑務所に入れられた。1922年から、彼は6年間も投獄させられた。警察が彼を刑務所に入れる時、インド中の人々が泣いたが、ガンディーは微笑んでいた。なぜなら、彼は分かっていたから。自分が投獄させられる度に、インドの独立が近づいて来ていると。

刑務所で、ガンディーは毎朝4時に起きた。彼は毎日祈り、毎日6時間瞑想した。また、本を読んだり、手紙を書いたり、衣服を作ったりして過ごした。

2年後、ガンディーは病気になった。だから、イギリスはガンディーを出所させた。

出所してから、ガンディーは断食を始めた。しかし、これはイギリスへの抗議ではなかった。彼は、一緒に抗議活動をしないかと、ヒンドゥー教徒やイスラム教徒にお願いしていたのだ。彼は3週間、断食をした。

ガンディーは、インド独立の戦いのための中心的存在になった。彼のおかげで、ヒンドゥー教、イスラム教、そしてブラフマンからパーリヤまでが、祖国を自由にするために、共に戦った。ガンディーは皆に愛され、多くの者がガンディーを生き神様だと思っていた。しかし、ガンディーは皆に言った。自分はただの人間だと。

-------------------------


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?