名前のない関係性がいい~「光のとこにいてね」①
小説が好きじゃない。
いや、正確には好きじゃなかった。
聴覚優位な私には、字面を追って内容を理解するという一手間が苦手だった。
なのに…である。
Amazonオーディブルという画期的な発明で
聴覚優位者でも気軽に小説を楽しめるようになり、
むしろ今では聞くよりも紙面上の文字を物理的に味わいたいとまで思うようになった。
…と、前置きはここまでで。
何気なく読んだ一穂ミチ「月を経る」(小説新潮2024年2月号)。
「人生の締め切り」「閉経」などのテーマや、オープンエンドの余韻に惹かれて、ずっと積ん読状態だった「光のとこにいてね」に手を伸ばした。
一言で言えば…
「主人公の結珠が自分を愛してくれなかった母親と決別することで、人生の主導権を自分で握る」女の成長譚だった。
母親に束縛されるシーンは分量としては少なくて
結珠と果遠のシスターフッドシーンがほとんどだ。
だが、この二人の関係には名前が付けられない。
お互いがお互いを求め合うけど、反発したり嫉妬したり、でも協力したり…一番近いのは「親友」なんだけど、
柚木麻子が描くような「親友」ではない。
もし果遠が男だったら、「運命の人」と簡単にネーミングできるし、
そういう話ってベタなんだけど…
女同士であるがゆえに、名前がつけられない。
果遠が葬儀に行くために口紅を塗る結珠。
真っ赤な口紅の果遠に結珠が口づけをするところは
百合っぽいし…
他にも百合要素があるんだけど、そういう関係でもなさそうだ。
この「関係性に名前が付けられない関係」がリアルで切ない。
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