人種差別考察レベル1
人種差別があった。
フォローしている業界において。
反射的に発信してしまいそうになる。
自論を。
でも思った。
自分の考えが正しいと主張することも、
相手は間違っていると否定することも、
どちらも間違っているのではないか。
自分が何らかのポジションにいる以上、
自分の意見は公平な意見ではない。
自分に何らかの色がついているだけで、
文字どおり色眼鏡で見られる。
職業の、所属コミュニティの、出身の、国籍の、推しの、好きなチームの、人種の、肌の色の、性別の、趣味の、嗜好の、あれの、それの、これの。
でも色眼鏡で見るなと言われても、
ヒューリスティクスのフィルターを
通せない判断なんて、
そんなコストの高いことは
面倒くさくて考えたくもない。
それが大勢ではないだろうかいな。
対立する相手を否定することは、
相手との融和にはつながらない。
否定は対立しか生まないよな。
だって自分がそうされたらと考えると、
思い至る。
じゃあ公平中立に第三者的に判断するか?
そんな裁定ができるなんて、
げにおこがましい。
バイヤールさんの言葉、
“耳の聞こえない者同士の対話”
を思い出す。
(絶妙かつ巧妙な煽り形容)
内なる書物同士が異なる者で対話しても
困ったことになる。
さて人種差別はどうしたものなのだろう。
割りが合わない程度の罰則をつくること、
信用のスコアリングを蓄積するしかないのだろうな。
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