恋のお相手は一体誰?!

初めて出会ったのは忘れもしない2010年1月。見た瞬間好きになった。落ちた、恋に。とうとう出会ってしまった。これは遠い北海道・ニセコの地でひと目惚れをしてしまったお話です。

2010年1月。1年に1度だけ、飛行機に乗ってスキー遠征に行くと決めていた。その年の行き先はニセコ。スキーヤーなら誰もがあこがれる聖地だ。朝イチの飛行機に乗っても、午後3時からしか滑ることができないくらい遠い。そこからナイターが終わる19時まで滑る。翌日は朝8時半から夜19時まで滑っていた。約10時間滑っても飽きないほど、ゲレンデは広大で、コースはバリエーションに富んでいて、そして雪は息を吹けば飛ぶような軽さだった。

ニセコ3日目。憧れのスキーブランドVECTOR GLIDEが試乗会を行っていた。ちょうどパウダー用のスキー板を探していた私にとっては願ったり叶ったりのタイミングだ。

最初はOmnny(オムニー)を試乗したものの、乗り味は今持っている板とさほど変わらなかった。「パウダーをメインに滑りたいから、もう少し太い板が良いです」と店員さんに伝えると、1枚の板をすすめられた。名前はShift(シフト)。

かーわーいーいー!見た途端もう好きになっていた。グレー地×ピンクのロゴ。当時は派手なデザインの板が主流だった。でもVECTOR GLIDEの板のデザインはシンプル。色も地とロゴの2色がメイン(ひっそりと白でShiftと刻まれている)。その潔さが気に入った。なんというかわいさ。私の乙女心がくすぐられた。そう、他でもない、恋したお相手はShiftだったのだ。

「今作っている女性モデル(今は廃止されたが、当時は女性モデルがあった)で一番太い板がこのShiftです」店員さんの声にハッと我に返る。太い上に長さは175cm。今使っている板より15cmは長い。実際に履いてみると、ずっしりする。長さよりも、重さが気になった。とにかく試乗してみよう、とリフトに乗る。リフトの上だと板の重さが足にダイレクトに伝わってくる。かわいい見た目とは裏腹に、思ったよりハードそうだ。こんな板、本当に私に扱えるのかな?

不安になりつつも、パウダーが残っているリフト脇をまず1本滑ってみる。「おー、いいっ!」しっかりと浮く。そして荒れている雪面でもバタバタしない。重いから脚力が必要だけど、何よりふわっと浮く感触は今まで味わったことがなくて、1本滑った印象はかなり良い。後ろで見ていた仲間からも「今までと全然滑り方が違って良かったよ」とお墨付きをもらった。きゅーん。まずますShiftが気になる存在になった。

滑り終わってホテルに着くや否や、パソコンでShiftの値段をチェック。予想通り10万円を超えていた。うーん、想像通り、やっぱり高い。

「買いなよ。いや、絶対買うと思うよ」と仲間にそそのかされ、本気で欲しいモードになった。さすがに即決できない値段だったのでいったん諦めたけど、でもなんだろう。ワクワクが止まらない。今思えば、この時、気持ちの半分くらいはもう買うことを決めていたと思う。

2010年6月。スポーツ用品店の受注会の時期がやってきた。毎年参加しているが、今年は意気込みが違う。もう1度Shiftに会いたい。片思いの相手に会う気持ちで参加した。

いつもお世話になっている店員さんに「VECTOR GLIDEについて聞きたいんですけど」と言うと「私より適任がいますよ」と、男性を紹介してくれた。彼は非常に物腰が柔らかで、とても話しやすかった。試乗したとき一番不安だった重さについて、「重い板と軽い板ではパウダーを滑る時にどんな違いがあるんでしょうか?」と聞くと、「軽いと滑っている間に板がバタバタする上に浮力が劣ります」とのこと。それ以外にも板の形状や素材などを本当に詳しく教えてくださった。そして「来シーズンの女性モデルの中でもShiftが一番太い板になります」教えてくれた。話を聞いて、Shiftへの愛がゆるぎないものになったので、他の板を見ることもなく購入を決めた。後でわかったことだが、彼はVECTOR GLIDEの作り手ご本人だった(そりゃ詳しいはずだ)

2011年1月。晴れてShiftを手に入れて、わくわくしながらシーズンイン。慣れるためにゲレンデを滑ったが、うまく滑れない。重い。リフトに乗っている間も重さで足がつりそうだった。板が走りすぎて、ターンするのも一苦労。とにかく疲れる。通常3時間程度はノンストップで滑るが、30分滑っただけで休憩を申し出た。あぁ、ニセコで楽しく滑ったあれは夢だったの!?

ただ、私の複雑な気持ちとは裏腹に、友人からは「板を変えて、上手くなったんじゃない?かなりスピードが出ている」と言われた。確かに重くて扱いづらいけど、少し足を踏み込んだだけでかなり進む。バタバタせずに安定して滑りやすし、ちょっとしたパウダーを滑ると、ふわりと浮く。要は、私の脚力の問題ということなんだな。滑り終わった後、Shiftに謝った。「乗りこなせてなくてごめん」そして誓う。「必ず乗りこなしてみせるから」ここからShiftへの片想い人生が始まる。

誓ったくせに、1年経っても2年経っても、やっぱり私には重すぎた。それでも乗り続けたのは、Shiftに見合うスキーヤーになりたい一心だったように思う。ようやくそれなりに乗ることができるようになったのは7.8年後くらいだと記憶している。今でも手強い相手に変わりはなく、100%の乗りこなせているかというと、ちょっと自信がない。まだ全然片思いだ。

ほとんど全ての山をShiftと一緒に滑っている。ニセコもしかり。八甲田もしかり。白馬乗鞍も。白川郷も。立山も。そしてバックカントリーを始めた当初からの夢だった旭岳も。

「いつも一緒に滑ってくれてありがとう」と無数についた傷をなでる。この傷の数だけ一緒に雪の上をクルージングしてきたのだ。恥ずかしいから1回だけ言うね。好きだよ。これからも、できるだけ長く一緒に滑ってね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?