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灼熱

8月某日、気温37度、室温26度。

国から貰った金で買ったゲーミングチェアに浅く座りながら、次のオンライン会議で提案する17文字で済みそうな企画内容を原稿用紙4枚程度まで薄く薄く引き伸ばしていた。

インターホンが鳴り、そっけなさと愛想良さが半々くらいの返事で対応する。
明らかに困憊した配達員に感謝の言葉を述べ、配達してくれた昼食を食べることにした。
ポテトが若干萎びているじゃないか。

久しくテレビを観なくなった私だが、動画投稿サイトやサブスクの動画配信サイトに取って代わっただけで、
ご飯を食べながら何かを観るということはやめていない。
今日は動画投稿サイトの気分だったので、
さっきまで仕事で使っていたPCで『おすすめ』欄を物色していると、

ある動画のサムネイルが目に入った。
見覚えしか、ない。

元カノだ。
カップルチャンネルの動画に元カノが映っている。

私はすぐさま再生した。
こんな女々しい自分が嫌いだ。

動画の頭で二人並んで名乗りの口上を述べている。
今カレは金髪でゆるめのパーマをかけて、前髪にワンポイントだけ緑のメッシュを入れた今時の男であった。
顔面も私よりは幾分か良いように、思う。

最後まで視聴したが、二人で何かを食べていた事は覚えている程度で、内容はほとんど聞いていなかった。

彼女の幸せそうな顔がインスタントカメラ写真のように、じわぁっと脳に現像されていく感覚に気を取られたせいだ。

【じゅんみなチャンネル】と名付けられたチャンネルの動画一覧を見ながら、彼女との別れ話を思い出した。

彼女は泣きながら
「嫌いになったわけじゃない。でも今のままじゃ、私じゃなくて。
私が私じゃなくなりそうなの。ごめん」
と言ったのを覚えている。
過呼吸寸前の状態で、文章がめちゃくちゃで、でも何かを必死で肺の中の空気を全て使って強く伝えようとしていた気がして、ずっと耳に残っていた。
意味はわからないままだ。

動画一覧をスクロールしていく。
毎日投稿しているようで、チャンネル作成日も1年前というだけあってかなりの数の動画がある。

3ヶ月前の動画までスクロールしたところで、

『【みな号泣!?】みなの過去を掘り下げてみた【幼少期、恋愛遍歴etc.】』

とタイトルが付けられた動画を発見した。
またすぐ再生した。

冒頭は私が昔聞いたことがある幼少期のエピソードをそのまま話していた。
金髪メッシュの彼が「あまり聞きたくないけど〜…」という白々しい前置きをして過去の恋愛について話を振った。

「えー、そうだなぁ〜…」と返しながら目線を斜め上にして思い出す彼女。
一間置いて、彼女は話し始めた。
声のトーンは落ちていた。

「このままじゃ私じゃなくなる!って言って別れたことがあるんだけど…」
「え!?なに、どゆこと?(笑)」

「その人のことはすごく好きだったの。愚痴とか全然言わないし、一緒にいて楽しかったし尊敬してたんだけど…
なんか、こう…らしくないなって思っちゃったの」
「だれが?」
「私が」
「え、私が?付き合ってるときに自分を演じてたってこと?」
「演じてた?うーん…どっちかっていうと演じてたのは向こうな方じゃないかなぁ」

どきっとした。
私の知らない私への不満が語られそうな予感がしたのだ。

「私は素を出してたつもりだよ。向こうも演じてる自覚はなかっただろうけど…『あ、この人、私に自分の汚いとこを見せたくないんだな』って思っちゃったの」
「あー…うんうん。その汚いとこってのはマジの汚いじゃなくて、内側のってことだよね?」

「そう。絶対綺麗じゃないはずなのに隠してて。それで、じゃあ自分も隠さなきゃいけないのかなって思いだしたのね。
でももう私は自分の汚いとこ見せちゃってるしなぁって。今更隠すのも変だし嫌だし、それで悩み始めちゃって」
「ムズいね」
「相手にも言ったの。
『あなたのダメなとこも見せて。見たいから、見なきゃわからないから』って。うん、とは言ってくれたけど結局見せてくれなかった」

彼女の顔が俯く。

「なんかそれがすっごい悲しくて。
好きなんだけど、私と向き合うときに仮面を被ってるように見えてきちゃって…
でもそんなつもりないのわかってるから、そんなこと考える自分が嫌になっちゃって…」

声帯がきゅっと締まったような鼻声に変わっていく。
あの時と同じだ。

「一緒にいたらおかしくなっちゃうと思って…別れることにして……最後にもう一回彼に伝えようとしたんだけど、すっごく泣いちゃって全然言葉まとまらなかった…」

「みなはやっぱり優しいね」

肩を抱いて彼女の頭を自分の肩に乗せて、動画の彼は言う。

「その元カレにも伝わってると思うよ。
もしかしたらこの動画観てるかもしんないし」

心臓が跳ねた。

「うん…」
彼女は涙を拭いて姿勢を正し、こちらを真っ直ぐ見据えた。
鼻から大きく息を吸って、あの時のように強く、届くように言葉を発した。

「あなたがいたから、今の私があります。すごく成長した2年間だったと思います。
私は今、幸せです。
あなたも幸せになってください。応援しています」

ブラウザの×を押した。
全身の力が抜ける感じがして、もう今日は仕事をしないと決めた。

スマホを確認するとマッチングアプリのメッセージ通知が来ていた。
今週末に飲みに行こうと誘っていたのがOKをもらえたようだ。

みなと別れてから俺は糸のような何かがプツッと切れ、
すぐにマッチングアプリに登録して手当たり次第に女の子と遊びだした。
今週も3人会う予定だ。


生活に不満は無い。

俺が今幸せかどうかは、わからない。


激辛ハンバーガーを一口かじる。


辛い。
口が焼ける。鼻もジーンとする。
想像してたよりずっと辛いぞこれ。

結露してびちゃびちゃになったカップを手に取り、中のコーラを飲む。
もうすっかり氷は溶けていて、味がほとんどしなかった。







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