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日本版アンネの日記(但し軍国少女Ver) | 田辺聖子 十八歳の日の記録 田辺 聖子 (著)| #塚本本棚

時代が違えば僕も、神国日本3000年の栄光と大東亜共栄圏確立の理想の為に、命を捨てて天皇に身を捧げる事に恍惚と酔いしれていたかもしれない。そう思わせられるようなチリチリとして熱く、世間知らずで近視眼的ながら知性光る生身の言葉が各所にぶつけられている。

今日は「田辺聖子 十八歳の日の記録( https://amzn.to/3HPRdKJ )」 田辺 聖子 (著) #塚本本棚

【紹介文】
75年の時を超えて発見された奇跡の日記文学――田辺聖子版「アンネの日記」


我が家の焼失、敗戦、早すぎる父の他界……。
すべてを失った彼女はそれでも、小説家への夢だけは諦めなかった。

2019年に惜しまれつつこの世を去った国民的作家・田辺聖子。
没後2年の今年、1945年から47年までの青春期を綴った日記が発見された。
記されていたのは、「大空襲」「敗戦」「父の死」「作家への夢」……。
戦時下、終戦後のままならない日々を、作家志望の18歳はいかに書き過ごしたのか。

月刊「文藝春秋」に掲載されるや、たちまち新聞・テレビ等で大反響となった、田辺文学の源泉にして、一級の時代の証言。

雑誌未掲載原稿、中短篇4作を収録したほか、梯久美子氏の解説をはじめ、
注釈、年譜なども加えた完全版、ついに刊行。


【書評】
生々しい。当時の日本を今の法で裁いてはならぬという事がよくわかる。あの時の日本は一定の層が皆一種の幻覚や陶酔感にとらわれていたのだと思う。


天皇を頂く神国日本。大東亜共栄圏の確立によるアジアの宗主国として君臨する日本の未来に酔いしれ、自己を正当化し思考を矮小化させていたのではあるまいか?

人は見たい景色を見ようとする。それは今のコロナ禍でもよくわかる。この日記にはその浅ましさがあるとともに、一旦敗戦するやいなや、新しい時代の為、新しい日本の為にと心を再び震わせる。

が、腹が減ってはへこたれる。なんと生々しい事か。

”日本は武力では劣る、だから文学一芸をもって世に出なければならぬ”。なるほど、こういう心持が日本を経済大国へいざなったのかもしれない。また、これだけの戦禍でも銀行に預けてあったお金はちゃんと使えるのだなというのも、何気に学びだった。

ここまで落ちても人は人生を取り戻せるのだ、その人生の激流と人間の強さを知り得る一冊だった。


【本を読んで考えた・メモ】
・学校は焼かれ、空襲に怯え、政権に失望しながらも、学業に奔走する当時の学生たちの日常が描かれている

・ヒットラーやスターリン、ルーズベルトが日記に出てくる日常。彼らと日本の首相を対比できる時代はさぞ激動だったろうなぁ

・特攻隊の戦果に感激する日常...そんな時代だったのか。今のコロナ禍を後世の人はどう見るのだろう?さぞ異質に見えるのではなかろうか

・芥川賞や数々の文学賞を獲得し、文化勲章まで受賞する田辺氏も、この頃は”私には文才がない、兄弟の中で私だけ出来損ないのクズ”と自分をさげすむ。それが若さであり、あきらめないことの大切さも垣間見える

・”やっぱり女でも、一人前にお嫁に行って子供も生んでみな、人間とは言われへん”とは田辺の母の弁。数十年、時代の違いがすさまじい

・”しかし考えてみよ!特攻隊の若者は、日本開闢以来、おそらく何人もがなさなかったであろう所の、最も美しい青春時代の花を咲かしたのだ”

・(ヒットラーの戦死、ドイツの無条件降伏の報に対し)”頑張れ!ドイツよ。おん身らは不屈の民族、不撓の国民として世界に鳴り響いた栄えある歴史を持つ人々ではないか。”

・(ヒットラーの死に対して)”涙が出るほど悲しい事である。現代の英雄としてあんなに世界の人から、あるいは注視され、あるいは恐怖され、あるいは敬慕され、あるいは信頼せられていた英傑が(中略)ドイツよ、最後の一人まで頑張り通せ”

・自らの子が敵の捕虜になるのを良しとせず、自ら刺し殺し心中した母と子の話を”慣れている”と流し、特攻隊員を若い神と称する。コロナ禍もそうだが、人は時代にマヒする

・満足に風呂にも入れない時代。特に銭湯においては湯は濁り、何もかもが汚い空間だったようだ

・何もない人間にとって、戦中とは”お国の為に命をささげる”と言っていれば評価される時代で、都合のいい時代だったのかもしれない

・ドイツはすぐに降伏した、しょせん西洋人。日本人は違う1億玉砕まで戦い抜く。日本人に生まれてよかった。とは著者の弁

・大東亜共栄圏をまとめるアジアの宗主国たる日本帝国…そこに生きる麗しく荘厳な日本人。というようなアイデンティティがあったのかもしれない

・大阪の空襲で家が焼けた時に家財の持ち出しに失敗している。政府の情報統制が聞いていて現状を把握できていなかったこともあるだろうが、どこか対岸の火事であったのだろうか

・”朝鮮人も日本人だけれども、やはりほんとの心の底は違うであろう”←隔世の感があるが、団塊の世代の少し前まではこの感覚が残っているのかもしれない

・空襲で家を焼かれ皆が茫然自失した中でも、家を焼かれたものと焼かれていない者との間での罵り合いが続くのは、今も昔もなんとも言えない人間のサガを見せつけられる

・6月24日の国民義勇隊(本土決戦に備える武器もない玉砕要員)の結成の様子など生々しいが、素手でマシンガンに挑むことがどういう事か見えてない様子が、世間知らず甚だしい当時の日本を象徴する

・”日本の青少年をして羨望せしめた、あの溌溂たる、活気ある、見事な統率力を持ったヒットラー”著者の目にはヒットラーが英雄に見えている。時代はその時々で歴史の見え方を変えるなぁとしみじみ

・天皇の声が無ければ、著者の様な人たちは降伏したとして納得しないだろう。国土を武力侵略することの難しさを思い知る

・大都市上空の制空権がなく、日々民間人が蹂躙される中にあって尚、日本国の勝利をあきらめないあたりが、読解力があり思考力があっても、情報収集ができない状態では俯瞰の視点には限界があるという事がよくわかる(コロナもそうだったように)

・”我らはたとえ幾千の原子爆弾頭上に落下するも恐れるに足らず。もし敵一歩たりとも本土に上陸せば、白醜の碧眼一人半手隻足たりとも斬りつけて死なんものをと激しき闘魂にふつふつと身を焼いているのである”...なんという直情。こういう人がたくさんいた時代か...常識とは何なのだろう

・日本人、大和民族、三千年の伝統と美しき国体...それらがすべて失われる恐怖と、当時の人々は戦っていたという事か...それが何だというのか?など言うものは殺されてしまうかもしれないな

・しかし、アメリカが天皇を残したのは大正解だった。天皇は日本国の象徴であり、それまで失われては日本は誰にも制御できなくなる。うまく取り込んだからこそ、アメリカは日本を鎮める事が出来た。著者も天皇の大詔は奉る

・1か月もするとケロッとしている。これが若さか。天皇が自重し再起を図ろうと促したことも著者にとっては大きな影響を与えたようだ。単純である

・そこからの目まぐるしい復興。この復興の経験はその時代の人々に”絶望からでも立ち上がれる”という自信をその後の未来に紡いだのではなかろうか

・彼女が軍国少女になった理由もわからないではない。1940年代前半までは日本はアジアの広大な地域を手中に収めていた(ようには見えていた)

・日本がもし第二次世界大戦においてうまく領土を保っていたとしたら、2000年代に入ってもなお、日本はアジア各地で戦火を挙げていたのではないか

・裕福な家に生まれた軍国少女が、現実に打ちのめされ絶望のその先を経験したことで、逆に覚悟が定まり文学一本に命を繋ぐのは、僕の人生にも重なり、絶望という事象は劇薬だなぁと改めて思う

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