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安売り合戦をやめて「質の成長」の時代へ

日本マーケティング協会発行「マーケティングホライズン」の2019年4月号「外食2.0」特集の巻頭インタビューを転載します。1年前のものですが、内容に色褪せる点はなく、むしろ今こそ読んでほしいと思いましたので、アップします。

強く印象に残っているのは、「『安く仕入れて、他より安く売る』というビジネスモデルに何の魅力も感じない」と明言された点です。

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はじめに

「SPA(製造小売)」や「6次産業化」などの言葉が飛び交うようになり、食の世界でもいかにして食材生産と消費を繋げることができるかがテーマになっている。さらに、食材の生産や供給においては、都市部ではなく「地域」という観点も欠かすことができない。そこで、岩手県の肉牛肥育農家出身で、現在は牛肉を扱う飲食店を展開する株式会社門崎(かんざき)代表の千葉祐士さんに話をうかがった。

牛肉生産者の前に立ちはだかる厳しい現実

Q:はじめに、千葉さんの手がけている事業について教えてください。

千葉:主に「格之進(かくのしん)」という屋号で、飲食店を16店舗経営しています。業態としては、焼肉・ステーキ・ハンバーグ・肉料理など、ほとんどが牛肉を使ったレストランです。東京やその周辺で13店舗、私の故郷である岩手県で3店舗を展開しています。その他に、ハンバーグや熟成させた牛肉をtoBやtoCで販売する事業も行っています。事業をスタートさせて今年でちょうど20年という節目に当たります。

Q:20年前はどのような思いで事業を始めたのでしょうか?

千葉:実家は元々、現在の一関市で「博労」(ばくろう)と呼ばれる家畜商をしていましたが、その後、牛を育てる肥育農家となりました。私の兄は今でも牛を育てる仕事をしています。ただ、当時から私は強い問題意識を持っていました。というのも、育てた牛は市場で売買されますが、その値付けに肝心の生産者はまったく関与できないんです。もちろん資本主義の世界ですから、「相場」で取引されるのは当然なのかもしれません。けれども、たまたま相場が良くて高値で売れるときはいいですが、一方で口蹄疫やらBSEが発生したら、ただ同然で手放さざるを得ない。これは生産者にとっては厳しい状況です。同じ牛が、タイミング次第でまったく違う評価をされ、それによって生活が振り回されてしまうわけですから。肉牛の生産者の多くは、経済的に恵まれた暮らしを送ることができているとは言えない状況です。近年廃業する生産者が多いのも、もっともなことです。

Q:このところ牛肉の価格は高騰しているように感じますが、生産者が儲かっているというわけではないんですね。

千葉:一部の繁殖農家(仔牛を産ませて、その仔牛を肥育農家に販売する農家)は利益を上げられるようになってきていますが、全体ではそうではないですね。和牛を経済的に見てみますと、最終的にお金に変わるまでに実に30ヶ月もの月日がかかるんです。その期間はブロイラーのような鶏であれば2ヶ月、豚であれば5ヶ月程度ですので、いかに牛肉の「生産効率」が悪いかがわかると思います。要するに、30ヶ月分の在庫を抱えなければならないわけです。

より良い未来のために生産者を「支える」

Q:効率が悪いうえに、値付けのコントロールもできない状況にあるわけですね。

千葉:仮に効率が悪かろうが、自ら値付けができまいが、きちんと利益を上げることができて生産維持が可能だったら問題ありません。けれども、現在はそうではありません。その点、飲食店というのは、自分たちが売るものを自分自身で値付けできます。肉にきちんと付加価値を乗せて、お客さんに販売することができるわけです。私がやっている主な事業は飲食店経営ですが、「飲食店の形をした食品メーカー」というつもりでやっています。

Q:牛肉の生産・販売に課題を感じる千葉さんにとって、仕入れをするうえでのこだわりのようなものはありますか?

千葉:当社では基本的に市場では「牛一頭をまるまる購入」しています。焼肉店の看板などで「一頭買い」という文言を見かけたことがある人もいると思いますが、実は「一頭買い」は難しいんです。それにトライする買い手の多くは、仕入れ額が安くなるからという理由でまるごと買います。けれども、すべての部位を使い切ることは難易度が高くて、結局やりきれません。結果的に彼らは「パーツ買い」に戻っていきます。その点我々は、この部位は熟成をかけて、こちらの部位はハンバーグに、などと全体を最適化して使い切っています。私が一頭買いをする目的は原価を下げることではありません。生産者からしたら、「この部位は要らない」と言われるのは困ることで、そんな買い手ばかりでは安心して生産することができません。そうではなく、「いい肉であれば、まるごと引き受けます。だから思い通りの肉を育ててくださいね」と言いたいんです。

Q:市場本位の取引だけでは、牛肉の生産を維持することは難しいということでしょうか?

千葉:「CSA」という言葉があります。「Community Supported Agriculture」(コミュニティによって支えられた農業)の略ですね。農産物の生産や販売を、ただ市場原理に委ねるのではなく、地域やコミュニティによってきちんと生産者を支えようという考え方です。牛肉生産においても、このような概念が不可欠ですし、最終的に牛肉を提供する飲食店には果たすべき役割があると考えています。私はよく「自分たちは証券取引所をやっている感覚だ」とお話しします。食べる人たちは、実はみんな投資家なんです。一人一人の投資家が、「どのような食の未来をつくっていくべきか」をもっと考えて、自分がいいと思うものにお金を投じて欲しいですね。もちろん「おいしいこと」はとても大事です。けれども、格之進のお店のお客さんは、おいしいことのその奥に、おいしさだけではない社会的な価値を感じてくれていると思います。

「A5」はおいしさの基準ではなく流通規格にすぎない

Q:格之進では、飲食業界ではブームになった「熟成肉」とか「塊肉」などをずいぶん早くから打ち出していますが、選ぶ牛肉に何か特徴はあるのでしょうか?

千葉:飲食店でよく「当店ではA5ランクのお肉を使用しています」のようなメッセージを見かけることがありますよね。あの「A5」って、一体何を意味しているかわかりますか?「A」というのは肉の歩留まりを意味しています。つまり、枝肉からどれだけの肉がとれるかという収量の問題であって、多く肉が取れるものが「Aランク」とされます。それから、数字の「5」はサシ(脂)の入り方を表しています。

Q:なるほど。そうだったんですね。ということは、A5などというのは、あくまでも流通上の規格であるということですね。

千葉:その通りです。流通の規格ですから、それは「おいしさ」を意味するものではありません。ただし、市場がA5を高く評価するということであれば、生産者の多くはそれをつくることを目指します。ではA5をつくるとはどういうことかというと、まずはできるだけサシが入るようにして単価アップをはかります。そして、増体系と言われる体の大きな牛を選ぶことで、重量を取れるようするのです。しかしこの牛肉が本当においしいかというと、それは難しいところです。脂の粒子が粗く、かつ脂の多い牛肉なわけですから。最近は、そういう霜降り肉を敬遠する人も増えていますよね。

Q:では格之進ではA5などにはこだわっていないんですね?

千葉:はい、自分たちの求めるおいしい肉の条件というのがあって、それに合致しているものを買います。それは市場評価としてはA3だったりすることも多いんですが、我々には関係ありません。むしろ、生産者としては「A3にしかならなかった肉」というケースもあるわけで、我々がそれを積極的に買い求めることは、彼らを応援することにも繋がると思います。

地域から世界へと発信していきたい

Q:本社は岩手県の一関市にあるとうかがいましたが、それはなぜでしょう?

千葉:私の生まれ育った、人口1000人程度の地域に本社を置いています。信号もコンビニもないんですが、そういうところから、東京へ、そして世界へとメッセージを出すような事業を展開していきたいんです。私は一関に生まれたことも、牛を飼っている農家に生まれたことも、天命だと思っています。ですから、「一関と東京を食でつなぐ」というミッションを掲げて、仕事に取り組んでいます。私の通っていた学校が廃校になってしまったんですが、昨年そこを自社のハンバーグ工場にしました。

Q:学校をハンバーグ工場にですか!それはユニークですね。ちなみに、なぜハンバーグ工場だったのでしょう?

千葉:我々は事業の目標数値として、売上でも利益でもなく、「仕入れ額」を掲げています。どれだけ多くの量や金額を生産者から仕入れさせていただくことができるか、それにトライしようとしています。それができれば、農家ももっと喜んで生産に向き合ってくれはずです。そしてある程度の量を扱うためには、ハンバーグにより本格的に取り組むべきだと考えたんです。

Q:飲食店経営や食肉やハンバーグの販売以外に、現在どんなことに取り組んでいますか?

千葉:飲食業の世界にはブームがつきものですが、その多くは一過性で終わってしまいます。そしてそのあおりを受けるのはいつも生産者です。ニーズに応えて生産量を増やしたり、そのために設備を増強したりした頃には、肝心のニーズが激減していたりするわけです。ただし、新しい価値が生まれること自体は歓迎すべきで、ブームを否定するつもりはありません。しかし、それを定着させるにはアカデミックな観点が欠かせないと思っています。そこで、数年前から「肉肉学会」というコミュニティを立ち上げて、生産者や学術関係者、飲食店関係者などが集まって、知見を蓄える動きをしています。毎月のようにメンバーで集まって、生産や食味などについて情報交換や議論を繰り返しています。つい最近は、その派生として「乳乳学会」もつくりまして、こちらではチーズや乳製品の知見を貯めているところです。

Q:他に今後トライしてみたいことはありますか?

千葉:今後5年以内には米や野菜などのいわゆる農業に参入したいですね。皆さんは野菜なんてお金を出せばいつでも手に入ると思っているかもしれません。しかし、これからどんどん生産の担い手がいなくなります。そのときには、ビニールハウスや植物工場ではなく露地栽培で野菜をつくる人なんて、すっかりいなくなっているかもしれません。それが有機栽培など、こだわったものならばなおさらです。そういう高品質な野菜が買えなくなる未来は、訪れる可能性が高いわけです。そのために、自分たちで生産した野菜を、格之進で培ったコミュニティのメンバーに届けていくような、そんなことができたらいいなと思っています。これも一種のCSAですね。

安売りから共感へ、そして質の成長の時代

Q:最後に、現在の外食産業を見ていて何か感じることはありますか?

千葉:日本の外食企業の中には、「安売り」を掲げているところが少なくありません。けれども私は「安く仕入れて、他より安く売る」というビジネスモデルに何の魅力も感じないんです。確かに外食産業はこのやり方で大きくなってきましたけれど、このやり方を今のまま続けていって、その先にどんな未来があると思いますか?私には、そこにハッピーがあるようには思えません。必要以上に安くしようとするから、国産の食材が使えなかったり、不要な添加物に頼ったりするわけです。でも、これからはもっと循環とかサステナビリティとかを意識するべきだと思います。もちろん資本主義社会を否定するつもりはありません。けれども、これからはもっと「公益資本主義」とか「共感主義」とか、そういう思想を持っていかないと色々なものが維持できなくってしまうと思います。SDGsがもてはやされていますけれども、飲食店こそ真っ先にそのテーマに取り組むべきではないでしょうか。少なくとも日本において量の成長の時代は終わっています。これから先は「質の成長」が求められる時代だと思いますし、そこに利益がついてくるはずです。

Q:千葉さんの取り組みに反応する人が増えているのを感じますか?

千葉:人の価値観はそう一気には変わりません。だから、私たちもそれをドラスティックに変えられるとは思いません。そういう意味では、ペンキを何層にも塗り重ねていくように、活動を積み上げていくしかないのだと思います。今はまだまだ理解されない部分もあります。けれども、10年20年先に、「格之進のやってきたことって、振り返ってみれば、結構時代を先取りしていたよね」と言われたいですね。

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