家を出る

夕方に、ふと、玄関へ行ってこっそり自分の靴を取る。
母は台所にいて、弟をおぶって晩ごはんを作っていて気がつかない。

二階の窓から屋根に降り、靴を履く。
裏のアパートの塀に登り、外に出る。
とぼとぼ歩いて、原っぱへ行く。
バッタを捕まえる。
数珠玉を集める。

名前を呼ぶ声がする。
草の陰にじっと隠れる。

声が遠くなってから、山の方へ歩き出す。
山の中は冷んやりしている。
暗くなって、怖くなって、引き返す。

姉が向こうから走ってくる。
私は立ち止まって下を向く。
差し出された姉の手を握って、帰る。

家からシチューの匂いがする。
お腹がペコペコだ。
シチューは温かくて美味しかった。

ぼんやりとした記憶で、シチューは別の日かもしれないし、山に一人で行って暗くて怖くなったのも別の日かもしれない。

弟が生まれた頃、母が弟の世話にかかりっきりで寂しかったんだと思う。
私は何度か家出をした。
母は弟の方を向いて寝るようになって、私は母の背中を見ながら寝ていた。
男の子、男の子と喜ぶので、女の子はダメな気がした。

そう思ったこともぼんやりとしているけど、寂しい気持ちはずっとあった。
お母さんは弟のもので、私は生まれてこなくてもよかったとどこかで思い続けてきたような気がする。

こんなこと、今さら思い出してもどうしようもない。
「お母さん、こっち向いてよ」と言えなかったあの頃の私を、今の私が見ただけのこと。

でも、私は私を見ていてくれる人が欲しかったんだから、このことがすごく大切なことだと思っている。

思い出すことは大切なこと。

お姉ちゃんが迎えに来てくれたことも、シチューが美味しかったことも、大切なこと。

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