あれから・・・中編
長いコールの後、電話がつながった。
俺 あっ、もしもし俺。ごめん、今、大丈夫か?
住 おお~!大作家様じゃないか!どうした?元気か?それともわざわざ電話してくるなんて、また何かあったか?
俺 ああ、ちょっとな。実は写真がらみの怪異で困ってるんだ。
住 写真?心霊写真系なのか? まさかあの東京の写真じゃないだろうな?あれはマズいぞ、というかお前死ぬぞ?Aさんにもそう言われてただろ?
俺 いや、あの写真じゃない。あの写真は幸運にも手元にないからな。だから別の写真だよ。でもかなりヤバいみたいでさ。お前なんとか出来んかな?
住 あの写真じゃない?それじゃ、どの写真だ?お前から他に写真がらみの話なんて聞いた事無かったぞ?
俺 いや、だから忘れてたんだよ。記憶からすっかり消えてた。でも家の掃除で見つけちゃって気付かずに開けてしまっだ。だからお前らが知らない写真だ。
住 忘れてて開けてしまった?ガハハハ、いいぞ。なんかお前らしくて!で、何をすればいいんだ?
俺 あのさ、このまま放置していて良いと思うか?既にかなりの霊障が出てるんだけど?なんか幽霊の類とも違う気がしてさ。なんかもっと妖怪に近いような・・・。妖怪の類ならお前でもなんとか出来るかもしれんと思って電話したんだよ。だから何とかしてくれ!
住 何とかしてくれ?お前からそんな泣き言を聞くのも久しぶりだよなぁ。だから何とかしてやりたいのはやまやまなんだがワシは今、東北におるからなぁ。しかも2か月くらいは此処から動けそうもない。だからとりあえずその写真を写メに撮って送ってくれ。それを見て判断してみるから・・・。
その夜、俺は写真の写メを撮って住職に送るとすぐに電話をかけた。
しかしどれだけかけてもいっこうに電話が繋がらない。
まさかとは思うが、霊障が住職にも及んでいないと良いのだが・・・。
そうなると、やはり自分で何とかする以外に方法は無い。
だから俺はその写真がどういう経緯で俺の元に来たのか、を必死で思い出そうとした。
消えかけていた記憶の糸を手繰りながら・・・。
そうすると、薄っすらと記憶が蘇ってきた。
確か、あれは俺が大学を卒業してすぐの頃・・・。
就職先のIT関係の会社でプログラミングの研修を受けていた時の事だったはずだ。
全国から集まった新入社員に加えて、協力会社の新入社員もその研修に参加していた。
その中に福井県から来ていた新入社員・・・確か「紺谷」という男がいた。
その紺谷という男から頼まれて俺はあの写真を預かった・・・はずだ。
確か、福井県の〇〇〇情報システムとかいう会社から来てた男。
それにしてもどうして俺はこの男からこんな心霊写真なんかを預かったりしたんだろうか?
顔も思い出せないのだからきっと仲が良かったという事もないはずなのに・・・。
まあ一つの仮説は簡単に想像できる。
どうせその頃には既に中学時代の危ない心霊写真を自宅で封印し隠し持っていた。
だから、心霊写真が一つ増えたって同じだろ、と軽く考えて安請け合いをしたのではないか?
福井県の〇〇〇情報システム・・・。
調べてみるとその会社は今でも存在していた。
早速、俺はその会社に電話した。
「紺谷さんはいますか?」と。
しかし、残念ながら紺谷という社員はその会社にはいなかった。
「辞められたんですか?」
そう尋ねると
「過去にも現在でも、そのような名前の社員がいた事実はありませんが?」
そうはっきり言われた。
これはどういう事なのか?
そもそも社員じゃなかったのか?
薄っすらと見え始めていた記憶がぷっつりと途切れてしまったが簡単に諦めるわけにはいかなかった。
俺はその研修会に参加していた他の同期を探す事にした。
単なる苦肉の策だったが、それはすぐに良い結果をもたらしてくれた。
俺が勤めていた会社には今でも一人だけ同期の女性が残っていた。
そして駄目元で聞いてみると、奇跡的にその女性は当時の事をかなりはっきりと覚えてくれていた。
当時の詳細はこうだ。
連日の研修に疲れ果てていた同期全員が週末に駅前へと飲みに繰り出した。
そこでずっと塞いでいた紺谷という他社の同期に俺が声を掛けた。
「どうしたんですか?何かありましたか?」と。
すると紺谷は人が変わった様に饒舌に話し始めた。
どうやら福井県の山間部にある廃寺に仲間3人と肝試しに行った紺谷はその時に撮影した写真を見て絶句したそうだ。
そこには、はっきりと確認できる顔が写り込んでいた。
それは人間というよりも獣のような顔で、一人の友人を背後から睨みつけていた。
友人たちの中でその写真はかなり話題になり大いに盛り上がった。
「凄い心霊写真が撮れた!」と。
しかし、その後、背後から睨まれていた友人が急死する。
しかも写真に写り込んだ獣のような顔は次第に増えていき、それに伴って友人たちの中から大怪我や大病する者が増えていったのだと説明された。
それを聞いた俺が、呑気に助け舟を出した。
「そんなに怖いのなら俺が預かってあげるよ!」と。
それはいつもの安請け合いに他ならなかった。
我ながら自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。
それと同時に忘れていた大切な事を思い出した。
あれから紺谷とは連絡がつかなくなり風の噂で急死したと聞いたのだ。
俺はその時点で事態の深刻さを痛感した。
そして慌てて、本当にヤバい写真なのだと確信し厳重にその写真をしまい込んだ。
忘れてしまうほどの長い時間・・・。
これがそんな写真を俺が持っていた流れになる。
改めて、自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。
しかも、今はあの3人に助けを求められない状況なのだ。
いや、富山の住職だけは助けてくれるかもしれなかったが、そんなアイツとも既に音信不通になってしまった。
だからどんなに恐ろしい怪異だったとしても自分一人で対応しなければいけなかった。
そんな事が俺に出来るのか?
いや、やるしかない。
それしか助かる道は残されていないのだから・・・。
ただ俺にはこれまでAさんと行動を共にした事で知識だけはそれなりに備わっていた。
心霊写真で起こる霊障は基本的には写真に写り込んでしまった念を消去してしまえばいい。
それには写真を燃やしてしまったり、お寺や神社でその念自体を浄化してしまうという方法が手っ取り早い。
しかし、これはあくまで危険性の低い心霊写真にしか当てはまらない。
危険な心霊写真にはこれはかえって危険を呼び込んでしまい後戻りが出来なくなる。
つまり対応できる能力の無い者には厳禁の方法だった。
そもそもそのような写真が簡単に燃やせたのを見た事が無いし、運よく燃やせたとしても、それは心霊写真の元凶を無意味に刺激するだけ。
かえって危険な状態になってしまう。
それではどうすればいいのか?
そんな場合にはその写真を撮影した場所に行くのが最も手っ取り早い。
その場所に行って、立派なお供えをして心から謝罪する。
「撮影してしまい本当に申し訳ありませんでした。どうかお許しください」と。
そうすれば殆どの場合、解決へと向かってくれるはずだ。
しかし人間と同じように話の通じない場合もある。
その場合は、自分がお前よりも上だという事を示して強引に黙らせる。
それが面倒だからAさんは手っ取り早く強引に浄化していたが・・・。
勿論、俺にはそんな力は無い。
だとすれば最悪の場合でも時間をかけてお願いし説得するしかなかった。
それが俺に出来るのか?
ただ考えていても時間は無駄に過ぎるだけ。
もっと最悪な状況になりかねない。
それならばとりあえず動いてみるしかないな!
本来は絶対に見たくないその写真を取り出し、まじまじと見つめる。
写真のどこかに手掛かりがあるはずだ。
福井県の山間の廃寺・・・そう言っていたのは間違いないのだ。
その写真にはお世辞にもガラが良いとは言えない4人の男性がボロボロの廃屋の前でポーズを決めてドヤ顔を晒していた。
あまり友達にはなりたくないタイプだったが、それでも4人は肝試しを楽しんでいたのだろう。
だとしてもどうして4人はそんな場所へ行ってしまったのか?
福井県と言えば、東尋坊や雄島、その他にも沢山の心霊スポットがあるはずだ。
そういう場所ならばきっとこれほどの事態にはならなかったはずなのに・・・。
ここは一体何処なのか?
山の中という事はすぐに分かったがそれ以上は何も手掛かりらしきものが無い。
ただ、背後に写っている廃屋がきっと廃寺ということなのだろう。
問題はそれからだった。
4人の背後には彼らよりも遥かに大きな顔がはっきり写り込んでいた。
ちょうど4人の真ん中に割り込むように写る白く大きな顔。
そしてその視線は右から2人目の男性を睨みつけている。
だとすれば、きっとその男性が急死したという友人なのだろう。
それにしてもその白い顔は今まで俺が見てきたモノとは明らかに違っていた。
人間というよりも爬虫類に近い顔・・・。
そして彼らを取り囲むように無数の小さな顔が浮かんでいる。
どの顔も強い怒りを溢れさせながら・・・。
だとすれば彼ら4人はソレに何をしてしまい怒りを買ったのか?
それとも、何もしていないのに怒りを買ってしまったのか?
ついそんな事を考えてしまうが今知りたいのはそれではなかった。
さっさとその廃寺の場所を特定しなければ時間切れになってしまう。
俺はその写真をスマホで撮影しパソコンの大きな画面で拡大し手掛かりを探した。
本当はこんな危険な事はしたくなかったがこんな小さな写真から場所の手掛かりを探すにはそれしか方法を思いつかなかった。
しかしどうやらその方法は間違いではなかった様だ。
パソコンの大画面で拡大すると見えなかった細部が色々と見えてきた。
彼らの右端に朽ちかけた木片が立てかけられており、そこには薄っすらと黒い文字が読み取れた。
全部で3文字。
一番右の文字は読み取れないがきっと「寺」という漢字だろう。
そして左端の文字はなんとか、ある文字なのだと認識できた。
だとすれば、真ん中の文字が読み取れればお寺の名前がほぼ確定する。
そうなれば彼ら4人が行った廃寺の場所も特定できるだろう。
しかし残念ながら真ん中の文字だけはどうしても読み取れなかった。
しかしそれでも、何とかするしかなかった。
左端にある漢字を使っているお寺・・・。
ネットではヒッとしなかったが別の方法で問い合わせると、それらしいお寺が3つみつかった。
そのうちに一つは廃寺ではなく、もう一つは廃寺ではあったが海の近くの市街地にあった。。
だとすれば、残りは1つだけ。
確かに田舎の山間部にその廃寺はあった。
田舎の村からかなり離れた場所にどうしてお寺など建てたのか?
その理由は俺には分からない。
しかしそのお寺の名前からも何か不穏なものを感じてしまう。
もしかしたらそのお寺は何かを封じ込める為に建てられた寺ではなかったのか?
最初はちゃんと住職がいて供養していたが、亡くなったり逃げ出したりした事で封印が解けてしまったのではないか?
だとすれば危険極まりない。
どうする?
しばらくの間、そんな事を考えていたが、俺はすぐにそれを止めた。
無意味に自分を怖がらせてどうする?
それにどんなにヤバくても俺にはやるしかないのだ。
俺はその寺に確信を持ち、すぐに現地に向かう事にした。
高速を福井北で降りてそこからは一般道を走る。
カーナビで近くの建物を目的地に設定し走っていると何故かカーナビの指示がおかしくなる。
全く関係の無い地名をアナウンスしたり、石川県の地名ばかりへ誘導しようとする。
明らかに現地から遠ざけようとしているのがはっきりわかる。
地名は調べてあったからカーナビを無視してそのまま走る。
道は想定していた以上に細くなり舗装も消え、やがて荒れた砂利道になる。
勾配もきつくなり軽四では苦しかったがそれでもトコトコと走り続けていると何とかそれらしい場所に出た。
こんな場所には他に車など来ないだろうとは思ったが、それでも出来るだけ邪魔にならないようにと道の端に停めると俺はエンジンを止めて車外に出た。
昼間だというに怪しいとしか言えない雰囲気に俺は思わず息を呑んだ。
それでもゆっくりと歩き始める。
5段ほどの石段を上ると少しだけ開けた場所にでた。
雑草が伸びて視界は最悪だったがそれでも前へと進む。
10メートルほど進むと見覚えのある風景に思わず立ち止まる。
あの写真のアングルにそっくりだった。
・・・間違いない!
これほど雑草が伸びてはいなかったがどう考えても、あの写真はこの場所から撮影されたのだと確信した。
だとすると、この先にある廃屋、いや廃寺にソレはいるのだろう。
ゆっくりと踏み出そうとした・・・。
その瞬間、両方の足がつった。
どうしてこんな時に!
そう思った瞬間、体中がピクリとも動かせなくなった。
久しぶりの金縛りに加えて、両足のふくらはぎの痛みが同時に襲ってきた。
その場に倒れ込む事も叶わずその場で苦痛に耐える。
そうしていると、今度は激しい耳鳴りが襲ってきて周囲の温度が一気に10度以上下がったような気がした。
「ヤバい!・・・。とりあえず体勢を立て直さなきゃ!」
俺は何とかして金縛りを解こうと身体中に力を入れて手足の指を逆に逸らす。
そして、ある短い言葉を繰り返し口ずさんだ。
これもAさんから教えてもらった金縛りの解除方法だった。
かなりの痛みを伴ったが次第に身体の自由が戻っていく。
その刹那、背後から強い衝撃を感じ、思わず前方へ転んだ。
雑草がクッションになったが顔は土にまみれてしまった。
急いで起き上がろうと顔を上げると俺の前に・・・何かがいた。
着物を着ているがそこから出ているのは明らかに獣の足だった。
二本足で立ってはいるが、その裸足の足は獣のような剛毛で覆われとても細い。
なんだ、コレは?
これは本当に人間の幽霊とか妖怪の類なのだろうか?
やはりこれまで俺が見た事も聞いた事も無い種類の何かなのか?
そう思った瞬間、体中に鳥肌が立ち、脳内が危険信号を鳴り響かせた。
そして、もうひとつ、とても不可思議なことに気付いた。
俺が家を出たのは午前10時頃。
そして此処に辿り着いたのは、大体正午くらいのはずだった。
それなのに俺の周りは異様な暗さに包まれていた。
まるで夜の闇の中にでもいるかのように・・・。
コイツはこんな事まで出来るっていうのか?
だとしたらヤバすぎる!
それに、このままじゃこの闇から出られない・・・。
どうにかして逃げないと!
そうは思ったが、恐怖で身体に力が入らない。
ヘビに睨まれたカ〇ル・・・。
まさにそんな状況だった。
その瞬間、俺の身体が勝手に跳ね上がるかのように立ち上がり、出口の石段の方へと軽く背中を押された。
えっ?何が起こってる?
そうは思ったが、そのまま一気に車まで走ると、急いで車を発進させた。
車はまるで漆黒の闇の中を走っている様だったが、それでも10分くらい走っていると知らぬ間に昼間の明るさの中に戻っていた。
何とか戻れたのか・・・。
そう思いホッと胸を撫で下ろしたがまだ油断はできない。
俺は慎重に車を走らせ、なんとか無事に自宅へと戻ってくる事が出来た。
自宅へ戻ってきた俺は奇跡的に無事だった事を喜んでいたが、すぐに身体が重くなりやがて立ちあがることも出来なくなった。
そしてそのまま病院へと入院。
身体を動かす事も苦しかったが、そんなベッドの上で俺はこんな事を考えていた。
「あの場所に行ってこういう状況になったという事は、あの写真の元凶はあの場所で間違えない!だが、それが分かったとして、これからどうすればいいんだ?明らかに向こうは俺の話を聞く気は全く無いようだ。あれでは謝罪や説得など通じるはずもない。どうする?どうすればいいんだ?」と。
その時の俺はあまりに絶望感で、病室に誰かが入ってきた事にも気付かなかった。
突然、頭を鷲づかみにされグリグリと動かされた。
「な、何が起こった!アレが病院まで追って来たのか?」
身体をジタバタと暴れさせて必死にそれから逃れようとする。