武器は持たない・・・。

知り合いのAさんからよく言われるのだが
霊と出会ってしまったらまずそれが悪いモノなのかそうでないのかを見極めます。
出来るだけ視線を合わせないように。
視線を合わせちゃって自分がそいつを視えてるのがバレちゃうとどちらにしても面倒くさい事になりますから。
悪いものでなければそのままスルーすればいい。
そして悪いモノだと判ったら今度は睨みつけて怖がっていないというアピールをすればいい。
刺激し過ぎない程度に。
怖がっていない人間をあいつらは嫌います。
だから普通ならそれで相手も離れていくはずですから。
ただ中にはそういうのとは関係なしに近づいてくる奴もいます。
明らかに危害を加える為に・・・。
そうなったらもうしっかりと向き合い立ち向かうしかないんですよ。
霊感があるとか力が強いとか、そういうのは関係無しで。
自分を、そして誰かを護るために・・・。
ただね、そういう時には絶対に武器を持ってはいけないんですよ。
せいぜい大声で威嚇する程度にしておかないと!
霊って、いや悪霊って幻覚を見せたり人を操るのが得意なんですよね。
それにそもそも霊体には普通なら物理的攻撃は効きません。
普通なら・・・ですが。
だからね、すぐ近くに包丁や棒があっても絶対に手にとってはダメなんです。
それは別の誰かを物理的に傷つけてしまう事にもなりかねないので・・・と。
確かにそれは正解なのかもしれない。
俺もこれまで人が簡単に操られたり幻覚に悩まされる姿を数多く見てきたのだから。
 
三重県にお住いの川野さんは30代の会社員。
同い年の奥さんと幼稚園に通う一人娘の3人で市内のマンションで暮らしていた。
夫婦仲はとても良好で彼は常に奥さん最優先で物事を考えるようにしていた。
そんな彼の家にある時古い友人がやって来た。
どうやら彼は若い頃、心霊スポットへ頻繁に出かけるほどの心霊スポットマニアだったらしく当時の仲間が久しぶりに連絡してきて彼の家へとやって来る事になったようだ。
酒を飲みながら昔の馬鹿話に花を咲かせているとつい話題は心霊スポットの話になった。
彼としては既にオカルトには興味は持てなくなっていたがどうやらその友人は今でもたまに心霊スポットに出かけているのだと面白おかしく話して聞かせた。
そして友人は少し得意げに自分のスマホを手に取るととある画像を彼に見せてきた。
それは明らかに心霊写真としか考えられない画像だった。
しかも異様にはっきりと映り過ぎておりそれでいて全くフェイク感が無いという奇妙な心霊写真。
その時には彼もそして奥さんも興味本位でその画像をまじまじと凝視してしまいその不気味さに久しぶりの恐怖を味わった。
その友人は久しぶりの再会を楽しみ午後11時頃にはタクシーを呼んで帰っていった。
そして彼と奥さんも後片付けをした後、午前0時過ぎには眠りに就いた。
久しぶりに飲み過ぎてしまった彼は真夜中の午前2時頃、強い尿意を感じ眼が覚めてしまう。
すぐ横のベッドには奥さんと娘さんがスヤスヤと寝息を立てていた。
出来るだけ2人を起こさないように静かにベッドから這い出すと彼はそのまま忍び足でトイレへと向かった。
無事に用を足し終えた彼はそのまま静かにトイレを流すとゆっくりとドアを開けて廊下へと出た。
ふと玄関の方へと視線を向けた瞬間、彼の動きが停止した。
玄関に誰かが立っている・・・。
ひとりの女が俯き加減に玄関ドアの方を向いて立っている。
いや寝室に奥さんと娘が寝ているのだからそれは家族ではなく侵入者か幽霊のどちらかだった。
そして彼が出した結論は幽霊に間違いない・・・というものだった。
かつて心霊スポット探索をしていた時でも本物の幽霊というものに遭遇した事など一度も無かった。
それらしきモノを視た事はあったがそれが本物なのか、そうでないのかは彼には分からなかった。
しかし彼はその時、目の前にいるのが本物なのだと本能的に感じていた。
心臓が早鐘の様に鼓動を速くし全身に鳥肌が立っていた。
汗が吹き出しているのに廊下の空気は異様に冷たく感じられた。
恐怖と危険を感じながらも彼は必死に思考を巡らせていた。
このまま放置するわけにはいかない・・・。
妻と娘にだけは近づかせるわけにはいかない・・・と。
 
彼は勇気を振り絞って決意していた。
もしもこの女の幽霊が此方を向いたら・・・。
こちらの方へ向かってきたら・・・。
どんな手段を使っても絶対に妻と娘には近づかせない!と。
彼はそっと近くに立て掛けてあった掃除用のホウキを手に取った。
勿論、彼としても幽霊と対峙したいとは微塵も考えてはいなかった。
絶対にこっちを向くなよ!
近づいて来るなよ!
そう強く願っていた。
しかし彼の願いとは裏腹にその女はゆっくりと此方へと向き直った。
そしてヨタヨタとした足取りで此方へと近づいて来る。
彼は反射的にウオーっと叫びながらその女へと突進した。
そして手に持ったホウキをその女へと振り下ろした。
彼としても正直ホウキで幽霊と対峙出来るとは思っていなかった。
ホウキを打ち付けようとしてもそのままホウキは空を切るだろうと考えていた。
しかし想定外に振り下ろしたホウキは物理的な何かへ当たりゴンという嫌な音が聞こえた。
そしてドサッという音と共に何かが床へ崩れ落ちた。
眼の前に女の霊の姿はもう見つけられなかった。
そしてその代わり、誰かが床に倒れ唸っていた。
それが奥さんの姿だと気付いた時、彼は絶望の叫び声を上げたそうだ。
ここから先はあまりに生々しく悲しい結末だから書く事は回避する。
ただこの話を寄せてくれた川野さんのこれ以上同じ不幸を誰にも体験させたくないという気持ちだけはご理解いただければ、と思っている。

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