日曜日のポンジュース

保科さんは看護師として働く33歳の男性。
以前はごく普通の結婚観を持っていたが現在では全く結婚する気は無いのだという。
それというのも・・・彼は28歳の時に元彼女と死別している。
元彼女の死因は自殺。
自殺する半年ほど前には彼女とは別れていたらしいのだがある日彼が自宅アパートへ戻ると部屋の中で彼女が首を吊って死んでいた。
彼はロフト付きの部屋に住んでおりそれを利用しての天井付近からの首吊りだった。
現場検証と検死の結果、発見は死亡推定時刻から3時間ほどしか経過していなかった。
そして、その遺体は腐乱こそしていなかったが首だけが異様に長く伸びていた。
高所からの首吊りであり死後3時間ほどしか経っていないのなら宙に浮いたまま停止しているのが普通だった。
しかしその時発見された遺体は首が異様に伸び切っており、そのせいで両足はしっかりと床に着いていた。
そして死後硬直なのかその体はピクピク、ビクッビクッと小刻みに動き続けていた。
それは彼にトラウマを植え付けるには十分なものだった。
ただ彼も看護師として働いており酷いケガやおぞましい死に目には何度も何度も立ち会っていた。
だから医療に携わる者としてその異様な死に様を見てしまった事だけでトラウマになり誰とも結婚する気が無くなったという訳ではなかった。
どうやら今でもその彼女が彼の傍から離れず近くにいると気付いてしまったのだという。
今思えば、その彼女というのは出会った頃にはとても明るい性格だった。
しかし付き合い始めて半年ほど経った頃から彼への束縛が強くなりどんどん暗い性格になっていった。
スピリチュアルや占いにどんどん傾倒していき口数も少なくなりじっと空を見つめている事が多くなった。
彼が何を話しかけても何も答えずそうかと思えば突然2人の未来について話しだしたりする。
いつしか彼は彼女に対して嫌悪感を抱くようになっていった。
もうこいつは頭がおかしくなってるんじゃないのか?と。
一度そう思ってしまうとどんどん気持ちが離れ一緒にいる事さえ苦痛になった。
そしてある日彼は思い切って彼女に別れを切り出した。
 
もう一緒にいる意味がわからなくなった・・・。
お互いの為に別れよう・・・と。
 
すると、そんな彼の別れ言葉に彼女はフフッと笑いながら
 
それは無理だよ・・・。
だって、もう離れられないんだから・・・。
死んでも離れられないんだよ?
たとえ殺されたってちゃんと迎えにくるんだから・・・。
 
そんな訳の分からない言葉を返してくるだけだった。
そんな彼女にはお構いなくそれからの彼の行動は冷酷なものだった。
いや、そんな彼女の受け答えを聞いて更に嫌悪感が増してしまった。
電話、メール、LINE、SNS・・・。
全ての連絡手段をブロックし部屋の鍵も変えた。
全ては彼女の常軌を逸した狂気を想定しての防御手段。
彼の中では既に彼女は過去の人であり自分に害を為す害虫と同じだったようだ。
しかし彼が別れ話を切り出してからというもの、彼女が部屋にやってくる事も無ければ電話もLINEを送って来る事も無くなった。
彼にとっては意外だったがそれでもホッと胸を撫で下ろし新しい自由な暮らしを楽しむ事が出来ると晴れ晴れした気持ちだった。
そうして半年ほどが何事も無く平和に過ぎていった。
そして彼にも新しい彼女が出来そうになっていたある日、仕事から帰宅した彼が部屋の明かりを点けた瞬間、完全に思考が停止してしまった。
何かが部屋の上から大きな布のように垂れ下がっている・・・・・・。
長くて細い何か・・・・・・。
そしてそれはビクッ・・・ビクッと小刻みに動いている。
何なんだ・・・これは!?
もしかして、これは人間なのか?
でも・・・どうして?
そう思った直後、彼の眼はそれと視線が合ってしまった。
それは奇妙な体勢で垂れ下がっているにも拘わらず顔だけはしっかりと彼の方を見ており今にも瞬きをしそうな程に生気に満ちていた。
う、うわぁ~!
最初は大きな布だと思っていた物が彼女の首吊り死体だと把握するのに時間ばかからなかった。
その時の彼の恐怖と驚きは想像に難くない。
どうしてコイツが俺の部屋で死んでるんだよ?
いや、そんな事よりもまだ生きてるんじゃないのか?
訳が分からないまま部屋を飛び出した彼は急いで救急車を呼び警察へも連絡した。
自ら脈拍を確認し蘇生措置を取らなかったのはもう関わり合いになりたくなかったから。
結果として彼女は既に絶命しており死後3時間ほど経過していた。
勿論、部屋の住人である彼も警察から嫌疑をかけられ色々と調べられたが彼自身は病院で看護師として仕事をしていたというアリバイもあったし何よりアパートの防犯カメラには彼の姿など一切映ってはいなかった。
いや、映っていなかったのは彼の姿だけではなかった。
自殺した彼女の姿も全く映像には映りこんではいなかった・・・・・・。
どういう事なのか?
どうやって部屋に入ったのか?
部屋の鍵は半年ほど前に変えられていたしそもそも監視カメラに映らずに部屋に入る事など出来るはずも無かった。
いや、実はそんな事よりも警察が不可解に感じていた点があった。
それはどうして死後3時間程度で首が50センチ以上の長さに伸びてしまったのか?という事だった。
夏場に長い期間放置されていたのなら体全体が腐食し液状化して首が異様に伸びる事は説明がついた。
しかしその時期は初冬であり3時間程度で腐乱し液状化して首がグーンと伸びる事など考えられないと説明された。
実際、彼女の体は一切腐乱などしておらずそれなのに首だけが50センチ以上に伸びる事などあり得るのだろうか?
それでも彼だけでなく不審者の姿も監視カメラに一切映ってはいなかった事で事件性の無い自殺として処理されたようだが。
当然のごとく彼はすぐにその部屋から引越しした。
今度はもっと賑やかな街中に在る高層階の賃貸マンション。
静かな環境で暮らすのが耐えられなくなっていた。
しかし彼が引越しをしてからすぐに怪異が起こり始める。
ブロックし既に死んでいる彼女からLINEが毎日何度も届くようになった。
部屋用のスリッパ変えたんだ~?
新しいパジャマの色、あまり好きじゃないかな~
床にコーヒーこぼした時はもっとちゃんと拭かないと・・・・・・。
そして
これからもずっと一緒だよ・・・・・・と。
付き合い始めた頃のように明るい文面に戻ってはいたがその内容は常に彼の行動を監視していなければ知り得ない事ばかりだった。
彼にはそれが恐ろしくて仕方なかった。
そして1か月ほど前から怪異は更に恐怖度を増した。
LINEで彼女は
もうそろそろ迎えに行くから・・・待ってて。
そんなメッセージを送ってくるようになった。
どんなに非表示にしてもブロックしてもそれは必ず送られてくる。
そしてこんな怪異も起こる様になった。
部屋にいると昼夜に関係無く逆さの彼女の顔が部屋を覗き込んでくるのだという。
彼が住んでいるのは最上階の8階。
そして彼の部屋の上には立ち入り禁止になっている屋上しかない。
彼の頭の中には、まるで屋上から彼女が首を伸ばして覗き込んでいる姿しか浮かばないのだという。
 
そんな彼は最後にこう話してくれた。
アイツが首を吊って首を長くして死んでいたのはもしかしたら僕の部屋を覗き易い様にする為だったんじゃないのか?
今はそう思えるんです。
そして最近では覗き込む顔がどんどん大きくなっている・・・。
もうすぐ僕はアイツに連れていかれる・・・のかもしれないですね・・・・・・と。
 
 
 
 

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