何を視たのか?

小出さんは内装業を営む会社の社長さんだ。
ただ社長とは名ばかりで事務所でのんびり事務処理をすることは稀で1年の殆どは社員と一緒に現場へ出かけている。
そんな彼の元にある時好ましくない仕事の依頼が入った。
仕事の内容は既に廃業しているホテルを改装して営業できるように仕上げる事。
工期もたっぷりあり工事単価も申し分なかった。
しかし、彼はその仕事の依頼が舞い込んだ際、熟考の末に一度は断った。
別にその時仕事が忙し過ぎたわけでもなく見積金額が合わなかったわけでもない。
いや、そもそも見積もりすら出す事もしなかった。
その廃ホテルはそもそも心霊スポットとして地元でも有名な場所だった。
しかし、そんな事で仕事を断ったりはしないと彼は言った。
どうやらその廃ホテルには過去に何度も再開業の話が出ておりその度に現場には沢山の工事業者が入っていた。
しかし、一度も改装が完了した事は無かった。
事故が多発するのだという。
しかも怪我や体調悪化くらいならば眼も瞑れるがその現場で起こる事故はその殆どが死亡という最悪の結果を招いていた。
そして、中には大怪我をしながらも生還できた者もいたが、その誰もが
得体のしれないモノを視た・・・・と口をそろえて証言した。
そんな現場に大切な社員を派遣して死亡事故でも起きたら・・・。
そう考えると断るのは至極当たり前の事の様に感じてしまう。
しかし、一度断った仕事を彼は仕方なく請け負う事になった。
仕事の大部分を請け負っている大きな元受けからゴリ押しされたのだという。
ただし、彼にも社員を護る責任がある。
だから彼はその現場が開始される前にかなり大規模なお祓いや除霊など考え得るありとあらゆる対策を講じてもらった。
そして、現場には彼自身がメインで入り他の社員には彼のサポート的な仕事をしてもらった。
その甲斐あってか工事が始まりしばらく経っても悲惨な事故だけは回避できた。
たびたび工事が止まったり他の業者が大怪我をする事はあったらしいがそのどれもが命を落とすほどの大事故には繋がらなかった。
しかし、そのせいで現場に油断や気の緩みが発生していたのかもしれない。
工事が終盤を迎えた頃、大きな事故が発生してしまう。
個人事業主として現場に入っていた電気工事業者さんが、工期の遅れをとり戻そうと泊まり込みで現場に入った。
そして、翌朝になって現場で仰向けの状態で倒れているのが発見された。
既に体は氷の様に冷たくなっていた。
しかもその顔は”一体何を見たのか?”と言いなくなるほどに恐怖で顔が歪んでいたそうだ。
結局何とか工事を終えて再開業に漕ぎつけたが、そのホテルは半年ほどで再び廃業へと追いやられた。
宿泊客からは奇妙なモノを視たというクレームが相次ぎ、従業員にも同じように怪異を目の当たりにするものが続出した。
その証言内容は、
若い女が真夜中の部屋を歩き回っていた・・・。
薄汚れた格好の老人が廊下をふらふらと徘徊していた・・・など
多種多様だったが、その中には真夜中に1人でせっせと工事をしている業者の姿を視たというものまであった。
それを聞いて改装工事完了の直前で死んでいた電気工事の男性を思い浮かべる者も多かった。
あの人はまだ一人で工事をしてるのか?と。
ただ、客足が途絶え従業員が次々に辞めていったそのホテルが長続きしなかったのも仕方のないことかもしれない。
そして、現在そのホテルは再度大型の回収が入り近々マンションとして生まれ変わるそうだが、果たして上手くいくのだろうか・・・。
怪異とはそれほど簡単には収まってはくれないのだから。
 
 

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