森に置かれた椅子

その椅子が初めて見つけられたのはトレッキングが趣味のご夫婦によって。
いつものトレッキングコースである森の中を歩いていると前方の大きな木の下に椅子が在るのを見つけた。
確かに山や森の中で椅子を発見する事は過去にもあった。
しかしそれはキャンプで使う様な簡易的な椅子だったからその時見つけた椅子を見た時、ご夫婦は強い違和感を覚えた。
その椅子はまるで洋館にでも置かれているゴージャスな椅子だった。
とても1人では移動させる事も難しいと思われる重そうな椅子。
そんな椅子がきれいなままで森の中にポツンと置かれていた。
なんでこんな椅子がこんな森の中に?
誰かが捨てたとしてもこんな立派な椅子を捨てたりするものなのか?
そんな事を思いながらその場を通り過ぎた。
しかしその帰り道に同じルートを通って下山するとその椅子は跡形もなく消えていた。
それを見たご夫婦は、
やはりあんなに高価そうな椅子なんだから一時的に置いていたはずなんだな!
そう思ったそうだがそれはどうやら間違いだった。
どうやらその椅子は別の場所に置かれている。
そしてその椅子に座った者には耐え難い恐怖が訪れてやがて命まで吸い取られてしまう。
そんな噂がまことしやかに囁かれるようになった。
そしてその椅子を探してやろうという強者が現れた。
それはこの話を俺に寄せてくれた30代の男性。
彼は噂で聞いた山に登り友人達とその椅子を探した。
しかし何日探してもそんな椅子は見つからなかった。
友達は飽きてしまいそれでも彼はその椅子を1人で探し続けた。
それでもやはり見つからない椅子に半ば諦めながらも彼は最後だと自分に言い聞かせて山に入る事を止めなかった。
そんなある日、雨が降る山の中で彼は道に迷ってしまった。
どれだけ歩いても遊歩道には辿り着けない・・・。
そして携帯も何故だか繋がらない・・・。
それほど高い山でもなかったのに彼は次第に死を意識しだしたそうだ。
そして疲れ果て一歩も歩けなくなった時・・・。
いや、このまま此処で死んでしまった方が楽なんじゃないか・・・。
そう思い始めた時、突然その椅子は彼の眼の前に現れた。
赤と黒が基調になっている豪華な椅子。
獣道にポツンと置かれている大きくて重そうな椅子。
ようやく体を休められる・・・あの椅子に座れば!
そう思った彼はふらふらと椅子の方へと近づいていった。
座ったら怪異が訪れる・・・。
座ったら死んでしまう・・・。
そんな噂などどうでも良かった。
ただその時はどこでも良いから体を休める場所が欲しかった。
そうして彼はその椅子に座ってしまったという。
なんだか体の疲れが一気に消えていくような感覚を覚えた。
なんだか体に力がみなぎる様な気がした。
彼はその時こう思った。
この椅子は変な噂が立っているけど本当は人間を救ってくれる椅子に違いない・・と。
そしてそんな思いの通り、それからすぐに彼の携帯に友人から着信があり彼は無事に山を下りることが出来た。
それからはラッキーの連続だった。
仕事は考えられないほど上手くいきプライベートも充実しまくった。
だがそれが続いたのはほんの1週間ほど。
それからはまるで急斜面を転がり落ちる様に全てが暗転した。
そして現在、彼はまたその椅子を眼にする様になった。
またあの山に分け入ったのではない。
普通に生活していると至る所にその椅子が現れた。
コンビニの前、曲がり角の先、横断歩道の中、地下道の真ん中・・・。
それは当たり前の様に目の前に現れてその存在を主張してきた。
彼は恐ろしくなってしまいすぐにその場から走って逃げ続けた。
しかしどうやら逃げても同じ。
椅子はどこまでも追いかけてくる。
そのうちに彼はある事に気付いた。
どうやらその椅子は彼以外の人間には視えていなかった。
そして椅子は少しずつ大きくなっていた。
それらが分かったとしても彼にはどうする事も出来なかった。
可能な限り外出を避けて部屋の中で過ごした。
それでもふと窓の外を見ると電柱の横にあの椅子が置かれていた。
そんな彼には最近も椅子が視えている。
そしてその椅子には見知らぬ男性が座っていた。
マネキンの様にも見えたし年齢も分からないとても痩せた男性が・・・。
今の彼と同じような・・・。
どうしたら助かりますかね?
そう聞かれても俺には何も応える事は出来なかった。
ただ原因はその椅子としか考えられない。
そしてその椅子に座ってしまったから・・・。
やはり噂はある程度信じてみるのが吉なのかもしれない。

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