月曜日のビーチパラソル

ジーンズのポケットをまさぐってようやく取り出した煙草は箱ごとひしゃげていた。
そんな事などお構いなしに取り出した煙草に火を点ける。
シュボッ・・・・ジジジ・・・。
両切りのキャメルを思いっきり吸い込んでから虚空に向けてゆっくりと吐き出す。
いつからだろうか・・・。
この煙草に変えてからずっと使い続けているジッポーの1941レプリカもようやく俺の手にも馴染んできた。
眼の前にはどこまでも続く白い砂浜と蒼い海が広がっている。
俺は煙草を咥えたまま砂浜の上に仰向けで寝転んだ。
蒼い空はどこまでも続き白い雲が浮かんでいる。
まさにユートピアという言葉しか思い浮かばない。
土日の休みが仕事で潰れる事を知らされてから慌ててとった代休の月曜日。
やはり月曜日にしたのは正解だった。
明日から天気が荒れるとは信じられないほどの快晴。
海は穏やかに波を寄せ、俺以外には誰もいない海・・・。
暑すぎる事を除けば最高の休日になっている。
俺は思い出したようにビニール袋を手に取ると缶ビールを取り出して一気に飲み干す。
ぷはぁぁぁ~!
まさに・・・至福。
俺は仰向けに寝そべったままビニール袋にもう1つ残っているであろう缶ビールを手で探る。
えっ・・・・えっ・・・え~?
無い・・・っていうかなんで無いんだよ?
思わず口からこぼれた言葉に俺は上体を起こす。
そして全身の血が逆流するのを感じた。
先程までの夏全開の景色は既に消えていた。
あるのは真っ黒な海と空。
そして赤い砂浜。
真っ黒な海は波1つ無く黒い氷が張っているようだ。
慌てて辺りを見回した。
な・・なんだ、アレは?
赤い砂浜、10メートルほど波打ち際に緑色のビーチパラソルが開いている。
深紅の赤い砂浜に咲いた深い緑色のビーチパラソルが漆黒の海に溶けているのを見て俺は全身に鳥肌が走るのを感じた。
その時、背後から砂を踏みしめる音が聞こえた。
ハッとして我に返り俺は背後を見た。
ピンクのワンピースを着て麦わら帽子をかぶったショートカットの女性がとても自然に歩いておりやがてビーチパラソルへと辿り着く。
俺の存在など視界にも入れていないように当たり前のようにビーチパラソルの下に座った彼女はおもむろに何かを手に取る。
ちょっと待てよ・・・。
彼女が持っているのは500mlの缶ビール。
しかもそれは俺がここに来る前に買ってきたビールと同じ銘柄だ。
どうして俺のビールを彼女が・・・?
いや、もしかしたら偶然なのか?
そんな俺の視線など気にも留めず彼女は手に持った缶ビールを開けると上を向いて一気に飲み干した。
そうして一度大きく深呼吸をするとその顔を俺へと向けた。
満面の笑み・・・しかも美人だった。
美人が笑う顔はこんなに美しいものなのか・・・。
その笑顔は黒と赤に塗り替えられた世界にあってもとても華やかで上品なものだった。
彼女はずっと俺を見続けていた。
相変わらず満面の笑みを浮かべて・・・。
此方を向いたまま彼女は何かを手に取った。
とても大きく鋭いナイフ・・・。
それを自らの首に当てるとゆっくりと何度も前後に動かす。
少しずつナイフの刃が彼女の首に食い込んでいくが彼女は相変わらずの笑顔で俺を見つめている。
俺はそれを見ても何故か止めようとは思わなかった。
いや、それどころかこの世で一番きれいなシーンに出会えたように心は高揚していた。
ボトッ・・・。
しばらくして彼女の頭部は笑顔を浮かべたまま砂の上に落ちると赤い砂浜の上をコロコロと転がっていきやがて黒い海の中へ沈んでいった。
なんという美しい光景だ・・・。
俺はその場で立ち上がるとゆっくりと黒い海に向かって歩き出す。
このまま黒い海の中に入っていく。
そうすればもしかしたら彼女と同化出来るかもしれない・・・。
どうやら俺は緑のビーチパラソルに恋してしまったようだ。
そう月曜日のビーチパラソルに・・・。
 

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