ロープウェイ

俺はロープウエイというものがあまり得意ではない。
いやロープウエイに限らず箱型で高所を移動する乗り物はとにかく苦手なのだ。
確かに俺が高所恐怖症だからというのも理由になるのだろうが実際にはそれほど簡単な事ではない。
俺は過去に山のロープウエイや遊園地の観覧車の中でうごめき続ける人影を何度も見ている。
勿論、営業時間外の深夜に・・・。
そんなモノを何度も視てしまっているから高所を移動する箱型の乗り物には間違いなく何かが棲みついていると確信している。
それらが動き出すのは別に夜に限った事ではない。
確かに営業時間外のお客がいない室内の方が確実かもしれないが昼間でも1人しか乗っていない乗り物は格好の遊び場になるのではないか?
逃げ場の無い高所の空間で恐怖に震える人間の姿はそれらにとっては最高の娯楽なのかもしれないのだから・・・。
これは北陸に住む牟田さんから寄せられた話。
その時彼女は待ち合わせの時刻に遅れかなり焦っていた。
週末は古い友人達と山小屋で一泊する予定になっていたが、その日、彼女は突然の急用に振り回されてしまい待ち合わせの場所には行く事が出来ず結局、1人だけ遅れて現地の山小屋へと向かっていた。
そろそろ平地でも雪が降り始めた頃であり、彼女が登山口の駐車場に車を停めて歩き出し山を見上げると、頭上高くそびえ立つ山々はもうすっかり雪化粧に覆われていた。
彼女は特に登山が趣味というわけでもなかったし登山経験もハイキング気分で登れる低い山に2度ほど登っただけだった。
体力にも自信は無かったし山登りなど命知らずがやる危険なチャレンジだと思っていたくらいだ。
それでも山小屋には憧れがあった。
冬の山小屋で過ごす夜は特別なものできっと素敵に違いないと友人ともども確信していた。
初めての冬山が怖いという気持ちが無い訳ではなかった。
それでも、特に心配は無かった。
目的地の山小屋に向かうロープウエイが動いている事を事前に調べてあったしそれに乗りさえすれば山小屋の近くまで運んでくれるのは分かっていた。
暖かいロープウエイに乗りこんで座席に座っていればすぐに山頂近くの駅まで運んでくれる。
本当に便利な世の中になったものだ。
そんな事を思いながら歩いているとどうやらロープウエイの駅が見えてきた。
時刻はまだ午後4時だからまだロープウエイが動いているのは分かっていた。
だが目の前の駅は誰もおらずぼんやりとした明かりが1つ灯っているだけ。
それに他には乗客らしき者は1人もいない。
彼女は不安な気持ちで切符売り場に行くと小さな窓の向こうに誰かがいるようだった。
1人分の代金を差しだすと無言で切符が窓から差し出された。
あまりの愛想の無さに彼女は少しムッとしたがとりあえずロープウエイで山頂へ向かうのが先決だった。
ロープウエイの入り口には切符を確認する係員などいなかった。
そのまま車内に入るとやはり他には誰も乗っていない。
運転席には運転手なのか車掌なのか1人の乗務員が乗っているようだったが後ろを向いたままでよく分からない。
私一人の為にこのロープウエイを動かしてもらうんだとしたら申し訳ないな・・・。
そう思っていると彼女が座席に座ったと同時にブザー音とともにドアが閉まりロープウエイがゆっくりと動き始めた。
彼女はロープウエイに乗る事自体が初めての経験だった。
そして実際に乗ってみるとのんびりした感じで心配していた高さによる恐怖は感じなかった。
そんな時、突然大きな機械音が聞こえ静かにロープウエイは動きを停止した。
えっ?・・・何が起きたの?
初めてのロープウエイで突然の出来事に彼女は焦りを隠せなかった。
そもそもこの緊急停止がいつもの事なのか?それとも事故によるものなのかが彼女には判断すら出来なかった。
不安ばかりが増していくのに我慢出来なくなった彼女は座席から立ち上がると前方に在る運転席に座る乗務員に聞いてみようと思った。
しかし彼女は運転席のドアの前で愕然とした。
運転席には誰も乗ってはいなかった。
えっ?どうして?さっきは確かに乗ってたよね?まさか途中で飛び降りたっていうの?
高い空中に停止したロープウエイの中にたった1人で取り残されているのだと気付いた彼女は思わず頭を抱えてその場にへたり込んだ。
不安と恐怖で気がおかしくなりそうだった。
その刹那、ロープウエイが大きく揺れた。
ヒッ!という声を出した彼女はしばらくそのままで固まっていた。
耳を澄まして聞いているとどうやらロープウエイの床の部分に何かが当たっているような物音に聞こえた。
彼女は急いで窓を開けて身を乗り出すようにロープウエイの下方を確認した。
すると下の部分からロープのようなものが垂れておりその先には何かがぶら下がり上っているのが見えた。
えっ・・・何?
それが何かの理由で落ちた乗務員がロープを上って来ているのだとしたら別に問題は無かった。
しかしロープにぶら下がり上って来ているものはどう見ても人間には見えなかった。
いや、元々は人間だったのかもしれないがその姿は既に人間の体を成してはいなかった。
全身が腐り骨が露出し手足が変な方向に曲がっていた。
そんな状態でロープなど上って来られるはずはなかった。
それなのにそれは電球に引き寄せられるヤモリのようにゆっくりと確実にロープウエイへと近づいて来ていた。
彼女は大きな悲鳴を上げてその場に顔をうずめた。
何が起きているのか、全く理解も説明も出来なかった。
喉が壊れてしまう程叫び続けていると突然背後から
大丈夫ですか?
と声をかけられた。
はい?
思わず顔を上げた彼女が視たのは座席をぎっしりと埋め尽くすように座っている腐乱した人の姿だった。
彼女はそこで意識を失った。
そして再び目を覚ました時、彼女は頂上の駅で停止しているロープウエイの座席に座っていた。
この話を寄せられた時、俺は半分以上が作り話だと思った。
しかし、どうやら簡単にそうとは言えない話のようだ。
この話で彼女が乗ったロープウエイというのは既に1年以上前に廃線になっていたようだ。
そして友達と泊まる予定だった山小屋も冬季は閉鎖されており、そもそもその友人というのも彼女とそんな山小屋に泊まりに行く約束などしてはいなかったそうだ。
それでは彼女は誰と約束したというのか?
そしてどうやって冬山を1人で登り廃止されているロープウエイの車内に座っていたというのか?
考えれば考えるほど不気味な話だ・・・。

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