匂い

バンド仲間の渡部さんはある頃から息がし難くなった。
呼吸は出来るが思いっきり空気を吸い込む事が出来ない。
特に息苦しかったり胸が痛いという事もなかったが、それでも彼女は病院で診察を受けた。
勿論、何かの病気を心配しての事だった。
彼女は医師にこう説明した。
 
「なんか呼吸をしようとすると吸い込んだ息が妙に臭いんです。それでついついしっかりと息を吸い込めなくて・・・」と。
 
医師はとりあえずレントゲンやCTなどで精密検査をしてくれたがやはり体のどこにも異常は見つからなかった。
ただ息をしようとすると確かに彼女の周りには腐った生ごみと線香が燃えた匂いが混ざったような匂いがしているのは医師も認めたらしいのだが、どうにも対処の使用が無い。
それに呼吸の際、胸が痛いとか引っ掛かる感じが無いのであれば内臓の病気ではなく精神的なものではないですかね?と匙を投げられてしまった。
そんな時、バンド関係の飲み会があり彼女は別のバンドメンバーとして飲み会に参加していた霊能者のAさんから声を掛けられた。
 
「そんな状態でお酒を飲んでいてもおいしくないんじゃないですか?」と。
 
彼女もAさんの噂はよく耳にしており、もしかしたら自分の症状は霊的なものなのかもしれない、と思っていたらしく、Aさんに詳しい話を聞くことにした。
 
「私最近ずっと息がしづらくて。息をすると何とも言えない臭い匂いが入ってくるようになってしまってしっかりと空気を吸い込めないんですよね。これの原因ってわかったりします?まさか・・・・呪いとかじゃないですよね?」
彼女がそう尋ねるとAさんは笑いながら
 
「そりゃそうでしょうね。だって貴女の顔の前に変なおじさんがいますから・・・。ぴったり顔を近づけるようにして。そうですね。口と口の距離が数センチって感じですかね」
 
と返した。
驚いた彼女はAさんに
 
「えっ、そんなおじさんなんてどこにいます?全然見えないんですけど?」と返した。
 
するとAさんは少し考えてから
 
まあ、視えない方が良い事もありますから。
それに視えたりしたら大騒ぎになってるでしょうし・・・。
ただなんか知らないですけど貴女自身が気づかないうちにそのおじさんの方を視て笑っちゃったみたいですね。
馬鹿にしてるみたいな感じで・・・。
それでおじさんが怒って貴女に憑いちゃってるみたいですね。
ずっと貴女の顔を間近から睨んでます。
まあこれ以上害は無いと思いますけど・・・どうします?
息がしづらいのなら祓っちゃったほうが良いのかな?
 
そう返した。
すると、彼女は慌てた顔になり、その場ですぐにAさんにお祓いをお願いした。
Aさんはしばらくの間考えていたがすぐに彼女の肩越しを見て
 
まあよく見たら悪いおじさんではなさそうなのでこのままにしておく事にします。
 
えっ?
思わず声をあげた彼女の驚いた顔には見向きもせずにAさんは肩越しから視線を外さないままこう続けた。
 
どうやらおじさんは貴女にムカついたから離れていかないんじゃなくて貴女に憑いてる女が心配で離れていけないみたいですよ?
かなり性悪そうな女・・・。
なんか最近悪い事ばかり続いてないですか?
怪我したり病気したり物が無くなったりとか?
 
そう聞かれた彼女はすぐに
えっ、特に何も無いと思うんだけど・・・・。
と返した。
するとAさんはこう質問を変えた。
それじゃ彼氏とか友達とか親戚、家族に悪い事は起きて無い?
 
その問いかけに対して彼女はハッとした顔で
あっそれならあります!
彼氏とも別れたし両親も怪我をしたり病気になったり・・・。
それに最近、友達からもなんとなく距離を置かれてて・・・。
これって霊の仕業なんですか?
も、もしかして彼の元カノの生霊とか?
 
それを聞いたAさんは
いえいえ、生霊じゃありませんよ。
もっと邪悪なモノですね。
きっと貴女は幸せな暮らしをしてたんでしょうね?
それで目を付けられてしまったみたいです。
どうやらこの女は貴女を不幸にしたいみたいですね。
生きてる時の自分と同じように・・・。
そして自分と同じように孤独の中で自殺させようと企んでるみたいです。
まあ私もリア充は嫌いなんですけどこういう悪い霊はもっと嫌いなんです。
消滅させちゃって良いですかね?
ちょうど暇だし・・・・そう返した。
 
その言葉に彼女が頷くとAさんは嬉しそうな顔で彼女の肩に手を置いた。
 
あのね・・・もう掴まえたから逃げられないよ?
そんな事ばっかりしてるからこんな結末になっちゃうんだ・・・。
自業自得って奴だよね・・・。
さよなら・・・もうどの世界にも存在できないから・・・。
 
そう言うと開いていた手を握り締める。
特に何も起こらなかった。
ただ店内の照明が何度か明滅を繰り返しただけ。
 
はい・・・終わったよ。
お疲れ様。
女はもう消滅させたけどおじさんの方はしばらくこのまま放置しとくから。
ずっと貴女の事を護ってくれていたんだから。
まあそのうち飽きたら離れてくと思うよ。
それまで頑張れ・・・。
 
Aさんからそんな言葉をかけられ彼女はしばらく呆然としていた。
その後、2週間ほどで彼女から異臭は消えてなくなった。
どうやらおじさんは自ら離れていったようだ。
 
その後、俺はAさんにこんな事を聞いた。
あのさ・・・異臭って霊的な場合が多いの?
するとAさんはこんな説明をしてくれた。
 
異臭の原因に思い当たる節があるのなら関係無いと思いますよ。
ただお風呂に毎日入っていたり身綺麗にしているのにいつも異臭が付き纏っている人は
霊的な場合が多いんですよ。
実際、こうやって街を歩いていてもよく見かけるんですよね。
生きている人の顔の前に死者の顔が張り付いてるのを・・・。
そうですね、その間には1ミリも隙間は無いと思います。
つまり死者の顔が、いや鼻や口がピッタリとくっ付いてるんですからそりゃ臭いですよ。
しかも臭いも独特ですから。
ただね、本当に危険なのは前ではなく後ろです。
肩越しや背後に何かの臭いを感じたり気配を感じた時には殆どの場合何かがいます。
そして背後を狙う奴は大体の場合が危険ですね。
とり憑いてるという訳ではないんですが明確に命を狙ってきます。
だから前に誰かがいたとしても我慢すればいいんです。
いずれは離れていくんだから・・・と。
 
そんな単純なことだろうか?(笑)

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