最恐のストーカー

畑中さんが勤める会社では何人かの契約社員が働いている。
畑中さん自身が前職の経験を生かす為にその会社に中途入社した事もあってか契約社員とはいえ出来るだけ正社員と変わらないように接している。
そんな中、森山さんという女性が新たに契約社員としてある年の9月から入社し畑中さんが勤務する部署に配属された。
そして課長から
今後は彼の下で一緒に行動しながら仕事を覚えて欲しい。
と言って畑中さんを彼女へ紹介したそうだ。
家屋調査という特殊な仕事であり、何より事前通告無しの突然の出来事に畑中さんは少しムッとしたらしいがまじまじと森山さんを見てみると40代前半と紹介されたがどう見ても30歳そこそこにしか見えずしかもすこぶる付きの美人だった。
畑中さんは思わずジョークのつもりで
「旦那さんが羨ましいほどお綺麗ですね!」
と軽口を叩いたらしいがすぐに課長から
おい・・・彼女は未亡人なんだよ・・・。
と耳打ちされたそうだ。
しかし畑中さんの言葉を聞いて、少しシュンとなった顔もまた美人であり、もしかしたらこれから仕事時間が楽しく過ごせそうかも・・・。
と勝手に盛り上がっていたそうだ。
勿論、畑中さんとしても、
なんか失礼な事言っちゃったな・・・。
という思いもあったがその場はそれで収まった。
それからは仕事で現時に出掛ける際には常に彼女と行動を共にする様になったが実際には畑中さんが妄想していた様な浮いた出来事は何も無く、それまでと同じようにただ黙々と仕事をこなしていくだけの日々だった様なのだが。
ただその頃から畑中さんは奇妙な夢を見る様になった。
夢の中で畑中さんは部屋の薄明かりをつけたままベッドで横になっておりスマホの画面をぼんやりと見つめていた。
そしてそれは畑中さんにとって「あ、これは夢だ」とすぐに分かる展開になっていく。
スマホの画面に次々と見知らぬ人物からLINEが届くのだそうだ。
明らかに知らない誰か・・・そして意味不明の内容。
そんな事は現実では体験した事など無かった。
だから畑中さんはそれがすぐに夢の中の出来事なんだと認識出来たそうなのだが、一方では
どうしてそんな夢を見てしまうのか?
畑中さんにも全く心当たりが無かったという。
しかし、どれだけ考えてみても夢はあくまで夢であり、気にしてもしようが無いという結論に達しそれ以上気にする事も無かったという。
ただ、その夢を見る頻度は次第に上がっていき、やがては毎晩の様にその夢を見ては午前3時頃に目を覚ましてしまいそれ以後は朝まで一睡も出来ないという状態が続く様になった。
そして森山さんが入社して1か月弱、つまり9月の終盤に差し掛かった頃、彼らは不思議な体験をする。
その時も指定された家屋に出向き、畑中さんがドローンを使って上空から屋根などの状態を確認し森山さんは外壁に壊れている箇所はないかを調べるという作業をしていた。
その頃になると、森山さんは要領よく仕事を覚えていたし、何より細かい事にもよく気がつく人だという事が畑中さんにもよく分かっていたらしく何も心配せず家の周りの外壁のチェックを任せていた。
そのせいもあってか住宅の屋根をドローンで確認しながら全ての屋根の画像を撮影し終える頃には森山さんの外壁チェックも全て終わっており1人で全てのチェックをするよりも遥かに効率よく短時間で現場仕事を終える事が出来た。
そして会社に戻り撮影した写真の元に1人で報告書を作成していた時の事だった。
撮影した写真には頑張って外壁をチェックしている森山さんの姿も写っていたらしいのだが、その中の数枚、特に森山さんが外壁に傷を発見ししゃがみ込んで詳しく確認している姿が写っている写真には明らかに異様なモノがはっきりと写り込んでいた。
しゃがんで壁に顔を近づけている森山さんから少し離れた庭の隅にスーツ姿の男が森山さんの方を向いて立っていた。
狭い家の敷地なのだからそんな男が立っていたのなら畑中さんもその男の姿を見ている筈なのだがそんな男を見た記憶は無かった。
ただ畑中さんとしても基本的には画面を見ながらドローンを操縦していた事もあり、もしかしたらその家の住人が様子を見ていたのかもしれないという位に思っていた。
しかし後日、畑中さんが作成した報告書を持参し依頼主であるその家のご夫婦へ説明しに伺った際、全ての説明を終えた後、その奥さんからこんな言葉を投げかけられた。
「あの・・・すみません。この端っこに写っている男性はどなたですか?」と。
勿論、それは写真に写り込んだスーツ姿の男の事だというのはすぐに理解した。
「え?・・・あの失礼ですが息子さんではないのですか?」
そう聞き返すと夫婦はビックリした顔でこう返してきたという。
「私たちには息子はおりません。娘だけです」と。
その場では「もしかしたら近所の方が偶然写り込んだのかもしれませんね」と適当な結論に導いて説明は終わったが畑中さん自身もその写真に写り込んだスーツ姿の男の事が気になって仕方なくなっていた。
誰も知らない無関係の男が報告書の写真に写り込んでいた。
それだけでも十分気味の悪い話なのだが長年ドローンを使って写真を撮り続け来た畑中さんはその頃になると写って良いものと悪いものの区別が何となく分かるようになっていた様だ。
しかも、その時その写真から感じ取ったものは明らかに写ってはいけないもの。
つまりは生きた人間ではなく霊的なモノだということが。
あれは一体何なのか?
どうしてあの写真に写り込んでしまったのか?
もしかしたらあの家に因縁がある霊なのか?
そんな事を考えながら会社に戻る為に車を走らせていると突然会社から連絡が入った。
課長が居眠り運転で事故を起こした!という内容の電話だった。
直ぐに病院へ向かうと課長は大怪我を負ってはいたものの命に別状は無く一般病棟の個室に入院していた。
しかもは思っていたよりも元気だった様で
いや本当に面目ない!
理由にはならないけど最近なんか寝不足でさ!
それにしても自損事故で本当に良かったよ。
相手が車だったら色々と面倒だからな。
そんな事を明るい口調で言ってきた。
その様子を見て畑中さんもホッと胸を撫で下ろしていた時、突然課長が真面目な顔で
あのさ・・・君だから言うんだけどね。毎日同じ夢を見た事はあるかい?
と聞いてきたそうだ。
その言葉に彼はすぐに反応しこう返したという。
どうしてそんな事を聞かれるんですか?もしかして毎晩同じ夢を見られてるとか?と。
すると課長は痛む身体を少し前屈みにして
最近、2日に1度くらいのペースで同じ夢を見るんだよ。
知らない奴からメールがくるんだ。
しかも一方的に。
詳しい内容は覚えちゃいないけど、確か・・・俺の女に手を出すな・・・みたいな事を書いてあったと思う。
それでね、その夢を見るのはいつも午前3時頃で一度その夢をみちゃうともう朝まで一睡も出来ないんだよ。
だからずっと睡眠不足で眠たくてね・・・。
そう返してきた。
彼はその時とてつもなく嫌な予感を感じた。
なんと上司は自分と同じ夢を見ていたのだ。
唯一違うのはメッセージが送られてくるのがメールかLINEかという事だけ。これは一体何が起こっているのか?と。
そう感じた畑中さんは直ぐに車に乗り込み会社へ戻る事にした。
そして、その道中で頭の中を整理したという。
自分も課長と同じように同じ夢を何度も見せられている。
ただ、例えそうだとしても別の人間が同じ夢を見るはずがない。
自分は同じ夢を見続けているがその内容をはっきりと覚えてはいない。
所詮夢なのだから・・・・そう思ってLINEの内容すら覚えてはいない。
しかし課長は一部分とはいえその内容を覚えていた。
そしてその内容の一部を覚えていた・・・つまりメッセージを読んでしまった為に事故に遭ったのではないのか?
だとしたら、これは一体何が起こっているのか?
それを確かめるには次に同じ夢を見た時にはしっかりとLINEの内容を確認するしかない。
しかし、その前に出来る事は無いのか?と。
そう考えた時、畑中さんはある事を思いだしたという。
自分と課長が見ている夢と、先日の現場写真に写り込んだスーツ姿の男には何か因果関係があるのではないのか?
それならば、すぐに先日撮影した現場写真だけでなく、森山さんと行動を共にする様になってからの現場写真をもっと細かく確認しなくてはいけないのではないか?と。
そこで彼は会社に戻ると仕事そっちのけでその作業に没頭し一晩かけて1000枚以上の写真を全て細かくチェックしたという。
その結果300枚以上の現場写真に同じスーツ姿の男が写っていた。
しかもそれらの写真には明らかに不可思議で説明のつかない状態でその男が映り込んでいた。
体半分を壁から出したものや明らかに体が宙に浮いている状態のもの。
それは少なくとも人間では説明のつかないものであり、畑中さんもそれがもしかしたら幽霊の類のモノなのではないか?という確信を強めていった。
どうしてこの男は森山さんに纏わりついているのか?
という疑念から始まって
もしかしたらこの男は亡くなった旦那さんなのか?
それで森山さんに変な虫がつかないように纏わりついているんじゃないのか?
という結論に落ち着いた。
自宅に帰る気分ではなかった。
だから畑中さんはそのまま会社に泊まり込んで森山さんが出社してくるのを待って会議室へ同行してもらい事情を聞いてみる事にしたという。
あのさ、森山さん・・・この男性なんだけど、知り合い?と。
畑中さんがそう言って写真を見せると森山さんは「ヒッ!」と小さな悲鳴をあげて写真を床に落としたという。
それを見た畑中さんはやっぱり彼女と写真の男は何らかの関係があったんだと確信した。
そして話せる範囲で構わないから・・・と告げたうえで森山さん自身の口から話を聞かせてもらう事にした。
そして、ここから書くのが森山さんが話してくれた内容になるそうだ。
写真に写り込んだスーツ姿の男は奥山という名前であり、森山さんが以前勤めていた会社の社長の息子になる。
自信家で粗暴な野心家といった感じの男で、自分に落とせない女はいないと豪語するようなタイプだったそうだ。
そして森山さんは運悪く奥山という男のターゲットにされてしまう。
そして、この男のアプローチ方法はまともな方法ではなくそれこそストーカー行為そのものだった。
結果的に森山さんはそれから2年以上も奥山に苦しめられる日々を送る羽目になったという。
社長の息子であるという肩書きを利用して
「逆らえばどうなるか分かってるよね?」
が口癖。
高級レストラン、プレゼント、休みの日も関係なくプライベートにまで迫ってくるような男だったという。
そんな奥山は現在、先代の後を継いでその会社の社長に治まっているそうだ。
その時点で森山さんは両親の奨めもありその会社を退職した。
そしてその後は働く事が怖くなり、縁もあってある男性と結婚したらしいのだが旦那さんはすぐに病気で他界してしまいその後生活の糧を得る為に派遣会社に登録し畑中さんと同じ会社で働く事になったそうだ。
ただその奥山という男は森山さんの旦那さんが亡くなった時も何処で聞きつけたのか突然葬儀の場に現れたそうだ。
プライベートは何も教えていなかったはずなのに。
恐ろしくなった森本さんは親戚の方の助けを得て、まだ小さなお子さんと現在の住まいに引っ越した。
そして、森山さんに言わせると、どう見てもその写真に写り込んだスーツ姿の男は奥山にしか見えないのだという。
まだ私に付き纏うのか?
その恐怖で思わず写真を床に落としてしまった、という説明だった。
確かに壮絶なストーカーの話だった。
しかし、それが自分や課長が同じ夢を見続けている事と何らかの繋がりがあるのか、全く説明がつかなかった。
やはり我々が同じ夢を毎晩見てしまう事とは関係が無いのではないか?
そう思い始めていた時の事だった。
畑中さんが朝、会社に出社すると既に出勤していた森山さんが青い顔で座っており、社長と部長が彼女のフォローをしていたそうだ。
どうしたのですか?と聞くと部長から
「いや、その、なんだ・・・会社のポストに変な物が投函されていてね・・・」
と要領を得ない。
そこで森山さん自身に事情を聞くと、どうやら会社のポストに森山さん宛の封筒が投函されており、中には黒いコンドームが一枚だけ入っていたそうだ。
差出人名も書かれておらずイタズラなのか何なのか、警察へ届けるべきか現在でも会社側で協議しているそうだ。
しかし森山さんは、その一件が原因で実家の両親の元へ戻る事になった。
幸い残務整理もスムーズに終わり、それで一件落着かと思われた。
おそらく彼女はこの先もずっと付き纏われるんだろうな・・・と思いながらもどこか他人事の様に考えていたのかもしれない。
しかし森山さんが退社して数日後の夜、畑中さんはまた夢を見てしまう。
夢の中で畑中さんは明かりの消えた自分の部屋におり、引っ切りなしにLINEメッセージの着信音が鳴っている。
それまではスルーしていた内容文。
しかし、その時はLINEの画面を恐る恐る確認したという。
俺の女をどこへ隠した!?
貴様やお前の会社を祟ってやる!
死んで詫びを入れろ!
俺の女を返せ!!
そんなメッセージが繰り返し送られてきたという。
うなされる様に目を覚ますと時間はいつもの午前3時過ぎ。
 
朝まで一睡も出来なかった畑中さんだが以前森山さんから聞いていた情報から奥山という男が経営する会社に着いて調べてみた。
すると、奥山という男は既に死んでいたという。
自殺なのか、それても他殺なのかは分からないそうだが。
ただ、森山さんが退社し実家に引っ越してからも同じ夢を見せられたという事は、既に奥山という男は何らかの理由で森山さんを追えなくなったのではないのか?
霊になってもストーカーが出来ないままでいるのではないのか?
そう考えると少しホッとした気持ちになりしばらくはその夢を見続けるのを我慢できたという。
そして、そんな悪夢もそれから数日後には全く見なくなったという事である。
しかし俺は思うのだ。
本当にこれで森山さんは助かったのだろうか?と。
ストーカーはどこまでも追いかけてくるもの。
そして死者となったストーカーはそれこそ無敵のように思えて仕方ないのだ。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?