首くっくりの山には入れない

第一章 夜行列車に乗って・・・
 
突然鳴り出した携帯を思わず床に落としてしまう・・・。
慌てて拾った携帯を見て俺は凍り付いた。
決して見間違いなどではない。
表示されている発信者の名前は祖母・・・。
もう10年以上も前に亡くなっている祖母の名前だった。
決して可愛がってもらっていた訳でもないし俺自身も懐いていた記憶はない。
そんな祖母がどうして俺に電話をかけてくる?
いや、そもそもどうして死者が電話をかけてこられるんだ?
それにこの電車に乗ってからというもの携帯の電波はずっと圏外のままなのだ・・・。
しばらく考え込んでからまだ鳴り続けている電話に恐る恐る出てみる。
・・・・・・・・・。
なんだ・・・何の音だ?
聞こえてくるのはヒューヒューと吹き付ける風の音と誰かが叫んでいるような声にしか聞こえない。
もしもし・・・もしもし?
やはり何も返事は無い・・・。
俺は慌てて電話を切った。
何かがおかしい・・・。
心臓はどんどんと鼓動を速くし全身に鳥肌が広がっていく。
そもそも、この電車に乗り込んでからというもの奇妙な事ばかり続いている。
いや、まともな事など1つも無い・・・。
俺がそれまで知っていた常識が音を立てて崩れ去っていく。
それにしてもどうなっているというのか?
この電車の乗客は全員があの惨事を目の当たりにし恐怖の中を命からがら逃げてきた。
自分や家族だけはなんとか助かろうとなりふり構わず必死で逃げてきたはずだ。
そして藁にも縋る思いで偶然停車していた一両編成の電車に飛び乗った。
それなのにこの乗客たちの様子はどうだ?
楽しそうに喋ったり笑ったりしている様はまるで行楽地へ向かう車内としか思えない。
どうしてなんだ・・・みんな狂ってしまったのか?
それにおかしいのは乗客だけではない。
逃げてきた先にようやく乗った電車もそもそも奇妙すぎる・・・。
電車は何処へ向かっている?
どうして車窓から見えるのは漆黒の闇ばかりなんだ?
いや、それ以前にこの土地には電車なんか通ってはいなかったじゃないか?
それなのにこの電車は一度も止まる事無く延々と走り続けている。
これはただの悪夢なのか?
それとも俺だけが狂ってしまったという事か?
そんな事ばかりを瞬きもせずに考えていた。
「あなた・・・大丈夫?」
そんな声にハッと我に返る。
ぐっすりと眠った娘を膝の上で抱えたままの妻が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
その顔を見た瞬間、それまで感じていた不安や疑念が一瞬で吹き飛んだ。
えっ・・・もしかして?
いや、間違いない!
いつもの妻に戻ってくれたんだ・・・。
そう思うと肩からスッと力が抜けていった。
そうだ、俺には大切な妻そしてまだ幼い娘がいる・・・。
護るべき大切な者が!
俺の生き甲斐、そして俺の全て・・・。
この2人だけはどんな事があろうと絶対に護らなければ!
そう思うだけでこんな俺でも少しは勇気が湧いてくる。
 
それにしても全てはあの時から始まった。
今でも信じられないほどの恐怖・・・。
そしていつまでも消えない絶望感が・・・。
そう・・・それは予兆も無く突然俺の前に現れたのだ。
 
 

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