引っ越してからの体験② ※短編

金縛り夏バージョンの話を。
前に話した金縛りの件からしばらくしても、軽い金縛りはちょこちょこありました。でも、何者かが出てくることもなく、動けなくなる恐怖だけだったので、なんとか過ごしていました。
そんなある夏の日。当時はエアコンなんてものは一部のお金持ちしか持っていないような時代、ウチは多分に漏れず扇風機で過ごす家庭でした。夜になり、少しでも扇風機が自分の方を向くように少しずらしたりして、いそいそと寝る準備をしていました。
寝苦しい中、ようやくウトウトし出した時に、凄く涼しい風が頭の上から吹いてきました。扇風機のぬるい風とは違うひんやりした風。気持ちいいなぁと思った次の瞬間、一気に体が硬直し、金縛りになってしまいました。
こんなパターンは初めてなので、驚いていると、か細い女性の声が聴こえてきます。「3回…4回…5回…」頭に吹いてくる涼しい風の流れに合わせてカウントを進めていく声でした。動かない体をどうにかしようとしてもピクリともできないので、どうにか目だけを動かして周りを見渡しました。左、足元、右、天井を見てもなにもいない。風の吹いてくる頭の上の方は目を動かすだけではよく見えない。このままカウントが進むとどうなるのか。直感的に10までいくとヤバいのではないかと焦り、手足を強く動かそうと必死になって力を込めました。指先だけが辛うじて動くぞ、これでなんとか、と思った次の瞬間、左上から浴衣を着た髪の長い女性の顔が自分の鼻先ほどの距離にぬっと現れました。
「早く寝なさいよ」
そう一言呟いて、一瞬で消えていなくなりました。
このパターンは後にも先にもこの時だけだったので、未だになんなのかよくわかりません。ただ、夏になってエアコンから吹く冷たい風を受けると、あの女性の目を思い出します。