引っ越してからの体験①

前の2話で書いた体験をしたのは、日本最北の県のとある市に住んでいるときで、その後は近所の犬と一緒に小屋で寝たり、坂道を三輪車で猛スピードで下ってみたりと普通のヤンチャな男の子生活が続いていました。

私の父は転勤がある職場で、その後、東北地方で何回か引っ越しをしました。一番多くの体験をしたのは東北最大都市のS市に移り住んでからでした。
父は国家公務員だったため、官舎といわれる宿舎に住んでいました。国有地に建てられた団地のようなもので、周りも皆んな公務員で平和な雰囲気です。しかし、そこに落とし穴が…。
新しい土地にも馴染み、小学校に通い始めたある日から徐々におかしな体験が始まりました。
夜、ウトウトと眠りに落ちそうなタイミングで、頭の中の自分の鼓動のドッドッドッという音が、次第にザッザッザッという音に変わっていきます。するとその音のボリュームが大きくなるにつれ、だんだんと体が動かなくなっていきます。怖くなって無理矢理起き上がって両親の布団に潜り込んで朝まで眠るような日が増えていきました。
そんな生活が続いて1週間ほど経ったころ、初めての完全な金縛りにあってしまいました。
ザッザッザッという音は、だんだんとそしてはっきりと集団の足音であるとわかりました。当時3階に住んでいた私は、その足音が建物の前から聞こえ、階段を上がろうとしていることに気づきました。でも、ドアには鍵もかかっているし、両親もいるし大丈夫。そんなことを考えていると、上がってきた足音は途中で止まり、帰っていきます。足音が遠ざかると、それに合わせて金縛りも解けました。
そんな金縛りを3日に1回程度繰り返し、怖いながらも慣れてきた時に、それはドアを越えてきました。
いつもどおり階段を上がってきた足音が、まるでドアなど無いように玄関から迫って来るのがわかります。私は怖くて目をつぶってやり過ごそうとしますが、自分の布団の周りを取り囲んだ人の気配は消える感じがありません。体は動かない、足音はしない、でも自分の周りの人の気配が消えない。でも、ひょっとしたら目を開けても何も無いかもしれない、という根拠のない願いに任せて目を開きました。そこには上下暗い緑色の作業着を着た8人程度の中学生くらいの男の子たちが表情無く私を見下ろしていました。声を出して叫びたかったのですが、喉がギューっとなって声は出せず、また目をつぶって恐怖に耐えるしかありませんでした。どのくらい経ったころか、意を決してまた目を開くと、そこには誰もおらず、金縛りも解けました。
この体験はその後も2週間に1回くらいのペースで続き、眠るのが嫌になり、親にも話をしていました。母親はその方面に理解のある人だったので親身になって聞いてくれましたが、父は怖がりなため、逆に「そんなことはあるわけないだろ」と叱られました。しかし、父も私の言ってることを認めざるを得ないことが起こりました。
またいつもの金縛りが始まり、恐怖に必死で耐えていると、自分の周りに立っているはずの気配がさらに近くに感じます。次の瞬間、ブワっと体を持ち上げられ、外へ連れ去ろうと玄関の方へ進んでいきます。本当にヤバいと感じ、恐怖で気がおかしくなりそうになり、無我夢中で暴れようと、できる限りの力で金縛りに抵抗しました。次の瞬間、どうにか金縛りが解け、体が自由になりました。しかし、私がいた場所は、玄関ドアの外側でした。ドアにはもちろん施錠がされており、ドアチェーンもかかっています。呼び鈴を鳴らすのはなぜか気が引けて、気づいてもらおうとドアをノックしました。なかなか気づいてもらえませんでしたが、1分ほどしたところで母親がドアを開けてくれました。「あんたなんで外にいるの?!」と驚いた声で聞いてくる後ろから、父も起きてきました。父はおおかた寝ぼけた私がドアを開けて外に行っただけで、鍵もかかっていなかったんだろうということで自分の中で納得したようです。でも、母はかかった鍵を開けてからドアを開けたので青ざめた顔をしていたのを憶えています。
不思議とこの件以降、足音の男の子たちは私の前に現れることはありませんでした。

後日談ですが、この体験がずっと気になっていた私は大学時代に官舎の場所を調べてみました。すると、戦時中に軍需工場があり、空襲の際に徹底的に空爆されていたとこがわかりました。国有地にはこのようなところもあるようです。